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7.保健室

「………っはぁー」


起きた瞬間、どっと湧き上がる、疲労感と眠気。




昨日は色んな事があった。

“王子”の事

“魔女”の事

生徒会の事

……

ひとつひとつ思い出す度に、怠さが増していき、体が鉛の様に重くなっていく。

沢山走った所為か脚が少し痛い。筋肉痛だろうか。


でもま、そんな事より、


「何で、あんな事に……」

思い返すたびに増す羞恥心がハンパない。

どうしよう。

恥ずかし過ぎて死ねる。

あんな、あんな、漫画かアニメの感動シーンみたいな展開に何故。


──────『でも、俺らは違うとおもうぞ?』

──────『友達なんだから当然だろ』


もちろん嬉しかった。すごく。



──────『俺らは、お前と仲良くしたいと思ってるけどー、相川サンは違うの?』


でも、やばいと思った時にはもう遅く、涙が溢れてしまった。

彼等にとっては何気ない言葉だったんだろうけど、私に大きな影響を与えた。

いくら拭っても止まらない涙。

わんわんと子供の様に泣き喚く私は酷く滑稽だったと思う。



でも、不思議だったことがひとつ。


なんで、会ったばかりの彼等にあんなことを思ったのだろう。


分からない。


「はぁぁああぁーー……」

「そんな溜息ついてどーした、奏ー?」

ノックも無しにガチャっと開いた扉。

顔を出したのは二つ上の兄────相川(あいかわ) (すばる)

年頃の妹の部屋にノックも無しに入るのはどうかと思うんですが。

着替えでもしてたらどうする気なのだろう。

……まぁ、そんな事を言ったら「朝からいいもの見れたなーってなるかな」とか言われて終わりだろうけど。



「悩みがあるならいつでも、兄に相談しなさい!お兄ちゃんが抱きしめてナデナデして、そして……きゃー!」

「…………」

「さぁ、胸の中へ!」

……何かもう、一回死ねばいいと思うんだ。うん。

「どうした、奏ー?恥ずかしいのかー?恥ずかしいならお兄ty─────ぐはっぁ!」

「出てけ変態」

笑顔で私に手を伸ばす兄に思いっきり蹴りを入れて廊下に吹っ飛ばす。

「二度とこの部屋に入らないで」

そう言って、思い切り扉を閉めた。

後でお母さんに頼んでカギ設置してもらおう。


急いで学校へ行く支度をする。

あのクソ馬鹿兄の所為でこのままだと遅刻だ。

後でもう一発ぐらい入れとくか。


寝癖を直す暇すら無いので、今日は髪を後ろで一本に括る事にした。

案外スッキリしていいかも。

一階に降りてパンをひとつ口に入れ、牛乳で流し込む。


「行ってきまーすっ!」

乱暴に扉を開けて走り出すと、昨日の所為で筋肉痛になった脚が悲鳴を上げた。

「うぅっ……」

やばい、キツイ。……でも急がなきゃ遅れてしまう。

また走り出そうと脚を上げた時、


─────チリン、チリン

自転車のベルの音がして、顔を動かすと、そこにはこちらに手を振る久世くんの姿が。

「どうしたの奏ちゃん。早くしないと遅刻だよ?」

「いや、ちょっと、脚が痛くて」

「あー、昨日あんだけ走ったらねー。………じゃぁ、乗ってく?」

久世くんはそう言うと、自転車の荷台をぽんぽんと叩いた。

……え?

「いいの?」

「もちろん」

……絶対その方が楽だと思うし、是非ともそうさせていただきたいけれども。

ちょーっと目立ち過ぎちゃうんじゃないかな。

学園のアイドルと一緒に登校とか、かなりマズイと思う。てかマズイ。

三鷹くんの件もあるのに、そんなことしたら………ひぃぃ…

顔を引きつらせる私に久世くんは、クスッと笑うと言った。

「学校の手前あたりで降ろすから心配しなくても大丈夫だよ。その足じゃ遅刻決定でしょ?」

私の心配にすぐ気づいてくれたことに、感心する。

さすが。

「……じゃぁ、お願いする」

「はいよー」






***






「うぅぅ………」

お腹を両手で押さえながら、机に突っ伏す。


結局、久世くんのおかげで遅刻することはなかった。

朝のHRにも間に合ったし、私より遅い人だっていた。


そう、遅刻する事はなかったのだ。

遅刻すること(・・・・・・)は。




物凄いスピードで、最短距離を駆け抜ける自転車。

曲がる時の角度なんてもう、あり得なかった。何回、倒れると思ったか。

ギュンギュンとまるで競輪のように走る自転車にふり落とされないように、久世くんの背中に必死にしがみついたのを覚えている。

そして、気が付いた時には、校門手前の道に立っていたのだ。







という訳で、その激しい運転のせいで、私の胃は今、窮地に立たされていた。


ロールパンをひとつと、牛乳を少し流し込んだだけの腹には、大き過ぎる負担だったらしい。

激しく気持ち悪い。


何故にこんな目にあわなきゃいかんとですか。

……なんて冗談言ってる場合じゃ無いかも。

本気でやばい。


心配する紗英に「大丈夫だよ」と、ひとこと言って、私は保健室に行くことにした。

どうしたのかと聞かれたが、事情を話すと、ややこしくなるし、それに紗英に心配をかけたくない。

少し調子悪い、とだけ言うと、紗英はそれ以上聞いてこなかった。






***











「うわあぁっ!」




保健室に行く途中。

ドゴッという鈍い音と、悲鳴が後ろから聞こえてきた。

その悲鳴が、なんだか聞いたことのある声だった事と、私の後ろが階段だった事で、私は恐る恐る振り向いた。


「…ええぇー………」

その激しくめんどくさそうな状況に思わず、げんなりした。

そこにあったのは、階段の一番下で倒れこむ

────さくら先輩の姿だった。


「いったたた……あれ、奏ちゃん?どうしたのっ?」

頭を押さえながら、キョトンとこちらを見上げるさくら先輩。

「……こんにちは。先輩こそどうしたんですか?」

「いやー、ちょっと転んじゃった!足挫いちゃったみたい!歩けないや!」

てへ、と頭を拳骨でコツっと叩くさくら先輩。

足よりも、頭の方が重症みたいですよ、先輩。

「だからねっ」

「………?」






「おぶってってよ、奏ちゃんっ!」







は?


















「はぁ、はぁッ……」

「頑張れー、ファイトだよー!」

「………」

えー、今の状況を簡単に説明しますと……

平凡な女子生徒が必死の形相でイケメンを担いでいます。



おかしい。

おかしいよこれ。

絶対おかしいって!

何で、気持ち悪くて保健室行こうとしてたのに、こんなことになってんの?

女子が男子(しかも年上)を担いで、保健室まで運ぶっておかしいよね?

普通、私がおぶってってもらう側だと思うんだけど、まちがってないよねぇ!?


「わーい、到着ー!」

「…やっと着いた……」

何か、胃の調子が余計に悪くなってる気がするけど、気のせいだよね。

うん、そうゆう事にしておこう。


「……っと、」

ぴょんっと、私の背から飛び降りたさくら先輩。

え、ちょ、おま、歩けんじゃん。

「歩けないよ?ほら、」

そう言って、けんけんで移動するさくら先輩。

それ出来るならひとりで保健室まで来れると思うんですが。

「だって、階段だけだと思ってたのに、奏ちゃんがそのままいくから」

「なっ……!」

クスクスと笑うさくら先輩。

計画的犯行だと知った私は愕然とした。

この私がこんな手口に引っ掛かるなんて………!

「ありがとね!奏ちゃんっ!」

そう言って、保健室に入って行こうとするさくら先輩を、キッ、と睨みつける。

視線に気付いた先輩は、楽しそうに目を細めると、私の手をとり、保健室の中へと引っ張って行った。

「ほらほら、細かい事は気にしないのっ!」

細かい事って……

半ば諦めて、引かれるまま保健室へと入る。

ぴょんぴょんと飛び跳ねるさくら先輩の姿はまるで、ウサギのよう。

跳ぶ度に跳ね上がるサラサラの髪が憎たらしい。


保健室に入ると中には誰も居なかった。

どうしようかと私が思っていると、

「えーっと、たしか湿布はここら辺にあったような……」

ドサッと薬品類が置かれた場所を、さくら先輩が湿布を探していた。

片足立ちで棚を探る姿はとても不安定で、手伝おうと傍に駆け寄った。


その時だった。




「ぅわっ……!?」




何かに足を取られた。


ぐらり、と傾く視界。

あ、と思った時にはもう遅く、前のめりのまま私の身体はさくら先輩の上に倒れていった。




どがしゃんっ、


先輩の背中が棚にぶつかる。

ドサッと崩れ落ちる、薬品たち。

「……!…ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

「…あ、大丈夫だよ」

「本当ですかっ!?どこか痛いところとか……っ!」

「ないよ、大丈夫」

そう言った、さくら先輩は確かに大丈夫そうで、安心した。

よ、よかったぁー……、

ホッと溜息を吐きながら、さくら先輩の方を見ると、何故かいつもとは違う、戸惑ったような表情を浮かべていた。

先輩のエメラルドグリーンの瞳が私をじっと見つめる。

「先輩………?」

怪訝に思い、呼びかけると

「……ぃや、なんでもないよ」

と、はぐらかされてしまった。

どうしたんだろう。


そう思っていると、すぐにいつもの表情に戻ったさくら先輩がニヤニヤと私を見上げてきた。

「にしても、…奏ちゃん積極的だねー?」

「へ?………あ、」

そう言われて気付いた。

私がさくら先輩の上に倒れこんだままだった事に。

しかも顔が近い。すごく。

おそらく、無事かどうか確認した時、慌てて顔を寄せたからだろう。


先輩の長い睫毛がすぐ目の前にある。

お互いの吐息がかかる程近い。

エメラルドの瞳と視線がぶつかった。


「……っ!すいません!」

急いで、飛び降りる私。

その時、背中に何か当たった気がして振り向いた。

が、後ろには何も無く私が首を傾げていると、

「えー、別にこのままでも良いのにー」

ぶーぶー、と抗議するさくら先輩。

良いわけ無いでしょうが。


「……にしても、けっこう散らかっちゃいましたね」

「だねぇー」

私のせいでバランスを崩した先輩が棚に突っ込んでしまったので、あたりにはその衝撃で散らばった絆創膏やら何やらが散乱している。

その中に先輩の探していた湿布らしきものを見つけた。

手を伸ばして拾うとやはり湿布だ。

「先輩、私が湿布付けますので足出して下さい」

さっきのお詫びに、何かしないといけないので。私がそう付け足して言うと、先輩が驚いたように目を見開いた。

「え、いいの?」

「はい」

「…じゃぁ、お願い!」

そう言って、差し出した足はとても長く、肌は透き通るような白。

でも、足首のあたりが薄っすらと赤く腫れていた。

痛そう。

出来るだけ痛くないようにそっと湿布を貼り付ける。

最後に剥がれないように軽くテーピングを付けて終了。

よし。

「できましたっ」

「…………」

何故か黙り込んだままのさくら先輩。

「どうかしましたか?」

「……ううん、なんでもない!ありがとっ!」

ニコッと笑い掛けられる。

どうしたのだろう。

なんだか、さっきも様子が変だったような…。

大丈夫かなぁ。

そんな事を考えていると、


「──────っゎ!?」

急に視界がターンした。

身体が上に持ち上がり、一瞬ふわっとした浮遊感が身を包む。


前にも味わったこの感覚の正体を思い出す時にはもう、私の身体は保健室の白いベットに投げ出されていた。

ボフっと音をたてながら私の身体がベットの上でバウンドする。

「なにす─────」


その瞬間。

さくら先輩の顔が近付いてきて。

おでこに何か温かいものが当たった。


「………っ!」

おでこから温もりが消え、それと同時に離れて行くさくら先輩の顔。


「じゃあね。」


そう言って先輩は、細くて長いその手を私の目にかざした。


途端に急激な眠気が私を襲う。

それに抗うこともできず、私は深いまどろみの中へと落ちて行った──────




「おやすみ」





今回は、久世くんとさくら先輩のターンでした!


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