十話 二つ目の頼み事
「それで、二つ目の頼み事は何だったんだ?」
敬が問い掛けてくる。
「ああ、それはまだ敬にも話してなかったな。二つ目はさっきから神谷が言っている通り唐沢との接触だよ」
「そうです。それも、こちら側が唐沢を見て顔を覚えた、という一方通行の接触ではなく、あちらも我々の存在を認識するという物」神谷が説明を付け足す。
「でも下手に不自然な接触をして不審に思われるのは好ましくない。どれだけ自然に接触するかが多分一番難しかった所なんだろうな」
「多分?」
「神谷がシナリオを考えてくれたからな。俺はそれを実行しただけだ」そのシナリオもメールに書かれていた。だからそのメールは今まで経験したことがないほど長い物になっていた。
「でもあのシナリオにも穴があることに後で気付きました。そこはどうしたのですか?」
「神谷のシナリオでは相手が鞄を作っている会社だということを理由に接触し、鞄の大量注文を頼みたいという名目で繋がりを持つという物だった」
ある会社の営業課と書かれた名刺を皆に見せた。通っている高校の三年の中でも大人びた顔立ちをしていることは自覚していたし、会議の時にはスーツ姿をしていたので新人の社会人には見えたと思っている。
「でも唐沢は弁護士と名乗るだけで明副社と名乗らなかった。そうですよね?」
「ああ。だから明副社の社員ですよねって近付く訳には行かなかった。どうして知ってるんだって怪しまれるからな。でも俺には新しい案を考えることは出来ない」
自嘲気味に言った。実際あの場で機転を利かせて別の方法を選択するのは不可能だっただろう
「だから大したことはしてないよ。順番を変えただけだ。こっちが先に名刺を出せばあっちも出さざるを得ないだろ?そこからは打ち合わせ通りにやった」 神谷はしばらく目を閉じた。取った行動を思い返しているのだろう。
「はい。問題ないと思います。気を悪くしないで聞いて欲しいんですけど」
「何だ?」
「実はその穴があることはメールを打っている途中に気付いていました。でも、茂さんが上手く乗り切れるかを知るために黙っていることにしました」
「俺を試してたってことか?」
「平たく言えばそうです」小さく笑った。
「で、俺は合格点を取れたのか?」
「はい、ぎりぎり合格点です」
少しだけ和やかな雰囲気になったのを感じた。今は真剣な話をする場だが、シリアス過ぎるよりは少し和んでいる方が話も進む物だと思う。
「それで、例の物は手に入りましたか?」
「これだろ?」ポケットから手の平に収まるくらいの厚紙を取り出し、神谷に渡した。
「ありがとうございます。これで次の手を打つことが出来ます」
渡された名刺を眺めながら神谷は言った。
「名刺一枚で何が出来るんだ?」
「色々と出来ます。一番役立つのはメールアドレスです。会社用の携帯だと思いますが、情報は色々と取り出せるとはずです」
そう言うと神谷は机の上に置いてあるパソコンの電源を付けた。ファンが回る音がする。何故かこの音を聞くと妙に焦ってしまう。
「これから、drivemailを使って唐沢の携帯端末に侵入します」
それだけ言うと他の三人に背を向けて指だけを動かし始めた。
少し短いですね(ノ_<。)