自主練習
午後の授業が終わった放課後。
俺は鞄に荷物を入れていた。
すると、後ろから玲奈が声をかけてきた。
「海斗、これから学食に行くんだけど、海斗もよかったら行くか」
「悪いな。これから用事があるんだ」
「そうか。わかった。じゃあまた今度な」
「おう、そうしてくれ。じゃあ、またな」
そう言って、俺は教室を出た。
そして、階段が見えてきたところに美沙紀がいた。
「お待たせ。待っちまったか」
「私も今ここに来たところなのでそんなに待ってないですよ」
俺は一安心する。
美沙紀のことだから何か冷たい一言を言われるんじゃないかと思っていた。
「それじゃあ、行きましょうです」
「待ってくれ。場所とかは確保してんだよな」
「確保しなかったら、場所を借りることなんかできるわけないです」
そう言って、美沙紀はポケットから演習場の鍵を取り出した。
今来たって理由は、鍵を取りに行っていたからか。
「早く行きましょうです。時間が惜しいです」
「そうだな」
俺と美沙紀は、演習場に向けて階段を降りて行った。
「やっぱりあの二人、何かおかしいよね」
「だな。うちの誘いを断ってまで二人でどこかに行くってのが引っかかるな」
「そういえば……昼休みも……二人で……食べてた」
「なんか怪しいよね」
「追うか?」
「そうね。行こうか」
「(コクコク)」
美沙紀が演習場の鍵を開け、扉を開く。
そこには、俺たちが居なくなる前に見た光景とは違う光景があった。
「床が直ってる」
「午後の授業に演習がなかったのを知ってますですか」
「そういえばなかったな」
「あれは演習場の修復時間にあてられるからなんですよ」
説明をしてくれる美沙紀。
もう一度演習場を見ると、美羽が割った床も俺が血で汚した床も全て元通りになっていた。
壁も美沙紀が血で染めていたが、今は元通りになっていた。
「それじゃ、これから私は着替えるので後ろ向いてもらってもいいですか」
「え、ここで?」
「そうですが、何か問題でもありますです?」
「大ありだよ!ここで着替えるんじゃなくて別のところで着替えろよ」
「でも、ここの使用許可しかもらってないのですよ。だから、他のところで着替えることができないのですよ」
顔を赤くして言う美沙紀。
よりによって、何でここの許可しかもらってないんだろうか。
でも、他のところで着替えることができないのなら仕方ないか。
「わかったよ。後ろ向いてやるから早く着替えてくれ」
「ごめんなさいです。では……」
俺が後ろに向く前に脱ぎ始める美沙紀。
「いやいや、待てよ!まだ後ろ向いてないから!」
「早く後ろ向いてくださいです!……海斗さんの……エッチ……です」
顔を赤くしてそうつぶやく美沙紀。
俺は素早く後ろを向いた。
後ろから布の擦れる音が聞こえる。
二人しかいないのでその音が余計に大きく聞こえ、美沙紀の息遣いも聞こえる。
少しずつ顔が熱くなってくるのがわかる。
「も、もういいですよ」
後ろから美沙紀に声をかけられる。
俺は後ろを向く。
そこには、恥ずかしそうに立つジャージ姿の美沙紀がいた。
「あ、あまりジロジロ見てほしくないです」
「あ、ごめん」
自主練前にお互いに恥ずかしくなる。
これじゃ、まともに自主練できない。
「と、とりあえず、準備体操でもするか」
「そ、そうですね」
俺と美沙紀はそれぞれ準備体操をする。
一通り終えて、俺が演習場の真ん中に行こうとしたら、ワイシャツの裾を掴まれた。
掴まれた方を向くと、美沙紀が恥ずかしそうに掴んでいた。
「どうした?」
「まだ、準備体操は終わってないです」
「え?」
「まだ、二人組の体操をやってないです」
確かに、モニターで見た時はやっていた。
でも、今は別に授業ではない。
「そこまで入念に体操しなくてもいいんじゃないかな」
「だめです。万が一、海斗さんが怪我をしてしまったら、もう私はどうしたらいいかわからないです」
美沙紀が泣きそうな顔でこちらを見てくる。
こんな顔をされたら、俺は断ることができないじゃないか。
「わかったよ。怪我をしないためにだよな」
俺がそう言うと、美沙紀は顔が明るくなった。
これでよかったんだよな。
「それじゃあ、早速始めましょうです」
なぜか嬉しそうに俺を急かす美沙紀。
俺はそれに流されるだけだった。
「まずは、背中を合わせる体操からです」
「オッケー」
俺は美沙紀の後ろを向いて、お互いの腕を組む。
「まずは俺が下に向くからな」
「どんと来いです」
俺は下に向いて、美沙紀を持ち上げる。
美沙紀は見た目以上に軽かった。
「ん……んぁ……はぁ……」
俺の上で色っぽい声を出す美沙紀。
「ちょ、変な声を出すな!」
「だってぇ……んぁ……痛くてぇ……んはぁ……」
これ以上続けたら、俺の理性が持たない気がする。
俺はゆっくりと美沙紀を降ろした。
「次は私が持ち上げますです」
今度は美沙紀が俺を持ち上げる。
俺の視界に天井が見える。
「ん……くぅ……はぁ……」
やはり俺の下から色っぽい声が聞こえてくる。
というか、これって何をやっても美沙紀が色っぽい声を出すだけじゃないか。
「だから、変な声を出すな!誰かに聞かれたらどうすんだ!」
「だってぇ、海斗さん、とても重いんです。男子ってこんなに重いのです?」
「無理しないでもう降ろしてもいいんだぞ」
「じゃあ、言葉に甘えますです」
美沙紀は俺を少しずつ降ろす。
足が床に着いて組んでいた腕を離して後ろを向くと、美沙紀が手を膝についていた。
顎から汗が垂れている。
「なあ、そろそろ始めてもいいんじゃないか」
「まだ、柔軟体操が残ってるです」
真剣な眼差しで俺を見つける美沙紀。
そんな顔されたら、俺には断ることができない。
「わかった。柔軟体操もしようか」
「それじゃあ、まずは私が押しますです」
「俺が座るのか。了解」
俺は床に座って、美沙紀が俺の背中に立つ。
俺は足を開脚する。
「じゃあ、押すですね」
美沙紀が俺の背中を押す。
ゆっくりと前に倒れる。
「大丈夫ですか」
「ああ、こう見えて俺は身体は柔らかい方なんだ」
「そうみたいですね。身体が床に着きそうです」
美沙紀も無理に押さないので、身体が痛いことはなかった。
「そろそろ変わろうか」
「そうですね」
美沙紀は俺の背中から手を離して、俺の隣に座る。
俺は身体を起こして、美沙紀の後ろに立つ。
「じゃあ、押すぞ。限界になったら言えよ」
「わかったです」
俺は背中に手を当てて、少しずつ押していく。
美沙紀は、手を伸ばして前に身体を倒していく。
しかし、半分まで倒れたところで倒れなくなった。
「んん……んぅ……うぅ……」
「大丈夫か?」
「もう……これ以上は……無理ぃ……ですぅ……」
苦しそうに訴えてくる美沙紀。
あまり無理をさせることはよくないと判断して、俺は手を離した。
「はい、これで終了な。時間も半分くらいしかないからな」
「そうですね。準備体操はここまでにしましょうです」
美沙紀は身体を起こして、立ち上がる。
「それでは、早速自主練を始めますです」
「それはいいが、何をすればいいんだ」
「まずは何も言わないので『アーム・チェンジ』をしてみてほしいです」
「アーム・チェンジ?」
初めて聞いた言葉だ。
「あなたの技(スキル)を私が勝手に名前をつけさせてもらったです」
「ああ、そうなんだ」
「ちなみに私の技の名前は『フォルム・チェンジ』というです」
美沙紀は、とても得意げにない胸を張る。
そのネーミングセンスはどうかと思う。
まあ、彼女が満足ならそれでいいが。
「じゃあ、そのアーム・チェンジってのをやってみるよ」
俺は演習場の真ん中に立つ。
そして、目を瞑って神経集中をする。
耳と尻尾を生やして、さらに集中力を増幅させる。
身体の中に電気のようなものが流れるのがわかると、それを右腕に流し込む。
そして、手を強く握ると右腕の中から何かが出てくる感覚がする。
目を開けると俺の右腕は狼の前足に変化した。
「こんな感じだけどどうかな」
腕を組みながら、俺の方に近づく美沙紀。
そして、俺の右腕を持ってじっくりと見る。
「そうですね。アーム・チェンジの方法は完璧にマスターできてるです。けど、やっぱり力の制御ができてないです」
「そうか。まあ、自分の感覚だけでやってるしな」
「自分の感覚だけでアーム・チェンジできるって相当すごいですよ」
「そうなのか?そんなに難しいものなんだ」
自分の右腕を見る。
どの角度から見ても狼の腕にしか見えない。
これが彼女の言うアーム・チェンジというやつみたいだ。
「聞きたいことがあるんだけどいいですか?」
「なんだ?」
「身体に貯めた力はどうしてるですか」
「全部右腕に流し込んでるけど」
「やっぱりそうなんですね」
首を縦に振る美沙紀。
「何かまずいのかよ」
「力を体の中からすべて放出してしまうと、一撃の攻撃力は凄まじいですけど、代償として身体に怪我を負ったり一時的に身体が動かなくなったりしてしまうんです」
「そうなのか」
初めて力を使った時に身体が動かなくなったのも、今日の実践訓練で切り傷ができたのも力の制御ができてなかったからか。
「美沙紀、どうすれば力の制御ができる」
「とてもやる気ですね」
「言ったろ。俺はみんなのお荷物状態になりたくない。力をつけて俺がみんなを守れるようになるってな。そのためなら、何でもやってやるさ。だから、俺に力を制御する方法を教えてくれ」
俺は真剣な眼差しで美沙紀を見る。
「わかりましたです。今日は時間いっぱいまで教えるです」
「ああ、頼むぜ。俺の専属講師さん」
それから、俺と美沙紀は時間になるまで自主練に励んだ。
俺が力の制御を覚えるのにそんなに時間はかからなかった。




