奇妙な冒険者 その3
ネイック一行は、数日間で迷宮の二層の探索を一通り終えると、
『ハルワメース』へと出発する隊商に加わった。
偶然ギルドで、「護衛依頼」が張り出されていたためネイックが引き受け
たのだ。
もちろん、ネイック一行には例の奇妙な男性冒険者ネクベワトルも加わった
ままである。
『ハルワメース』へ隊商が出発する三日間の間、ネクベワトルについて
どうするのか、アトンダ、ユスティナー、ネイックは、準備の合間に
話し合ってはいたが・・・・。
「ネイック、あー、その何だ。他の攻撃魔法が使える冒険者の募集は?」
アトンダが、武器の手入れをしながら尋ねた。
「・・・・貴重な攻撃魔法を収得している冒険者が、そうホイホイいると
思うのか?」
ネイックは、鞄の中身を確認しながら応えだ。
しかし、その表情は険しい。
「うーん・・・・」
アトンダが何か言おうとするが、途中でやめる。
「言いたいことはわかっているよ。だが、ネクベワトルは貴重な戦力だ」
ネイックは、鞄の中身を確認しながら応えた。
「・・・あの独特な詠唱をみてから、悪夢をみるんだが」
アトンダは、何か遠い眼をしながら告げた。
「奇遇だな。俺もだ」
ネイックは、静かに応えた。
そのような会話をしながら、ネクベワトルに関しての扱いを準備の合間に
幾度か話し合ってはいのたが、結局現在の状況では貴重なメンバーなため、
外すという選択肢は選べなかった。
さらに、ネイックは時間を見てネクベワトルを酒場に連れ出して、いろいろと尋ねたりもしていた。
「――――師匠の事ですか?」
ネクベワトルは、皿に入ったコーンスープをスプーンで、すくいながら応えた。
「前の時、詳しく聞けなかったからな。どんな人だったんだろうと
気になって。
あ、もし、話したくなかったら別に構わない」
ネイックは、注文したステーキを口に運びながら告げた。
「特に問題ないですよ。といっても僕も師匠の事を多く語れるほど
知らないんですけどね」
ネクベワトルが応えた。
ネイックは、それを聞いて頸を傾げた。
「師匠は、亡くなるまで自分の生い立ちの事とか話されなかったんですよ。
たしか、『ニホン』という国から来たって言ってましたね」
ネクベワトルが、何かを思い出す様な表情を浮かべながら告げる。
「 『ニホン』? 聞いたこともない名の国だな。その師匠さんは、
その『ニホン』という国の出身か」
ネイックが応えた。
「はい。どんな所だったのかは、あまり話してはもらえなかったですが・・・。たまに、『米が食べたい・・・米が食べたい』とか言ってました」
ネクベワトルが告げた。
「 『米』? それも聞いたことのない食べ物名だな」
ネイックは、今までの人生の中で、『米』という名の食べ物、『ニホン』
という国は聞いたことは無かった。
少なくともこの近隣にはない国の名前だ。
「あと、師匠は、僕と同じように魔法を拾得して発動させるのも苦労したと
言ってましたよ。
拾得し発動させる様になったのも、偶然に壁や床に額をぶつける方法を
見つけてからだと生前言ってました」
ネクベワトルは、にこにこした表情で告げるが、その内容は凄まじい。
「そ・・・そうなのか。それは凄いな」
ネイックも、その凄まじい行為を聞いて、なんとなくわかったのか引きつる
様な表情を浮かべる。
「(その師匠とやらは、魔法が使えないから自棄をおこして壁や床に額を
ぶつけたんじゃないだろうか・・・・。そしてたまたま、偶然に魔法が発動したという事かも知れないが、どっちみち、なんて方法を弟子に教えたんだ)」
ネイックはそう思った。
――――――――そして現在。
隊商は、『ハルワメース』へと続く番の難所にして、魔物の群に襲撃を受け
ていた。
その難所は、街道が魔物の出現率が高い森林地帯と重なっている場所だ。
森林から雲霞のごとく湧き出してきた魔物は、片手武器、盾、鎧に見立てた盾
などの装備品で身を固め、全身を真っ黒な毛に覆われた二足歩行の群れだ。
その中には、脚から身体は戦士の様に鍛えられた人間の体格だが、頸から上が
牛頭や鹿頭、虎頭の魔物の姿があった。
口々に雄叫びを上げながら怒涛の勢いで隊商へと突入してくる。
驚くほどの速さだが、それらを迎え撃つのは、命知らずな冒険者パーティ。
一丸となって、隊商を中心に円陣を組んだ冒険者達は、剣や弓などで
対峙する。
「(これは多いな・・・・)」
ネイックは、その光景を見て呟く。
魔物の群は次々と押し寄せ、地獄絵図の様な闘いが繰り広げられる。
幾人かの冒険者による攻撃魔法が猛然と火が吹くが、誰一人額をぶつけて
いたりはしていない。
「ネイックさん! 僕に任せてください!!」
魔物の数に戦いているネイックに話しかけてくる声が聞こえた。
後ろを振り返ると、幌馬車の荷台から飛び出してきたネクベワトルの姿が
あった。
ネイックは、別の意味で血の気が引いた。
「 荷馬車で待機していろっ」
ネイックは、吠えるように応えた。
「ネイックさん、僕はこれでも冒険者です。だから参加させてください!」
ネクベワトルは、爽やかな笑みを浮かべながら、その場に四つん這いになる。
「――――――――――――――――!!」
その様子を見て、ネイックは何かを叫びながら、その行為を止めさせようと
する。
ここには、彼のパーティの他にも冒険者がいる。
あの行為は見せてはいけないと、ネイックは本能的に感じていた。
だが、そう思うのと止められるのは別だ。
現に、ネクベワトルの奇妙な行為は止められなかった。
「―――――――はじめます!!
コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ!
コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ!
コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ!
コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ コヒマ!
インパール インパール インパール インパール インパール!
インパール インパール インパール インパール インパール!
インパール インパール インパール インパール インパール!
インパール インパール インパール インパール インパール!
インパール インパール インパール インパール インパール!
白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道!
白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道!
白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道!
白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道 白骨街道!
思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ!
思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ!
思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ 思い出せ!」
ネクベワトルは、喉から血が出そうな大声を発しながら、この場には誰も
聞いたことのない名を叫び、地面に額を強く繰り返しぶつけはじめる。
ネクベワトルの貌の表情は、鬼の様に歪んだ凶相だ。
――――――その光景を目撃した冒険者や魔物の群れも動きを止めた。
冒険者達は、その鬼気迫る光景に総毛立った。
魔物の群れは驚き戸惑う。
「死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!
死して護国の鬼とならん 死して護国の鬼とならん!!」
ネクベワトルは額から血を流しながら、そのような言葉を喉から血が出そうな大声で発し、地面に拳をぶつける。
何度も、何度も、何度も、何度も・・・・。
拳が血塗れになろうと、まったくやめない。
ネクベワトルの声には、強烈な憎悪と憤怒、敵愾心が孕んでいた。
ネイックを含めた全ての冒険者や隊商のメンバーは、そのあまりにも衝撃的な行動と鬼気迫る様子に膝を震わせ歯をカチカチと馴らす。
もちろん、止める勇気のある冒険者は誰一人いない。
地面に拳を叩き付けた後、ネイックは、鬼の様に歪んだ凶相でゆらりと
立ち上った。
そして、足を交互に滑らし前に歩いているように見せながら後ろに滑り
終えると、その場で全身を使い回ったり跳ねたりするアクロバティックな
動きを 始める。
地面に背中や肩をつけて回るという、鬼の様に歪んだ凶相のまま誰も見たことのない行為をする。
それらの奇怪な行為を終えると同時に、ネクベワトルは一瞬フワッと地面から
浮く。
ネクベワトルを取り囲む様に無数の水晶玉ぐらいの大きな、炎の塊が
出現する。
それらはすぐに消え去り、浮いていたネクベワトルも地面に降り立つ。
「まほうはつどぅさせましたぁ――――――」
ネクベワトルは、掠れた声で告げると同士に、広範囲に空気を切り裂く様な
無数の音が響いてくる。
ネクベワトルの正面を基準にして、炎の塊―――――隕石が魔物の群れに降り
注ぐ。
着弾地点周辺にいた魔物は、断末魔を上げる暇もなく落雷があったかのような轟音とともに、肉片を飛散させた。
爆発と爆風が、魔物の群れに対して狂乱の舞いを披露する。
直撃を受けなかった魔物も、爆風や衝撃波によって枯れ葉のようにふっ飛ば
される。
爆風の圧力で押し潰されて、口から内臓を吐き出して死ぬもの、 熱線で
焼かれ全身の皮膚から発火し、生きたまま火刑に処される魔物がなどさまざま
いた。
しかし、不思議と冒険者には誰一人被害はなかった。
尋常ではない損害を被っているのは魔物の群れだけだ。
ネイックを含めた、この場にいる全員がこの仕業を行ったネクベワトルに
震え上がった。
「お役に立ったでしょうか?」
ネイックは、額と両拳から血を滴り落としながら、一仕事を終えたような
爽やかな笑顔を浮かべながら尋ねた。
その質問に、誰も答える者はいなかった。
家の草刈りをしながら、暑さを忘れるために現実逃避しながら練りました。
いやぁ、朝でもこの時期は暑いです。
でも、おかげで思いつく事ができました(W