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「この国は一夫多妻ではないが王だけはそれを許されている。血筋を守る為にな。でも許されているだけだ。ガーネットは嫌、だろう?」
この方は優しいのか冷たいのか分かりません。政略とはいえ、寵愛を受けている人がいると分かっていて平然と結婚出来る人間がいると思うのでしょうか。
「私は嫌だ。上手くやっていける人は居るのかもしれないが、私はそんなに器用な性格ではないし、それにお前にも失礼だ」
「殿下は優しい方ですね」
優しい。だけど、残酷な方だと思うのはいけないことでしょうか。
いっそ私とは婚約しないと、そう言ってくれた方がどれだけ気持ちが楽になることか。
「私が結婚するのはガーネットだと既に決まっている。私の婚姻は国のためのもの。気になる人が出来たからと言って好き勝手していいものでないことは理解している」
私との婚約は、婚姻は国のため。理解していたつもりでも、はっきりとそう告げられるのは辛く悲しい事でした。
「ガーネットと結婚した後側室を持ったりはしない。だから少しの間猶予をくれないか」
「猶予ですか」
「気になるという気持ちが何なのかまだハッキリとは分からない。惹かれるし傍にいれば心が浮き立つ、でも今まで出会ったことのない個性を持った人だからそう思うだけかもしれない」
「殿下それは」
「見極めてからにしたい。この気持ちを、ただ一度我が儘を許してくれないか」
それは自分にそう言い聞かせているだけなのではないでしょうか? 言いかけて、私は俯くしかありませんでした。
それが嘘だということは、殿下ご自身が一番よくご存知でしょう。
「結婚するなら誰がいいと言われてガーネットの名前を上げた。候補者の中でお前が一番だと思っていたからね。将来王妃として生きていく為の才も教養もある、優しく思いやりもあり、何より私がお前の傍でなら安らげるから」
他の女性を、思っていると言ったその口で殿下は酷い事を言うものですね。
だけど、私の立場ではそれを口にする事は許されないのでしょうね。
無意識に手にしていたハンカチをギュッと握りしめながら、私は無理矢理笑顔を作りました。
「ありがとうございます。私はその言葉だけで十分ですわ」
もとより政略でしかない結婚。
選ぶのは殿下であり、陛下であり、私にはその選択に頷いて頭を垂れることしか許されていないのです。
安らげるから。選ばれた理由がそれだというなら、喜んでいい。いいえ、喜ばなくてはいけないのでしょう。
「殿下。……あ」
殿下のお心が決まるまで、いつまでも待ちます。その言葉はやってきた二人の影に消えてしまいました。
「ルビー! 」
二人の姿に気がついたとたん、戸惑う私を置き去りにして、殿下はアンバーを伴ってやってきた女性の元へ行ってしまいました。
「コーラル」
「はい、彼女が先程の方の様ですね」
「そのようね。ねえ、私上手く笑えていたわよね」
「はい、ご立派でした。お辛かったでしょうに」
低い声で話す私達の声は殿下には、聞こえることはないでしょう。
「私に会いに来てくれたのか」
少し離れたところではしゃいだ声をあげている殿下には、私の声等届く筈がありません。
「私を探してくれたんだな。嬉しいよ」
「あ、いえ。あのそういうわけでは」
親しいものにしか感情の変化を見せない殿下の、嬉しそうな姿は子供の頃ですら見たことはありませんでした。
「殿下、ガーネット様。お話し中のところお邪魔して申し訳ありません」
「え、ガーネット様?」
アンバーが殿下と私に頭を下げるのが見えました。その横にいる戸惑った様な顔で、私と殿下を見ているこの人が殿下の思い人なのです。
綺麗な巻き毛の銀の髪に、大きな瞳は綺麗な紫色、少し日に焼けた肌が健康そうで好感が持てましたが
これが殿下のお心を射止めた女性なのかと思うと、魅力的な瞳も優しげな口元も手放しで誉めることはできそうにありませんでした。
「ガーネット、紹介しよう。彼女はルビー ハミル。ガーネットが母上の視察に付き合っていた間に私の組に転入してきたんだよ。ルビー、こちらはガーネット エストラルド。ほら昨日会っただろう、宰相の」
「エストラルド公爵様のお嬢様ですかっ?」
なぜそんなに嬉しそうにしているのでしょう? 父と何を話したらそんな顔になるのか私には分かりません。
父はどちらかといえば頑固者で、融通の効かない方ですし初対面で打ち解けるのは娘の私からみても難しい性格をしているのです。
「昨日公爵様に助けて頂いたんです。」