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drive mail  作者: 犬芥 優希
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二話 出会い

地面を照り付ける情け容赦のない直射日光、生ぬるい風、肌というグラウンドを駆け抜け、滴り落ちる汗、そして今日の試合。その全てが茂の不快指数をひたひたと上昇させていた。

「茂、もうすぐバス出るけど準備したか?」

隣から話し掛けて来るのは茂がキャプテンを務めるバスケットボール部の部員、香坂大地だ。

「分かった。先に行っててくれるか」

そう言うと大地は無言でその場から去って行った。胸中の怒りを悟ったのかもしれない。

試合をした直後だった。いつものような負け試合。もう何連敗したのか本人達でさえ覚えてない。部員数は十五人、決して少ないという訳では無い。圧倒的に欠けているのは闘争心だった。負け癖が付いたてしまっていた。ようするにこの部に集まっているほとんどの部員はバスケットボール部とに所属しているというブランドを持ちたいだけなのだ。

茂はおもむろにジャージのポケットを探った。このジャージはチームで作った物だ。デザイン性重視で使い勝手が良いとはとても言えない。その辺りもこのチームの不甲斐なさを示している様で情けなかった。茂はこのチームでは貴重な真剣にバスケットボールをしようとしている部員であった。

ポケットを探ったのは自分の携帯電話を探すためだった。マネージャーの由希と連絡を取りたかった。バスに戻らずに外を歩いているのも由希を探していたからだ。試合後から彼女の姿が見えなくなっていた。もうバスに戻っているのかもしれなかったが、いつも試合後は二人で反省会をすることになっていたので気になったのだ。案の定、履歴が二件残されていた。一つは着信で一つはメール。電話が由希からなのはまず間違いない。

茂の学校では携帯の使用を部活中でも禁止しているので、操作することに躊躇いがあった。しかしわざわざメッセージまで残している辺り、緊急な用事なのかもしれないので木陰に入って聞いてみる事にした。

伝言を一件預かっています―――

電子音で造られた女性の声が発せられた後に由希のあどけない声が続いた。

「由希です。そろそろバスが行っちゃって、置いてかれちゃうよ私達。もしかして茂、私の事探してるの?だったら本当に灯台下暗だよ。後みてごらん?」

変わった伝言だった。電話は相手が見えない時に掛ける物なのに、由希には茂が見えているようだった。というより、見えているんだろう。伝言に従い、後を振り向いた。

「わ!」女子高生が大口を開けて立っている。

茂が全く動じなかったので、その女子高生は頬を膨らませた。

「驚かないだろ。自分で居るって言ってるんだから」

「何でメッセージに未来を予知した内容を残せたんだ。って聞かないの?」由希はふてくされた顔をした。

「ずっと俺の後を付けてたんだろ」

この手の悪戯をされるのにはもう彼は慣れていた。

「じゃあ、後を付けてたことにも気付いてたんだ。茂は凄いな」

いたずらっ子の様な目で由希は茂を見た。

「それは、また別問題だろ」思わず笑ってしまった。

いつの間にか先程まで不機嫌だったことも忘れていた。話していると心が癒される、褒めすぎれば由希はそんな存在だった。

「どうする、反省会してから行く?」

「いや、もうバス出るらしいから後にしよう」

「じゃあ歩きながらしよっか」

駐車場まではゆっくり歩いても十分位しか、かからない距離だったので反省会をしている時間はないだろうなと思いながらも茂は頷いた。一度切り出した提案を簡単に取り下げる女性ではなかった。

「言いたいことあるならちゃんと言ってよ」由希は勘が良い。

「何でもないよ、時間無いし始めようか」

と言っても話すのは専ら由希で茂は聞き手に回る、それが二人の反省会スタイルだ。茂自身、由希の話を聞く事を苦には思っていなかった。彼女はバスケに関して素人なのでいつも精神論の話になる。口は悪いがそれは案外的を付いていて、自分の胸中を代弁してもらっている様な不思議な感覚に陥るのだ。

今日の話はやる気についてだった。うちの部員には覇気がまるでない、から始まって何故かナイチンゲールの勇敢さまで話は脱線する。よく五分程度でここまで話を含ませられるな、と苦笑を時折混ぜながら彼は聞いていた。ナイチンゲールが軍の病院体勢のあまりの酷さを政府に訴える所まで行った時、茂はふと思い出したことがあったので、滅多にしないことだが由希の話を遮って尋ねた。

「そういえばさ、由希メールも入れたか?」

自分の携帯電話の待受け画面を思い浮かべながら彼は尋ねた。由希は話を遮られたことに少し驚いたようだったが、すぐに首を横に振った。

「ううん、電話だけ。メールだと茂は読まないこと多いから」

確かにそうだな。と思った。メールだと大した用事ではないだろうと高を括って、見るのを後回しにすることが多い。古い人間なのかもしれない。

「メールがどうかしたの?」

「一件来てたからさ、別に気にすることでもないだろうけど」

「珍しいね、茂にメールなんて」茶化すように由希は言う。

確かに携帯にメールは殆ど来ない。アドレス帳に登録されている友人は十件足らずで今の若者の中で見れば異質の類に入る。だからこそ気になったのかもしれない。

「とりあえず開いてみなよ」

もう肉眼で確認出来るくらいバスに近付いてしまっていたので、携帯をいじっている所を顧問に

目撃されてしまう恐れもあった。仕方なくバスに背を向けるような形で携帯を開いた。後ろからは由希が携帯の画面を除き込んでいる。

新着メール一件

そのメールはメインフォルダへと来ていたが、そのメールは他の物と比べると明らかに異質だった。そもそもまめな性格なので来たメールがグループ毎に振り分けされるように設定している。メールがメインフォルダに来ること事態珍しいことであった。

表示されているアドレスには見覚えがなかった。それだけなら間違いメールの一言で片づけられるのだが、件名があまりに変だった。変といってもは猥褻な言葉が羅列されているとか、誹謗中傷の文が書かれているとかいうのではない。それ以前に、読むことが出来なかった。そこには解読不能な記号がずらりと表示されていた。

「何それ」

画面を覗き込んでた由希も顔をしかめている。

「適当に文字書いてあるだけじゃん。いたずらメールかな?」

由希はそう続けたが、茂は即答出来なかった。

「どうしたの?」

「この記号さ俺には規則性があるように見えるんだ」

記号が綺麗に整頓されて羅列されているように見えた。

由希は首を傾げた。

「そうかな、考えすぎでしょ。とりあえず開いてみたら?」

怪しげなメールを開くというのはあまりに不用心な気がして少し抵抗があったが害はないだろうと判断し、携帯の決定ボタンを押してメールを開いた。

「うわ」

二人共さらに顔をしかめることになる。本文には件名のそれを遥かに越えた、目が眩む様な記号が並んでいた。それはまるで象形文字のようだ。解読しようとした訳ではないが、顔を液晶に近付けて画面をより鮮明に見ようとした。しかしそれは実行出来ず、何故か画面が別の物へと変わってしまった。唯一、読み取れたのは文章の中間辺りにあった十個の連続した数字だけだった。そこだけしか連続した数字がなかったので自然と目に留まったのだ。

携帯には持ち上げられた受話器の絵がある発信画面が表示された。

「ぷっぷっぷっ」電子音が流れ出る。

「え」あまりの驚きで思わず小声を漏らしてしまった。

「何してんの茂、何処に電話かけてんの?」

「俺にも分かんないって」

自分の行動を思い返してみたが、ただメールを開いた、それだけしかしていなかった。思案にふける時間もなく、携帯の発信音は三回で途切れ携帯のスピーカーから流れ出ていた発信音は肉声へと変わった。

「もしもし」

女の声だろうか、いやこれは甲高い男の声だ。まだ声変わりをしていない少年かもしれない

頭をフル活動して考えたが、この話相手の正体が分かる訳もない。

「君は誰なんだ?」

少年だということを前提にしてしまったせいか、子供に話し掛けるような口調で質問してしまった。これで相手の機嫌を損ねてしまったら、情報が聞き出せなくる。

少し待て、と茂は思った。そもそも彼から聞きたい情報等あるのか。今の状況はいわば間違い電話の相手主と気さくに話し掛けているような物だ。端からしたら滑稽な姿だな、と失笑した。

「おもしろいこと言いますね」

何かを口に含んだ様な笑い声が混じっていた。あまり好ましい物ではない

「なにが面白い」つい棘がある言葉で返してしまう。

「だって可笑しいしょ。普通電話をかけた方が相手の名前を聞きますか?電話は相手が分かっていてする物だと思いますが」

「何を言っているんだ。電話をかけてきたのはそっちだろ」

自分はメールを開いただけだ。口にこそ出さなかったが、心の中で続けた。

「じゃあ確かめてみます?」含み笑いがまた混じっている。

「どうやって?」

「色々ありますがそうですね、とりあえず電話切ってみれば分かるんじゃないですか」

「通話料金が表示された方が電話を掛けたってことだな」

「その通り。意外と頭良いですね」

年下に諭されている様で気に障ったが、ここで言い争っても仕方がないので、とりあえず言う通りにすることにした。自分が掛けたはずがないと高を括っていた。

「じゃあ切るぞ」

耳を携帯から離そうとするとまだ、少年の声がスピーカーから漏れていることに気付いた。

「っと待って。確認したらまたあのメールを開いて下さいね。お金掛けたくないので。あと、僕の名前はカミタニ、宜しくお願いします。茂さん」

「お金を掛けたくない」という意味が分からないフレーズも気になったが、何より茂を驚かせたのは最後にカミタニと名乗った者が言った「茂さん」という物だった。何故彼が自分の名前を知っているのか、もう初めに考えた間違い電話という推理は頭の中から完全に消え去っていた。

「おい、ちょっと待て」

必死に呼びとめようとしたが、既に電話は切れていた。携帯のディスプレイを見ると、そこには確かに、通話時間と通話料金が表示されていた。それは電話を掛けたのが茂だということを暗示していた。

カミタニとは一体何者なのか。何故俺の名前を知っていたのか。どうして俺に電話を掛けさせることが出来たのか、遠隔操作をしたのかという推測が浮かんだが、馬鹿馬鹿しいとすぐに一蹴した、そんな事をあんなにあどけない声を発する少年が出来るはずがない。ともかく、疑問は山ほどあった。

「茂、どうしたの?」

そこでやっと由希が話し掛けていることに気付いた。よっぽど引きつった酷い顔をしていたのだろう。由紀はとても心配そうに顔を覗き込んでいた。

「悪い。ぼうっとしてた。何?」

「何じゃないよ、いきなり電話したりして。何かあったの?」

訝しげな視線を由希はに向けていた。茂は事の一部始終を由希に伝えた。とは言っても自分自身、起こったことを整理しきれていないので、内容は細切れになってしまったが。

話終えると由希は不安そうな顔になった。

「何それ、怖いよ。そんなの無視しなって」

無視しろとは彼が最後に言ったもう一度メールを開けという命令のことに他ならないだろう。

「多分そのメールを開いたらまたその子に電話が掛かるんだよ、それウィルスみたいな物だよ。きっと」

ウィルスか、遠隔操作よりはよっぽど現実味がある言葉だ。パソコンに関することで良く聞く単語だが、今のご時世、携帯でこの単語が出てきても可笑しくなかった。しかし、と茂は思った。大人ぶろうとしてはいたがカミタニの声はどう聞いても声変わりもしていない子供の声だった。中学生だろうなと勝手に予想していた。中学生にウィルスとはあまりに不格好な気がした。

それに、二つどうしても気になることがあった。一つは「カミタニ」という名字だった。この珍しい名字に引っ掛かっていた。そしてもう一つ、それはカミタニという名字を聞いた時に脳裏に浮かんだ一人の人物についてだった。茂は携帯のアドレス帳を開いた。探している情報はカ行の最初にある。アドレス帳が全部で十件しかないので初めも最後もないような物だったが。

あった。彼の電話番号を見た時、身震いした。その瞬間二つの疑念は一つに繋がった。

「何してんの。早く行かないとバス行っちゃうよ」

由希が急かしている、茂のただならぬ気配を察知したのかもしれない。しかし、彼女の声はほとんど届いてなかった。身震いの正体は怒りに他ならない。

「俺はあいつにもう一回電話しないとけない」

それだけいうと躊躇いもせずにあのメールを開いた。再び発信画面が表示される。二度目なので驚きはしなかった。それよりも怒りの感情の方が圧倒的に大きな割合を占めていた。あいつは「神谷直紀」を愚弄した。先程と同じ三回目で発信音は途絶えた。スピーカーをこれ以上はないというくらい耳に近付ける。

「もしもし」

「俺だ」

「やっぱり電話を掛けたのは茂さんだったでしょ。分かってると思いますがこれも茂さんからの電話ですよ。通話料金には気を付けて下さい」嘲るように電話主は言った。

「そんなことはどうでも良い。どうしてお前は神谷を名乗った。何であいつの携帯を君が持ってるんだ」一気に捲くし立てた。言いたいことは全て言ったかと自分に問い掛ける。後は彼の返答次第だ。

「何を言ってるんですか。僕の名前はカミタニですけど」

「ふざけるな。それは神谷の読み方をいじっただけだろ。そんな子供騙しにいつまでも引っ掛かる訳か。お前は一体、誰なんだ」

少しの間、沈黙が流れた。次に発せられる声は野太い男性の声に変わっているのではないか。そんな疑念が浮かんだが、発せられた声はむしろ今までよりも透き通った、正に少年の声だった。

「良く分かりましたね。本当はもっと捻った名前にしたかったんですけど、とっさに考えなきゃいけなっかたので。さすが茂さんだ。兄が親友と呼んでいただけのことはある。そういえば僕が誰かってさっき尋ねましたよね。自己紹介をさせてもらいます」淡々と神谷は話続けた。

「名前は神谷悠希。バスの事故で死んだあなたの親友、神谷直紀の弟ですよ。茂さん、あなたにはこれから復讐を手伝ってもらいます」

確かに茂にとって唯一の男の親友、神谷直紀は先月のバス転落事故で死んだ。その時の情景が頭に浮かぶ。とは言っても覚えていることはほとんどない。そして直紀に弟がいるという話も聞いていた。しかし彼は何を言っている。復讐を手伝う?誰に復讐するのかも分からない。そして何故、手伝わなければならないのか。茂には分からないこと尽くしだった。

「もちろん報酬は与えます。前払いですけど」

神谷はさらに続けた。

「これからあなたの命を救いましょう」




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