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「気になる女性がどのような方なのか、よろしければ教えて頂けますか?」
キツくならない様に注意をしながら、私は殿下に問いかけました。
本当ならそんな話は聞きたくありません。でも、まだ婚約者候補でしかない今の私には、殿下を問い詰める資格はありません。
「とても明るくて、頭のいい子だよ。笑顔がとても素敵なんだ」
嬉しそうに話される殿下のお顔に先ほどの陰りはありません。
気になるという言葉だけですが、それ以上の感情がある事は明らかでした。
これはかなり困ったことになりそうだと私は内心頭を抱えました。私の背後に控えているコーラルもきっと困惑していることでしょう。
幸いな事に今ここにいるのは殿下と私、そして侍女のコーラルの三人です。
いつも殿下の傍に居る護衛騎士のアンバーが居ないのは気になりますが、他の人に聞かれて気分のいい話ではありませんから、そういう意味ではこの場所でお話を伺えて良かったのかもしれません。
婚約者候補だというのに、他の女性の話を嬉しそうにされて喜ぶ女性などいないでしょう。
そんな情けない場面を他人に見られるなんて、あまりにも辛すぎます。
「そうですか、素敵な女性なのですね」
殿下に嫌われてはいないつもりでしたが、私がこの様なお顔で接して頂けた事は今まであったでしょうか。
今その彼女が傍に居るわけでもないのに、目の前に居る私よりも殿下のお心を占めている。
それがよく分かりました。
「そうなんだ! あ、いや、あの」
「はい」
悪い予感が的中に変わってしまい、私は途方にくれながら殿下の言葉を待ちました。
これは既に陛下や王妃様のお耳に入っていることなのでしょうか、だとしたら殿下の先ほどのご様子では賛成はされていないのでしょう。
私はどうしたらいいのでしょう。
こんな時どんな表情をし、どんな言葉を選んだらいいのか誰も教えてはくれませんでした。
「母上から私達の婚約発表についても聞いているかな」
「はい」
選ばなくてはいけない言葉が何かは分からなくても、殿下の前で取り乱すことだけはしてはいけない。
そう自分に言い聞かせ殿下の言葉を待ちました。
「その発表を、少し伸ばして欲しい」
「伸ばすのですか、止めるのではなく」
予想した言葉とは違った展開に、私は首を傾げました。
「お前は流石話が早いな。そうだよ、伸ばして欲しいんだ。私の心が決まるまで」
「それは、私かその女性かを選ぶということでしょうか」
「そうだと言えたらいいんだが、私の婚約は私だけで決められるものではないからな」
選べるものなら彼女を選びたい、けれどそれが許されない事は殿下も理解されているのでしょう。
私達の結婚は二人の意思だけで決められる事ではありません。
むしろ私達の意思より政治的な駆け引きの方が重要なのです。
仮に殿下が私を心の底から嫌っていたとしても、私が王家にとって益のある存在なら選ばれたでしょう、逆に殿下が私に心酔していたとしても、私が害にしかならない存在なら候補にすら上がる事は出来なかった事でしょう。
「では、私が殿下と婚約するのは確定しているのですね。公表する時期が早いか遅いかの違いだけでしょうか」
確認するように殿下に言いながら、モヤモヤとした感情が心の中に生まれました。これでは彼女を選ぶ事が難しいから私と婚約するのだと言われた様なものです。
殿下にとって私の心などどうでもいいと、そう断言された様なものなのです。
「そうなるのかな」
「殿下のお心が決まるまでというのは? 何に対してでしょう」
モヤモヤとした感情は私の心の中にどんどん大きくなっていきます。私はその感情を隠すために笑みを浮かべ、楽しくもないのにクスクスと笑いはじめました。無理にでも笑わなければ泣いてしまいそうでした。
「私に遠慮は入りませんわ、殿下の本当のお気持ちが分かれば私の心積もりも出来ますし、父達への説明も上手く進められるかと」
この後の事を考えたら気持ちが沈む事しか思い浮かびませんでした。視察旅行の後、家には寄らずまっすぐ寮に戻って来ましたが、王妃様から婚約についてお話を頂いた事は既に手紙で父に伝えていたのです。
発表を延期する事が決まれば陛下から父に伝えて頂けるとは思いますが、それを父が素直に納得するとは思えません。これからどれだけの揉め事が起きるのか、考える事すら嫌になりそうです。
「彼女を側室にするかどうか。いいや、しないための決心かな」
「え」
「父上に話したら、譲歩出来るのはここまでだと言われた」
「側室ですか」
私の背後で、コーラルが息を呑む気配がしました。
側室にする。それが譲歩と言われても私は喜ぶ事はできません。
「母上はそんなことは許せないと言われたけれどね。母上はお前の事を本当の娘の様に可愛いがっている。そのお前を不幸にするくらいなら結婚などしなくていいとまで言ってたな」
「王妃様が」
王妃様のお気持ちが嬉しくて、涙が出そうになりました。
婚約者候補になってからというもの、王妃様には幾度となく優しい言葉を頂いてきましたがそこまで思って下さっているとは思いもしませんでした。