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 王宮の、王妃の部屋に続く廊下は等間隔に燭台の炎が揺らいでいる。

 カーバンクルはその揺らぐ炎に魅入られそうになる。

 この炎で王宮を焼き尽くすことも出来るのに、王はそれを知ってか、カーバンクルにこの道を歩ませる。

 王の後を追って歩く。護衛の姿は無い。

 これは王がカーバンクルを信頼しているのか、騎士団長がカーバンクルを信頼しているのかは分からない。

 しかし、殺そうと思えばいつでも殺せる位置に王が居た。

 カーバンクルは少しだけ緊張する。自分は何かの拍子にこの王を殺してしまうかもしれない。

 カーバンクルにはそれだけの力がある。

 別に殺したいわけじゃない。ただ、力が強すぎて、殺してしまう。そして、強すぎる力で恐れられ、王や騎士団からは期待される。

 強すぎる力を国のために使えと。母と同じ道を歩めと、彼らはカーバンクルに期待している。

 カーバンクル自身、憧れのお母さんと同じように、国に尽くす戦士になりたいという気持ちはある。

 

「ここだ」


 王の静かな声で意識が戻る。

 随分複雑な道だった。もしかすると、帰りは窓から外に出なくてはいけないかもしれない。

 王は控えめに部屋の扉を叩く。

「叶、起きているか?」

 カーバンクルが初めて耳にする優しい声で彼は訊ねる。

「あっ、はい。えっと、あの……ちょっと待ってください」

 扉の向こうから少女の愛らしい声が響く。

「声だけなら合格、かしら」

 嫌いじゃない。媚びていない柔らかい声。懐っこそうな印象を受けた。

 部屋の中からなにやら賑やかな音が響いた。王妃は注意力が足りないようだとカーバンクルは思う。

「叶……この部屋では作業はするなと言ったはずだ」

 王はため息を吐いた。

「えへ、ごめんなさい。でも、さっき完成したんですよ」

 ゆっくり扉が開かれる。黒い上着を手にした少女は嬉しそうに王を見る。

 想像していた人物とは大分違う。まず、王妃はカーバンクルよりずっと質素な格好をしていた。おそらくは綿素材であろうワンピースドレスを身に纏っている。とても単調で、ほぼ直線。装飾といえば、白い生地に白い刺繍が施されていることくらいだ。しかし、刺繍そのものはかなり凝っている。王家の伝統的な図案だ。

「……王妃は着飾る楽しみを知らないのかしら?」

「自分が着飾るより他人を飾り立てたいらしくてな。大抵ミナとアリスが人形役だ」

 王は少しだけうんざりした様子を見せる。どうも、彼は王妃のこの行動を好ましくないと考えているらしい。

「あの、そちらの綺麗な人は、誰ですか?」

 王妃は少し緊張した様子で王に訊ねた。

「カーバンクルという。カーバンクル・カブル。今日から暫くお前の相手をする」

「はじめまして。王妃様が私のお人形遊びに付き合ってくださると聞いたから来たの。勿論、あなたがお人形の方よ」

「へ?」

 王妃は目を丸くする。

「あ、あの……どういうことですか?」

「ミナの居ない間の代理だ」

「でも……」

 彼女は少し怯えた様子を見せた。

「……お前の仕立て屋の真似事に付き合う貴重な人材だ。それと、カーバンクルはお前と共に食事をすることが出来る。人の子の物を食べられる。あの部屋にも同行できる。ミナより気に入るかもしれんぞ」

 王は少し不機嫌に言う。

「エド……あの人が嫌いなの?」

「……嫌っては居ない。だが、やはりお前の傍に男を置くというのは……少し躊躇うだけだ」

「へ? 男? 男の人なの?」

 王妃は慌てた様子でカーバンクルを見た。

「まぁ、こんな格好でこんなしゃべり方だけど、心も身体も男ね。だからと言って人の子の王妃に手を出すほど馬鹿じゃないわ。確かにアンタ、可愛いけど、私の好みじゃないし」

 カーバンクルが言うと、王が殺気の籠もった目で睨む。

「なに? 陛下は私のこの性格を知って呼んだのではなくって?」

「叶の魅力が理解できぬとはどうやらお前とは美的感覚が合わないようだ」

「分かりきったことを」

「我が血族だとは信じられん」

 彼は更に機嫌を悪くしたようだ。

「え? 親戚、なんですか?」

 王妃が訊ねる。

「カーバンクルの母親は私の母のいとこだ」

「ということは……えっと、カーバンクルさんはエドのまたいとこ?」

「そうなるな」

 王妃は暫く何かを考える。

「……こ、これは、創作意欲が! カーバンクルさん、是非、エドとおそろいコーデをお願いします!」 今度はカーバンクルが目を丸くする番だった。

「……陛下、この子、どう扱ったらいいのかしら?」

「気が済むまで着せ替えに付き合ってやってくれ。私は式典の準備と書類仕事がある。叶、晩餐の時間にまた顔を出そう。ああ、カーバンクルは身分としては私の妻の友人でもおかしくない。何か言う者が居れば言い返して構わんぞ」

「そんな無茶な……」

 王は王妃を困らせて遊んでいるようにも見える。

「お前が望むなら、カーバンクルを庭に連れて行ってもいいぞ。だが、青い薔薇には手を付けないでくれ。今、手入れの最中でな」

「どうせ薔薇なら赤いほうが好みよ」

 カーバンクルが口を挟むと王は少し不機嫌な視線を向ける。

「叶が望むなら、好きにしろ」

 そのまま彼は部屋を出て行く。

「大人気ない。私よりずっと年上の癖に」

 カーバンクルは思わず零す。

「すみません。最近ちょっと苛立っているみたいで……。あ、挨拶ちゃんとしていませんでしたね。私は叶です。叶って呼んでもらえると嬉しいです」

「そう、それじゃあ、遠慮なく。じゃあ、早速アンタの衣装部屋見せてもらうわよ。叶。宝石もありったけ出しなさい」

「作品なら喜んで」

「違うわよ。王宮に専属の仕立て屋が居るでしょう? 王妃の式典用の装束を作ったりする針子よ。そいつらが用意した服は無いの?」

「それなら、こっちに」

 叶は開こうとした扉の隣の扉を開けた。

「あら、なかなか立派なのあるじゃない。そうねぇ、まずは、これと、これと、これと、これ」

 カーバンクルはずかずかと部屋に入り、目に入ったドレスや靴を手にとって叶のほうに投げる。

「へ?」

「へ? じゃ無いわよ。さっさと着替えなさい。一国の王妃が、貧乏臭い格好してたら陛下の評判ガタ落ちよ。あ、やっぱり、ブラウスはこっちの方がいいわね。さっさと着替えなさい。アンタが着替えてる間に適当に宝石を捜すから」

 一方的にそういいつけて、宝石箱の中を覗く。

 さすが王族の装飾品。カーバンクルが持っているものよりもずっと質のいい石を使っているものも多い。

「これ、お母さんの目に似てる……」

 首飾りの石は紅柘榴だろう。

 カーバンクルは赤が好き。

 大きな赤い石に魅入られる。

 付けてみたい衝動に駆られる。

 そっと首飾りに手を伸ばそうとした瞬間、足音がする。

「カーバンクルさん? これ以上着飾らせるつもりですか?」

 恐る恐る声を掛けてくるのは叶だ。

「まだまだ足りないわよ。こっちの紅珊瑚の簪と、こっちの柘榴石の耳飾でしょう? 腕輪も柘榴でそろえましょう」

「そ、そんな高価な宝石ダメです! 私なんかにそんな……」

「馬鹿ね。一国の王妃がこの程度のものも身につけられないようじゃ国が傾いてると思われるのよ。アンタの役目は着飾って見栄を張ること。王妃ってのはそういうものよ」

 カーバンクルはそう言って、宝石の入った小箱を叶に押し付ける。

「首飾りは、何がいいかしら」

 なぜかあの紅柘榴を叶に渡す気にはなれなかった。

 もしかすると、お母さんを取られるような気持ちになったのかもしれない。

「もう、これ以上いりません」

「ダメよ。しっかり着飾って陛下に見せびらかしなさい。アンタ、素材は悪くないんだから。胸張ってしゃきっと」

 命じられたから相手をする。そのはずなのに、不思議と気分がいい。なんとなく、叶は世話を焼きたくなる娘だとカーバンクルは思う。

 叶は確かに可愛い。愛らしい人だ。しかし、美しいかと訊かれるとカーバンクルは答えに迷うだろう。

 お母さん以上に美しい人を知らない。叶は可愛い。それでいい。

「これも陛下の為と思って我慢なさい」

「……ランウェイを歩くのは望の仕事なのに……」

 叶は不服そうにそう零し、カーバンクルにされるままに装飾品を付けさせる。

「あら、耳飾を付けられないじゃない」

 穴が無い。

「えっと、故郷では耳に穴を開けるのは反社会的な行為で……その……」

 耳に穴を開けるのに抵抗があると叶は言う。カーバンクルはため息を吐く。

「仕方ないわね。髪飾りで誤魔化すわ」

 文化や風習が違うのは仕方の無いことだ。

 カーバンクルは外の国も知っている。相手の文化は多少尊重すべきだ。お互い譲歩して、折り合いをつけるべきだ。喜ばしいものは取り入れるべきだし、忌まわしいものは避けるべきだ。

 ほっとした様子を見せる叶に、カーバンクルはため息を吐く。

 王の望む結果にはならないだろうと思った。

 


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