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確かに、声を聞けばわかるかもしれない。大した言葉は聞いていないけれど、低くて冷たいのにどこか落ち着くような、簡単に言うといい声だった。でも、噂の王子様とは印象が掛け離れていて、あの声が、華やかな噂の途切れない人物のものだとはどうしても思えなかった。
宮井という名の王子様は、みっくん情報によるととんでもなくモテる男のようだ。常に彼の取り巻きが周囲を固め、彼に害をなす者には容赦ない鉄槌が下るらしい。もちろん暴力ではない。いや、精神的暴力と言ってもいいかもしれない。不機嫌なときのみっくんのようで、そのみっくんが語っていることにすこし笑えた。俺から見たら同類だ。
その取り巻きの方々には不可侵条約なるものがあって、その筆頭に掲げるのが抜け駆けの禁止。取り巻きとして傍に近付くことを許された者は、もう告白すらできないのだ。彼女らが勝手に決めたことであるようだが。
てくてくと、みっくんに教えられた王子様の教室へと足を向ける。顔知らないんだからついてきて、とお願いをしたのに、行けばわかるとあっさり却下されてしまった。賑わう廊下を抜け、目当ての教室をひょいと覗き込むと、多数の女子生徒に囲まれたイケメンがにこやかに会話していた。あれか。みっくんの言う通り、顔を知らなくてもすぐにわかった。窓側の席で、ハーレムを築くその姿は、確かに王子様のように気品があって格好良くて、女子が騒ぐのも無理ないなと思った。彼が、あんな暴挙に出るなんて信じられなかったけど、そのことの確信を得るには声を聞かなくてはならない。忍び足でハーレムへと近付いていく。
「宮井くん、こないだの試験、また一番だったね!すごーい。あたしたちにも勉強教えてほしいなぁ」
「ん。たまたまね。俺で良ければいくらでも教えるから、今度勉強会でもしようか」
「えー!いいの?やったぁ!」
「あたしも!」
「いいよ。みんなで勉強しよう」
ちょうど聞こえた会話の内容で、王子様は頭も良し、とどうでもいい情報を得つつその穏やかな、どこか落ち着くいい声は、下駄箱で聞いたあの声と通じるものがあるなと、咄嗟にそう思った。
「どうだった?」
「なんかそれっぽい」
自分の教室へ戻ればみっくんが、瞳を好奇心でキラキラさせて待っていた。
「やっぱりねぇ。なんか性悪っぽいもんね」
「確証はないけどね」
「それで、どうする?」
「どうするって?」
「なんのために見に行ったんだ!また下駄箱壊されるよ?」
「あ、そうだった。でも王子様に物申すなんて怖いよ」
ハーレムの熱気は凄まじかった。休み時間ごとにあんなに囲まれたら、全然休めないよな。トイレまで着いてきそうな雰囲気だし。
「呼び出せばいーじゃん」
「は?」
「だから、手紙でもなんでもいいから、放課後呼び出せばいいじゃん」
「マジで?」
「マジ」
みっくんが、当然というように首を縦に振るのを見て、これは逆らえない決定事項なんだとため息をついた。まぁ下駄箱壊されるのはもう勘弁してほしいし、話せばわかってくれるよな。
続く
誤字等ご容赦ください。