実践訓練
俺はモニタールームで水野と共に演習場の様子をモニターを通して見ている。
みんなそれぞれパートナーと準備体操をしていた。
「やっぱ、準備体操って必要なんですね」
「本当の実践ではそんな時間はないが、これはあくまで訓練だ。怪我でもしてしまったら元の子もないからな」
念には念をってことか。
「それでは、これから実践訓練を始める。今回は出雲がいるから基本的なことからやる。初めに、小型動物の訓練から始める」
水野の合図と同時に、演習場の扉が開く。
そこから大量のネズミが放出された。
「あのネズミって」
「あれは演習用に開発されたネズミだ。彼女たちが放つ魔力に反応して攻撃してくる様に遺伝改造を施している」
モニターの向こうにいる女子たちがそれぞれ攻撃態勢に入る。
それに反応してネズミたちが彼女たちに襲いかかる。
「まずは神崎原から攻撃しろ」
「ハイです!」
美沙紀は耳と尻尾を生やす。
そして、一歩前に出て攻撃準備をする。
「彼女はこの学園の生徒の中でもトップの成績を誇っている。よく見ておけ」
俺はモニター越しに映る美沙紀を見る。
美沙紀は目を瞑って精神集中をする。
手を大きく広げると腕から白い皮のようなものが生えてきた。
「あの白い皮は何ですか」
「あれは動物の体の一部を具現化させる技(スキル)だ。彼女の場合はモモンガの体を具現化したのだろう」
水野の言う通り、皮は彼女の体から腕にかけて生えている。
モモンガってことは、空でも飛ぶのだろうか。
しかし、その予想は大きく外れた。
「風起こし(ウイング・ブロー)!!」
彼女は素早く腕を振り下ろす。
すると、彼女が立っている演習場の真ん中から前の方向だけ強風が吹く。
それを受けたネズミたちは演習場の奥の壁に激突する。
特に強く壁に打ち付けられたネズミは、激突した衝撃で体から血が出てくる。
中には内臓が出てくるネズミもいる。
あまり見たくない光景だった。
「本番もこんな感じなんですか」
「ああ、そうだ。なんだ。怖くなったのか?」
脅すように問いかける水野。
「いや、怖くないです。むしろ、興奮してきたんです」
血が沸騰したような気持ちが俺を支配している。
昨日の時とは、違う感情が込みあがっていく。
「そうか。今は興奮してもいいが、実践や本番の時はその気持ちを押さえるんだ」
「なぜですか」
「そもそも動物は、本能でしか行動していないからな。それに、出雲にはまだ話していないが、君たちは動物因子を持っているんだ。もし、戦闘中に興奮したら理性がなくなり、それこそ本能で戦っている状態になる。そうなった人間はどうなると思う」
「攻撃に対しての制御が効かなくなるんじゃ」
「そうだ。しかもそれは、獣や人間関係なく攻撃してしまう。私としてもそれは回避したいんだ」
「先生は、戦闘の時は感情的になるなってことですか」
「まあ、そういうことだ」
顔の表情を変えることなく、淡々と言う水野。
しかし、俺にはなぜか歯切れが悪く聞こえた。
モニターを見るとネズミが半分減っているのが見えた。
美沙紀が一撃で半分のネズミを一掃したみたいだった。
「次、小倉」
「……はい」
美羽は耳と尻尾を生やすと、軽くしゃがんで飛び上がった。
空に飛んだ美羽は、頭をネズミの方に向け、空中を蹴る。
その状態から回転して足をネズミたちの方に向けた。
「……回転蹴り(ローリング・キック)……!」
美羽が叫ぶとネズミたちに向かって、急降下する。
勢いよく床を蹴ると、周囲にいたネズミたちが吹き飛ばされる。
蹴った床には、亀裂が入っている。
床に落ちるネズミたちは、血を出しながら床に叩きつけられる。
二人の攻撃だけでネズミたちは全滅した。
「よし、よくやった。神崎原、小倉」
「当然の結果です」
「……やった」
水野が褒める。
顔の表情が全く変わらないが。
「次の演習に入る前にそちらに出雲を行かせる」
「え、もう行くんですか」
「ああ、それに出雲はすでに獣相手に戦っているのだろう。その実力を一度見ておきたいんだ」
実力と言われても、その時は本当にただ必死で戦ったから今ははっきり言ってできるか自信がない。
「出雲の講師は、そうだな。神崎原、お前にやってもらおう」
「まあ、先生の指示だったら仕方ないです。わかりましたです。私がやりますです」
嫌々ながら、美沙紀は俺の講師を引き受けた。
「では、行って来い。服装はそのままでいい」
「はい、わかりました」
俺はモニタールームを出て、隣の演習場に向かう。
扉を開くと、目の前には美羽が亀裂を入れた床が最初に迎え入れる。
「どう歩けばいいんだよ」
俺は比較的亀裂の小さいところを選んで歩く。
そして、みんなのいるところへ合流する。
話し声一つも聞こえないのは先生が厳しい人だからだろう。
「全員そろったな。それでは、次の演習に入る」
水野が言い終えるのと同時に、扉から中型の犬が出てきた。
この犬にも、遺伝改造ってのをしているのだろう。
「ではまず、実力を見るために出雲から行け」
俺はいきなり呼ばれることはないと思っていたので少し驚いた。
まだ何もやり方を知らないのにやれって無謀にも程があるだろう。
「早く行くですよ」
美沙紀が不機嫌そうに言う。
「結果によっては仲間として認めてやりますです」
「そうか。じゃあ、認めてもらうためなら頑張らないとな」
俺はみんなの一歩前に出た。
俺は美沙紀がしていた方法を思い出しながら攻撃態勢に入る。
まず、耳と尻尾を出す。
次に、目を瞑って精神集中をする。
すると、体の中に電気の様なものが流れる。
昨日感じたものと全く同じだ。
俺はそれを右腕に流し込む。
そして、右手を力いっぱい握りしめる。
目を開けると右腕は紺色の毛に覆われ、手先には爪が生える。
目の前には、犬が俺の魔力に反応して襲いかかろうとしている。
俺は腕を振りかぶる。
「くらいやがれ!!」
俺は目の前の三匹の犬の顔面を思いっきり殴る。
犬たちは、顔面が粉々に吹き飛び、身体だけの死体が首から血を出しながら足元に落ちる。
襲いかかろうとしていた犬たちは怯えて俺に近づこうとしなかった。
「そこまでだ。出雲、もう下がってもいい」
水野に言われ、俺はみんなのところに行く。
しかし、みんなが俺から離れていく。
「おい、何で離れるんだよ」
「海斗、自分の制服を一度見てから言えよ」
玲奈に言われて自分の制服を見る。
制服には、さっきの犬たちの返り血が服全体に付いていた。
「流石にこれは怖いな」
顔にも血が付いているのも、左手で拭ってから気付いた。
さらに、右足に血が垂れているのが見えた。
右腕を見ると、右手の甲から血が出ていた。
殴った時にできたのだろう。
「先生、保健室に行ってもいいですか」
「ああ、行ってもいい。神崎原、ついて行ってやれ」
「はあ、わかりましたです」
呆れながら、美沙紀が俺に近づいて行く。
「行きますですよ」
「え、でもまだ扉の前に犬がいるけど」
「あれを見てそんなこと言えるのですか」
俺は扉の方を見ると、犬が扉までの道を開けながら震えていた。
完全に俺に怯えていた。
「なんか悪いことをしちまったな」
「そんなことを言うなら力加減を覚えてほしいのです」
俺と美沙紀は犬たちがいない道を歩いて、演習場を後にした。