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東方凛理観  作者: のんの
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第三話 紅魔の館は真っ赤っか  下

    *   *   *



 10メートル先も見えないほどの深い霧の中、チルノちゃんと大ちゃんは多少騒ぎながらも迷いなく進んでいく。

 俺はそれについて行くのみだが、なぜこの霧の中で迷いなく進めるのか甚だ疑問だ。


「ねぇ、大ちゃん。紅魔館ってどんなところ?」


 紅魔館、霧雨さんから聞いていた情報からだとものすごく危険に思えるのだが、仮にも霊夢と八雲さんが推薦してくれた場所だ(しかし霊夢は“危険”という言葉を否定しなかった)。

 霧雨さんの、死ぬ、というのは誇張表現だろうけど、やはりどんなところなのかは知っておきたい。


 大ちゃんはチルノちゃんと手遊びをしながら答える。


「転んだころに日陰がさっして♪――私も詳しくは知らないんですよ――見上げた空にはたいぐんやぐん♪――紅魔館には入ったことなくて、知ってるのは場所だけ……っとと」

「あたいの勝っち!」


 俺が話しかけたせいで集中力が途切れたのだろう。大ちゃんは合わせる手を間違えてしまう。

 勝って舞い上がったチルノちゃんは再戦を要求し、大ちゃんは苦笑いしながらもそれに応えた。

 いい友達だな。


「そっか……」


 紅魔館の情報は手に入れられなかったけど、この平和な妖怪二人を見ていると、紅魔館の妖怪だって安全なんじゃないかと思えてくる。

 よしっ、と軽く自分に喝を入れる。


「ねぇ、俺にもその遊び教えてくれない?」


 ここは暗く考えずにお気楽にいこう。そういう風に考えた方が全然いい。






 自分の手とチルノの冷たい手を合わせる。

 チルノの表情は真剣そのもので、じゃあいくよ、そう言ってからこの子は息をすぅと吸い込んだ。


「せーの! 山の上のもののけが♪」


 チルノが出す手に自分も合わせていく。


「朝日が上がる丘の上♪」


 右左上上。順番通りに手を合わせる。

 チルノと大ちゃんがやっていたこの手遊び。なかなか面白いもので、俺自身少しハマってしまった。

 

 このゲームには決められた歌がある。その歌詞は、節ごとなら順番を変えてもある程度意味が通るようになっている。

 それぞれの節ごとに決められた手の合わせ方があって、先攻と後攻で交互に好きな節を歌って手を合わせていく。そんなルールの遊び。

 単純に見えるけど、節の合わせ方によって何パターンも出てくるので結構奥深いゲームだ。


「川の向こうの……っと」

「はい凛の負けー!」


 勝ったチルノは嬉しそうに腕をぐるぐる回す。

 一勝も出来ないのは悔しいな。


 もう一度やろう、そう言おうとすると、大ちゃんに袖を引かれる。


「凛さん。もうすぐですよ」

「あ、ほんと?」


 視線を前に向けると、向こうの方に大きな館の輪郭が微かに見えた。

 その館に近づくと、ますは巨大な門が現れた。あの霧の湖よりも気味が悪い霧に包まれているその館は、荘厳、まさにそんな言葉が当て嵌まる圧倒的な存在感を放つものだった。


 ……その傍らに昼寝中の門番がいなければ、この大きな門と後ろに控える屋敷に圧倒されていたことだろう。


「メロンパンは……たんぽぽの……」


 門番の女性が何かむにゃむにゃ言っている。

 中に入るにはやっぱり起こした方がいいのだろうけど、気持ちよさそうに、とても気持ちよさそうに昼寝をしている(しかも立ったまま)。

 これを起こすのは忍びない。


 それにしても、この人の髪は紅いな。

 腰まで伸びてる髪の毛を毛先まで綺麗に染めている。紅魔館っていうくらいだし、ここの人はみんな真っ赤なのだろうか。


「ねぇ、この人寝てるし、どうしようか?」

『……』


 でっけーなぁ、と霧でぼやけた館に目を向けながら、俺は二人に意見を仰いだ。しかし、二人から返ってきたのは無言。

 おいおい、何か言ってくれてもいいじゃないか。俺は二人に振り返る。すると――


「無視は……ッ。

ち、チルノ? 大ちゃん?」


 俺は振り返ってから異常に気付いた。


 二人が石のように固まっているのだ。紅魔館を見上げるようにしたまま、二人とも固まっている。

 瞬きはしていないし、呼吸もしていないように見える。


 ……いや、それ以上におかしいのが、色。この二人はまるで写真をセピアにしたかのように、色を失っていた。


「お、おい! 大丈夫か!?

も、門番さん! 起きて……ッ」


 二人を揺さぶってもまるで置物のように反応がない。俺は門番さんに助けを求めようとしたが、門番さんも二人と同様に色を失っていた。

 霧に包まれているため気付かなかったけど、よく見れば周りの景色も……。


「……ど、どうなってんだよッ!?」


 いくら揺さ振っても話しかけても、まるで時が止まったかのように三人は動かない。

 この異常事態に、あの歪みが現れた時の事を思い出す。


 冷静に、冷静にならないと……。


 必死に自分に言い聞かせるが、焦りと不安はどんどん膨れ上がっていく。

 そんな時、館の大きな扉が音を立てて開いた。そしてその中から誰かが現れる。

 霧のせいでその容姿は把握できなかったが、俺は藁にもすがる思いでその人に向かって叫んだ。


「助けてください! な、なんか周りがおかしいんです!」


 俺の声を聞きつけたその人は小走りで駆け寄ってきてくれる。近くに来るにしたがってその姿がはっきりしてきた。銀髪で綺麗なメイドの人だ。


 ……よかった,色がある。この人は俺と同じ、止まっていない人だ。

 俺はメイドさんが近くに来てすぐに今の異常事態を伝えた。

 この三人が止まったことと周りの景色も合わせて色を失ったこと。この事を言い終わると、メイドさんは眉をしかめて言った。


「あなた……何を言っているのかしら?」

「え……? いやだから――」

「ほら、二人を見てごらんなさい」


 銀髪メイドはチルノと大ちゃんの方を指差す。

 そう言われ、二人の方に振り返る。


「あ,あれ?」

「……? どうしたんですか? 凛さん」


 目をこすりながら何度も二人を見つめる俺に、大ちゃんは不思議そうに聞いてきた。


 二人とも色は戻っているし、動く。

 同じく固まっていた門番さんの方を見るが、その色は戻っていて先程と変わらずハンバーグやらケーキやらむにゃむにゃ言っている。

 銀髪のメイドは言い聞かせるように言った。


「ね、何もおかしくないでしょ?」

「……」


 あれは錯覚、いや、幻覚だった、のか……?

 今のが白昼夢、というものなのだろうか……。


 いつまで経っても狐に化かされたような表情を浮かべている俺に対して、チルノは怪訝な顔をした。


「凛ほんとにどうしたのさ?」

「あ、いや、なんでもないんだ。

えと、チルノ、大ちゃん。案内ありがとな。あと、あの遊び面白かったよ」


 またやろう、そう言うと二人は元気よく返事をしてくれた。

 そして、二人とも手を振りながら霧の中に消えていった。


 二人を見送り、あのメイドさんの方を見ると門はすでに開け放たれており、門番さんと何やらやり取りをしている。

 しばらく待っていると、話し終わったメイドさんがこちらに向き直った。


「あなたが璃咲凛ね。お嬢様から話は聞いているわ。ついてきて頂戴」


 返事をする間もなく歩き出すメイドさん。門を潜るときに門番さんへ会釈し、慌ててついて行く。


 ……ここの門番さんは笑顔が素敵だ。







 背筋をピンと伸ばして姿勢良く歩いていくメイドさんに少し早足でついて行く。

 足が長いためなのか、歩くのがなかなか速い。


 時々別のメイド(おそらく妖怪)とすれ違うけど、毎度好奇な目線を向けられる。この真っ赤な紅魔館でよほど浮いているのだろう。


 それにしても、この人もそうだが、すれ違う人(っていうか妖怪メイド)はみんな髪を染めている。っていうか幻想郷で会った人は霊夢以外みんなだ。

 地毛なのかとも思ったが、流石に青や緑でそれはないだろう。この幻想郷では髪を染めるのがステータスだったりするんだろうか。


……う~ん、わからない。


「え、えっと、なんか全体的に赤いですね。この屋敷」


 このまま思考に耽るのも良かったが、ただ黙々とついて行くのは少しつまらない。

 そこで何か当たり障りのない事を話してみた。それに美人だし、何とか会話に花を咲かせたい。


 そんな俺の期待を裏切って、先を歩く銀髪のメイドさんは静かに答えた。


「はい」


 そ、そっすか……。

 だめだ、話が続かない。というか、今ので分かった。この人話すつもりがない。


 ……ええい、こんなことで負けてたまるか。クールな雰囲気を醸し出すメイドさんに何故か対抗心がわいてくる。


「そうですよね、“紅”魔館ですもんね。

えっと、なんか、ここ広いですよね。こんな広い屋敷はなかなかないですよ」


 あはは、と笑いながら話しかける。


 実際、ここは本当に広い。一人で歩けば迷うのは間違いないだろう。

 ここまでの道のりだって、玄関の扉を開けた広場を二階に上がって、右の廊下に入ってから何個目かの角を左に曲がって……あとは分からない。


 この屋敷で働いているんだ。褒めれば何か会話の糸口でも――


「左様でございますか」

「……」


 さよーでございますよ……。

 だめだこの人。完全に俺と話す気なんてないよ。


 俺は溜息を我慢して、その分盛大に肩を落とした。







「……」

「……」


 銀髪のメイドさんと一緒に紅魔館を黙々と、淡々と、ただただ、静かに、歩いていく。

 何度か質問をしたのだが、答えてくれたのは、今どこに向かっているのか、それのみ。その他の質問は華麗にスルーだ。


 ……やっぱりさ、あれだよね、やっぱりさ。

 綺麗な人から冷たくされるとさ、やっぱりテンション下がるよね。


 溜息を吐いて最後に一つだけ気になったことを質問する。


「あの、すみません。どうして急に敬語に?」


 会ったときはタメ口だったと記憶しているのだが……。

 それに敬語だと冷たいイメージがあるから(それがなくてもこの人は十分冷たいが)、どちらかと言うとタメ口の方が助かる。


 しばらく返事を待っていたが、全くの無反応。

 これもスルーか、またもやため息が漏れそうになった時、銀髪さんは口を開いた。


「……。

もうすぐ到着いたします。ご無礼の無いよう……」


 やっぱりスルーですね、わかります。

 ちょっとでも期待した俺が馬鹿だったよ。


 それから右左と何回か角を曲がったところで、豪華な装飾が施された扉にたどりつく。


 この奥に紅魔館の主であるレミリア・スカーレットさんがいるのだろう。

 吸血鬼だという情報からその女性の恐ろしい姿を想像する。


「咲夜でございます。璃咲凛を連れて参りました」


 メイドさんが扉をノックし、入室の許可を得る。


「どうぞ」


 メイドさんがドアを開ける。


 いよいよか……。 

 俺は一度目を瞑って、腹を括る。


「……よし」


 覚悟を決めた俺は、扉を通って部屋の中に入った。


 そして、驚きに言葉を失った。


 なぜ驚いたのか。それは、部屋の装飾が他とは比べ物にならないほど凝っていたから、ではない。

 俺を驚かせたもの、それは――


「貴方が璃咲凛ね。八雲紫から話は聞いているわ。そこに掛けて頂戴」


 この部屋の主が年端もいかぬ少女だった、ということだ。

 高級そうな椅子に腰かけ、紅く鋭い眼光でこちらを射抜く。ピンクのドレスに身を包み、背中からは蝙蝠のような羽が生えている。

 姿形は少女だが、この言い様のない圧迫感。俺はすぐに悟った。


 こいつがこの紅魔館の主、レミリア・スカーレットだ。

 外見から見てまだ幼いのだろうが、その存在感には圧倒的なものがある。


 俺がおずおずと向かいのソファに腰を下ろすと、スカーレットは口を開いた。


「さて、まず自己紹介からしましょうか。私はレミリア・スカーレット。この紅魔館の主人よ。

そしてこっちは……」


 スカーレットがドアのそばにいるメイドさんを見やると、その人は軽く頭を下げて言った。


「十六夜咲夜です。メイド長を務めさせて頂いております」

「え、えっと……璃咲、凛です。が、外来人で、外から来ました」


 素性はすでに割れているだろうけど、礼儀としてこちらも名乗らないわけにはいかないだろう。

 挨拶程度に頭を下げる。


 スカーレットは優雅にワイングラス(中に入っているあの赤い液体はワインであると信じたい)を取りながら口を開いた。


「さっきも言った通り八雲紫から凛、貴方の話は聞いているわ。

だから、この紅魔館に住まわせてあげる」


 その言葉を聞いて、安堵の息を吐く。


 良かった。これで当分暮らすのには困らない……。

 頭を下げて礼を言おうとした瞬間、ただし、とスカーレットが釘を刺すように言った。


「一つ、条件があるわ」


 条件……?

 吸血鬼が出す条件。俺には悪い考えしか浮かんでこない。

 俺は出来るだけスカーレットを刺激しないように尋ねた。


「す、すみませんスカーレットさん(なにが悲しくて子どもをさん付けで呼ばなくちゃいけないのか)。

条件ってなんですか?」


 スカーレットはソムリエのようにグラスを揺らしながら、愉快そうに答えた。


「レミリアでいいわよ。

……ふふっ、条件はね。妹のフランの遊び相手になってもらうわ」

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