6.少し
「きゃぁっ、久世くんー!」
「柳先生ぇー!」
ぶんぶんと手を振る沢山の姫達。
それに手を振り返す、王子。
そして、その王子に抱きかかえられた──────魔女。
結局、そのままの状態で生徒会室に連れていかれた私は終始、嫉妬と好奇の目に晒されていた。
「なに、あの子……」
「たいして可愛くもないくせに、なんなの」
「三鷹くんが汚れる……」
眉を寄せて、ヒソヒソと囁き合う生徒達。
おい、最後の奴ちょっと失礼過ぎないか。
汚れるってなによ、汚れるって。
人を黴菌みたいに言うのはやめてほしいんだけど。
すごく、傷つく。
だいたい私だって好きでこんな事になってる訳じゃない。
これにはきちんとした深ーい訳が……
「相川サン、ごちゃごちゃ言わないのー、うるさい」
「なっ、元はといえば三鷹くんが─────…」
「はいはい、夫婦喧嘩はやめましょうね」
「夫婦じゃないし!」
……もう嫌なんですけど。
家に帰りたい。
「家には帰れませんが、生徒会室になら来ましたよー」
到着した様です。
私を抱きかかえたまま、ガチャっとドアを開けて、中に入る三鷹くん。
……ここまで来たら、降ろして良いと思うんだけど。
中に居たのは、会長と篠原先輩とさくら先輩。
三人とも、入って来た私達に状態をみると、目をまるくした。
「ど、うしたんだ?」
恐る恐る訊ねる篠原先輩。
まぁ、そりゃそうですよね。普通そうなりますよね。私だって、いきなりイケメンにお姫様抱っこされた平凡女が入って来たらビビります。
先輩達に大体の経緯を説明すると、篠原先輩に、いかにもドンマイといった感じで肩に手を置かれた。
ドンマイどころじゃないです。
「にしても、お姫様抱っことはな……」
「ラブラブカップルだねー!」
「ちがいます!!」
さくら先輩の言葉を即座に否定する。
「えー、違くないでしょー?」
三鷹くんがニヤニヤ笑いながら、とぼけた事を言い出した。
ざけんな、このヤロー。
「いい加減おろして」
ギロリと睨んで言うと、三鷹くんは肩を竦めながら私をソファーの上に降ろした。
「せっかく運んでやったのにー」
いや、頼んでねーし。
「あー、重かったー」
軽く伸びをしながら三鷹くんが言った言葉に、思わずキレそうになる。
仮にも乙女に対して、それは酷い。
「重い」と「不細工」は禁句です。
「………帰ろう」
呆れてソファーから立ち上がり、ドアに向かう私。
よく考えたら、私は被害者だ。いきなり意味不明な事に巻き込まれてこんな風になってしまって、凄く迷惑。
何でこんな事言われてまでここに居なくちゃいけないのだろうか。
時間のムダだ。帰ろう。
すっドアノブに手を伸ばそうとする。
不意に、伸びてきた腕に阻まれた。
「……なに?」
「だーめだよ」
そう言って、私にニコッと笑い掛けたのは、久世くん。
邪魔をしないで欲しい。
「なんで?私どいて欲しいんだけど」
「説明とか聞かなくていいの?」
会長に聞いたから別にいいし。大体の事が分かれば私はそれでいいの。
そう言ってまた「どいて」と、私は頼んだ。
しかし、久世くんはどいてくれない。
もう、なんなの。
「私は普通がいいの。あんた等みたいなのとこれ以上、関わりたくない」
そう言うと、ドン、と久世くんを押し退けた。予想とは違って、久世くんが簡単に後ろに動いた事に、少し驚く。
だが、すぐにドアを開けると、そのまま、廊下を走り抜ける。
柳先生の焦った顔が一瞬みえた気がした。
誰もいない廊下をひとり歩く。
ふと、最後の言葉を聞いた瞬間の久世くんの顔が頭に浮かんだ。だが、すぐに掻き消す。
本当はあんな風に飛び出そうとは思っていなかった。
ただ、──────久世くんの酷く悲しそうな顔が見てられないと思ったのだ。
「気のせい、でしょ」
***
教室に入ると、迷わず自分の席に歩く。
そして取り残された荷物をとる。
いきなり三鷹くんに連れて行かれた為、荷物がそのままだったのだ。
「よいしょ……っと」
少し屈んで、鞄を持ち上げる。
すると、ぴらっと白いものが足元に落ちてきた。
すっとそれに目を向ける。
「──────……っ」
その瞬間、私の中で何かが音をたてて崩れていった。
そこに書かれていたのは、「死ね」や「ブス」などの私に対する誹謗中傷。
荒々しく殴り書きされたそれは、私への憎しみで溢れている。
シネ
キエロ
キモイ
ブス
ウザイ
……
ひとつひとつが氷のように胸に突き刺さり、ゆっくりと、だが確実に私の心を蝕んでいく。
じわじわと広がっていくそれは、少し懐かしくもあり、その事がより一層私を苦しめた。
また、同じ事を繰り返すの?
すごく悲しいはずなのに、不思議と涙は出てこない。
心の中は不安と絶望で埋め尽くされているのに、頭は酷く冷静。
今すぐにでも、ここから逃げ出したいのに体は言うことを聞かない。
大丈夫。
不安な事なんてひとつも無い。
もう、絶対にああはならないって決めたんだから。
中学生の頃。
ある日の放課後での出来事。
私には小さい頃から、とても仲の良かった幼馴染がいた。中学に入ってもそれは続いていて、登下校はいつも一緒。私はその幼馴染の事が大好きだった。でも、私にとってそれは、あくまでも幼馴染としての「好き」。恋愛とは別だと思っていた。
しかし、彼は違った。
ある日の放課後、その幼馴染に告白されのだ。
私は断った。もちろん好きだし、例えそれが恋愛じゃなくても、付き合っても問題はなかった。でも、断った。
理由は、今までの関係が壊れてしまう気がしたから。怖かったから。
すごく子供染みた考えだったと思う。
──────だから、罰が当たったんだ。
親友に裏切られた。
彼が私に告白したという噂は瞬く間に広まった。それを私が断ったということも。
彼は女子からの人気が高く、今で云う生徒会的な存在だった。
もちろん、ファンは沢山居た。
そして私は、そのファンから怒りを買った。
「思わせぶりな態度で───くんのこと誑かして、サイッテー」
「死ねよ。ブス」
「男好き」
毎日、毎日、そんな言葉を浴びせられた。私の周りに人は居なくなった。
ずっと一緒にいようと約束した親友も。
悲しかった。
裏切られた事がすごくショックだった。
ある日、それに気付いた彼がファン達にやめるように言った。
しかし、それは火に油だった。
私が彼に言うように頼んだと勘違いした彼女達は余計に私を口汚く罵った。
そして、それはどんどんエスカレートしていき、最終的には────── 暴力にまで及んだ。
最初は軽くどついたりするぐらいだったが、そのうち殴られたり蹴られたりするようになった。
もうこの頃には原因の彼の事は関係なくなっていた。
ただ、イジメのターゲットになるきっかけがそれだっただけで、その時たまたま私がひっかかってしまっただけだった。彼女らにとって、ターゲットは誰でも良かったのだ。
でも彼は、私にいつも謝っていた。
「俺の所為で」
別に、彼の所為じゃないのに。
彼はいつも私に謝った。
そして、いつも─────そばに居てくれた。
それが、私にとって唯一の支えであり、どうしようもないくらい嬉しかった。
どうしようもないくらい──────好きだった。
でも、それに気付いた時にはもう遅かった。
彼は家の都合で転校。
もう二度と、会えなくなってしまった。
あっけない別れだった。
私は酷く後悔した。
あの時、「Yes」と言っていたらどうなっていただろうか。
あの時、関係が崩れる事を恐怖せずにいたらどうなっていただろうか。
もっと早くこの気持ちに気付いていれば、なにかが変わっていたかもしれない。
嗚呼、
この気持ちに気付かなければこんな思いはせずに済んだのに。
彼に出逢わなければこんな思いはせずに済んだのに。
好きな人をつくれば悲しい思いをするだけだ。
なのに──────
ただ茫然とその紙を見つめる事しか出来なかった私を解放してくれたのは──────完璧過ぎる王子様達だった。
「あ、いたいたー!もう、どこ行ったのか心配したんだからな」
「まったくぅっ!」
「…………」
何も知らずに笑顔で近づいてくる彼等をひどく憎んだ。
「なにしてんのー?はやく行くよ、相川サン」
呆れたように手を差し出す彼等に心から恐怖した。
彼等は凄く良い人だと思う。
多分、これ以上関わってしまったら、私はこの人達を好きになってしまうかもしれない。
今日一日、少し話しただけだけど、なんとなく分かる。きっと、私は彼等を好きになってしまう。
そんな気がするんだ。
最初は上辺だけだったとしても、彼等と時間を共にしていくうちに、きっと。
だから。
これ以上近づかないで。
これ以上近づいてはいけない。
また同じ事を繰り返すだけだ。
もう二度とあんな思いはしたくない、あんな絶望を味わいたくない。
そして、
なんで会ったばかりの彼等にこんなことを思うのかが分からない。
なんであんな事を思い出すのか分からない。
分からない。
「………っあ!おい、相川!」
乱暴に鞄を掴むと、即座に走り出す。
逃げなくては。
彼等から。
無我夢中で、教室から廊下にでた──────筈だった。
「っまてよ!」
急に手首を掴まれ、一瞬動きが止まる。
彼はその一瞬を見逃さなかった。
即座にもう片方の手首も掴まれ、後ろから拘束された私は、完全に身動きが取れない状態にされた。
「……放して」
「無理」
耳元で囁かれ、びくっと体を震わせた。
少し癖のついた黒髪が頬に触れる。
──────何故か、少し懐かしい気がした。
「何回逃げれば気が済むんだよ……」
「逃げてない」
「思いっきり逃げてんじゃん」
「逃げてないって!うるさい!!」
思わずムキになって叫ぶ。
逃げてるんじゃない。
関わらないように、遠ざけているだけ。
好きにならないように、避けてるだけ。
「放してよ」
「やだ」
「手を放して」
「やだ」
「私は、あなた達と仲良くする気はないっ!」
そう叫んで、腕を振り回す。
けど、しっかり掴まれた手は解けない。
私は。
仲良くなんてしたくない。
「でも、俺らは違うとおもうぞ?」
「………篠原先輩?」
「…何があったのか、分からないが、俺らは違う」
「そうだよ〜、仲良くなろうよっ」
「友達なんだから当然だろ」
「………」
「だそうですよ?相川サン。俺らは、アンタと仲良くしたいと思ってるけどー、相川サンは違うの?」
「………っ!」
あの時もそうだった。
私は一度、彼に言ってみたことがあった。
「もう、私と関わらないで。鬱陶しいの」
もちろん、そんな言は1ミリも思っていなかったが、このままじゃ彼に迷惑が掛かるだけだから。
冷たくそう言えば、私の事を嫌いになって離れていくだろう。
そう思ったのだ。
なのに、
「でも、俺は奏と一緒に居たいから」
そう彼は言った。
彼とはぜんっぜんまったく違うけど。
ずっと一緒だった彼にたいして、彼等は会ったばかりだけど。
なんだか、彼に似てるような気がして。
懐かしくて。
でも、少し悲しくて。
涙がでた。
「うっ…ぅぁ…っ……」
「えっ、なんで奏ちゃん泣いてるのっ?」
「な、ないて……ぅっ…ませ、…ひっ…ん」
今まで我慢してた分が一気に流れる。
ずっと我慢してたからか、全く止まってくれない。
この人達だったら信じてもいいかな、と思った。
少し。
ちょっと、心を開いた奏ちゃん!
次はゆるーくいきます(^ ^)
シリアスじゃない!やったー!←
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