第三話 紅魔の館は真っ赤っか 中
霧雨さんは霊夢が入れた少し温くなっているだろうお茶に手を付け、一気に飲み干す。
ずっと話しっぱなしだったから喉が渇いていたのだろう。良い飲みっぷりだった。
そして霊夢にお茶を注いでもらう。
今度は熱いからなのか、霧雨さんは少し慎重に口に含む。
「それで、どこに連れてけばいいんだ?」
「紅魔館」
「!?」
それを聞いた霧雨さんはいきなりゲホゲホと咽た。
どうしてそんなに驚いたのかは分からないが、噴き出すのを我慢したのはナイスだと思う。
俺は噴いちゃったからなぁ。
あの時の事を思い出しながら霧雨さんの背中をさすってあげる。
「ゴホ……おー、さんきゅー凛。
で、何でそんなとこに? 紅魔館なんて連れてったら死んじま――」
「ちょっと魔理沙。こっち来なさい」
霧雨さんの言葉を遮った霊夢はスッと立ち上がり、霧雨さんの襟首を掴んで廊下まで引っ張っていった。
……あれ。今、“死ぬ”って言わなかった?
「……」
ヤバいんじゃね? 紅魔館ヤバいんじゃね?
考えてみれば名前からしてもヤバいもん。子馬じゃなくて紅魔だもん。
紅い魔の館って、明らかに敵キャラな感じの、悪い感じの奴らがいる感じのところじゃん。
……そうだ。やっぱ別の場所に変えてもらおう。それがいい。
俺が決意を固めたところで、霊夢と霧雨さんが戻ってくる。
よし、さっさと紅魔館から別の、子犬館みたいな平和な場所に変えてもらおう。
「な、なぁ霊夢。俺やっぱり紅魔館はやめて――」
「おいおいおいおい! 何言ってんだよ凛!
紅魔館は良いところだぜ。墓場はあるし、年中霧に包まれてるし、吸血鬼や魔女や妖怪が住んでるし、最高の館だぜ」
おいおいおいおい、何言ってんだ霧雨さん。そりゃ最悪の妖怪屋敷だぜ。
「……霊夢、お前俺をそんなとこに送るつもりだったのか?」
霊夢を少し恨めしい気持ちで睨むと、霊夢は溜息を吐いて霧雨さんの頭を叩いた。
霧雨さんは文句を垂れるが、霊夢はそれを無視して言う。
「魔理沙はもう黙ってなさい。
あのね凛。あんたが帰る方法を探すには紅魔館に行くしかないの。この馬鹿が言ってたことなんて――」
「いてっ、私を蹴るなよ!」
「気にしてたら、外に帰れないわよ」
ぐ……、と言葉に詰まる。
卑怯だ。帰るためにはそうするしかない、そんな事を言われては返す言葉がないじゃないか。
「……わかった。行くよ」
帰るためならば、吸血鬼やら何やらが住んでいる館に行くことも全然苦じゃない……わけじゃないけど、仕方ない。
それに吸血鬼や妖怪なんてのも、八雲さんみたいに友好的なのかもしれない。そう思って、ここは無理やりにでも納得しよう。
「そうね。じゃあ魔理沙、凛を頼んだわよ」
「へいへい。じゃあ行くぜ凛」
謎の言葉、うふふ、により無理やり従わせられて、いかにも渋々、といった様子で部屋を出ていく霧雨さん。
俺の所持品を入れた袋を忘れずに持って、玄関へと向かう。
そして、霧雨さんに次いで外に出た俺は――
「うおっ、まぶしッ!」
圧倒的な太陽光に思わず目をつむる。
……なんだか、太陽をすごく久しぶりに感じる。
太陽は俺がここに来る前と変わらず、仕事熱心に光を発散させている。
「いやぁ、暑いな凛。こんな時は空をズバッと飛ばして行くのが一番だぜ。ほら、乗りな」
箒に跨った霧雨さんは、身体を少し前にずらして後ろを空ける。そしてそこをポンポンと叩く。
俺はその箒を凝視する。
「……」
えっと、霧雨さんは魔法使いで、箒に跨ってて……。
つまり……
「箒で飛んでくの?」
「それ以外に何があるんだ? ほら!」
霧雨さんは後ろに乗るようさらに催促をしてくる。
これが、飛ぶのか……?
「あの。ほんとに飛ぶんですか? これ」
全然乗り気じゃない俺に対して、霊夢が口を開いた。
「ほら凛。さっさと乗りなさい。大丈夫よ、怖いだけだから」
「いや、もう少し安心させるような事言ってくれよ……」
疑心暗鬼に駆られている俺に、霧雨さんがイライラしたように言う。
「ほら! なにぐずぐず言ってんだよ凛! 早くしろって!」
「え、あ、すみません」
キレ気味に急かされて、思わず従ってしまう。遠慮しつつも箒に跨る。
……何回も言うが、本当に飛ぶんだろうな。
「ほら凛! ボーとしてないで私の肩に掴まりな。落っこちまうぜ」
「あ、はい」
袋の紐を落とさないように腰に括り付け、霧雨さんの肩に手を置く。
もうすぐに出発しそうだったので、最後に霊夢に話しかける。
「あのさ、霊夢。いつか恩返しするよ」
「はいはい」
霊夢は適当に手を振った。
挨拶を終えて、俺は出発に備える。
……なんか、ものすごく体勢が安定しないな。
「あの、霧雨さん。シートベルト的なものは……」
「は? しーと……なんだって?」
霧雨さんは億劫そうに聞き返した。
……なるほど、ないんだな。
「えっと、霧雨さん、やっぱ徒歩でぇぇぇえぇえぇェェェ!!?」
俺の言葉を待たずに、霧雨さんは箒を急上昇させた!
~~~ッ!! 股がっ! これはマズい! 股から身体が真っ二つになるのではと思えるような衝撃!
気を失いそうになる激痛の中、前の霧雨さんが大声で言った。
「見てみろよ凛! これが幻想郷だ!」
あまりの激痛に涙を浮かべながらも、霧雨さんが指さした先に目をやる。
そこに広がっていたのは――――
「す……げぇ」
上空に来て、視界が一気に広がった。幻想郷の全てが見渡せる。
目下にあるのは、美しくて広大な日本の原風景。風の流れに合わせて、木が森が山が、まるで生き物のように揺れている。
生命、この風景はそれを強く発していた。
俺が住んでいた場所に申し訳程度に残されていた自然とはわけが違う。人の手が施されていない、自然、それをまさに体現している風景。圧倒される。
「これが……幻想郷」
「そうさ、これが幻想郷だ」
霧雨さんはカラカラと笑う。
幻想郷。誰が名付けたのかは知らないが、ここにこれほど当て嵌まる名は他にはないだろう。
幻想の郷、まさにその通りだ。
「さて、もういいだろ。さっき私がなんて言ったか覚えてるか?」
「え、あぁ……」
霧雨さんが何かを言ったが、俺はこの風景に心を囚われていて、空返事をしてしまった。
「そうか! それはよかった!」
二度も言うのは面倒だからな! 豪快に笑う霧雨さん。
その笑い声で俺は意識を霧雨さんに戻した。なんだか、嫌な予感がしたのだ。
「よし! じゃあ―――」
「ちょ、ちょっと待」
「行くぜっ!」
瞬間、周りの景色がぶっ飛んだ。
その後どれくらい飛んでいただろうか。すっごく短い気もすれば、長かった気もする。
「~~~~ッ!」
「あはははっ、やっぱ爽快だな!」
霧雨さんは楽しそうに笑う。しかし、俺にはそんな余裕はない。
周りの景色が高速で後ろに向かって飛んでいく。
あまりの速さに、最初は肩に置いていた手も今じゃ霧雨さんのお腹にまわしてしがみついている。
女の子に必死でしがみつくというのは情けないが、そんなことも言ってられない。マジで死ぬ。
それからしばらく飛んでいると、霧雨さんが唐突に何か言った。
「む、マズイな」
「……え?」
風のせいで何を言っているのかよく聞こえなかった。
しかし、箒がどんどん減速していくを感じる。目的地が近いのだろう。
う……、速度が緩くなって、周りを見れるようになってから実感した。ここ、結構高い……。
「凛、ここで降ろすよ」
完全に停止した箒が下降していく。
この箒はどんな原理で飛んでいるのだろう。霊夢の家の明かりみたいに、霊力? が関係しているのだろうか。
「さっ、着地だぜ」
(文字通り)足が地に着く。ずいぶん久しぶりに感じる土の感覚に嬉しくなり、しっかりと大地を踏みしめる。
周りは霧に覆われていてよく見えないけど、目の前に大きな湖があるのがわかる。霧に包まれている湖は、すごく神秘的だ。
「それで霧雨さん。ここからどう行くんですか?」
この湖は綺麗で、ずっと見ていたいがそうも言ってられない。この霧を見る限り年中霧に包まれているという紅魔館は近いのだろう。
早速案内を霧雨さんに頼むと、霧雨さんは少しバツの悪そうな顔をして言った。
「悪いが凛、私ちょっと用事思い出したんだ。ここからは自分で行ってくれない?」
「へ……?」
いやいや、霧雨さん何言ってんスか……。
幻想郷素人に、こんな視界が効かない状況で一人で行けというのか。それはちょっと酷だろう。
俺は縋るような目で霧雨さんを見たが、霧雨さんは良い笑顔で頷いた。
「大丈夫! 紅魔館はこっから近いから!」
霧雨さんは箒を上昇させる。
「え、ちょっと待ってくださいよ!」
「大丈夫だって!」
霧雨さんは俺の制止を聞かず、紅魔館はあっちだからなー! と飛び去って行ってしまった。
俺は一人ポツンと取り残される。
「……え、まじで?」
もしかしら、霧雨さんのドッキリなんじゃないかと疑ったりもしたが、全く戻ってくる気配はない。
一応、霧雨さんが指さした方向を見るが、視界は霧で全く利かない。
これは、不味いんじゃないだろうか。俺は方向音痴で、こんな中歩いていたら迷う事必須だ。
「……」
霧のゆったりとした流れを目で追いながらしばらく途方に暮れていたが、こんなことをしていても拉致が明かない。
方向音痴なりに紅魔館を目指してみるか……?
いや、それで迷ったりしたら取り返しがつかない。どうしようか。そう悩んでいると、不意に背中から声をかけられた。
「人間、なにしてんの?」
「うぉッ!」
かき氷のようなキンキンした声に思わず飛び上がりそうになる。俺は慌てて振り返る。
するとそこには、全身青色の女の子が立っていた。全てが青色。髪も服も羽も――羽?
……妖怪か。
「えっと、君は誰かな?」
少し身構えながらも、女の子に質問する。
いつでも逃げれるようにしておかなければ……。
そんな俺の警戒をよそに女の子は胸を張って答えた。
「あたい? あたいは最強よ!」
「そ、そう……」
無邪気な笑顔を見せる女の子。
……これは、警戒を解いても大丈夫なのだろうか。
妖怪と言ってもしゃべれるみたいだから、八雲さんや藍さんのように安全、なのか……?
「チルノちゃーん!」
俺がこの子の存在を量り兼ねていると、もう一人妖怪が遠くから飛んできた。
その子の髪は緑色で、やはり羽が生えている。
「あっ! 大ちゃん!」
青色の子、チルノは大ちゃんとやらに向かって大きく手を振る。
どうしよう、逃げた方がいいのかな……。
俺が判断に困っている間に、その緑色の子はこちらに到着してしまう。
「もう! チルノちゃん。勝手にいなくなっちゃダメでしょ」
「だってさぁ~」
それからチルノちゃんとの軽いやり取りを済ませた大ちゃんは、こちらに向かって頭を下げた。
「あっ、すみません。チルノちゃんが迷惑かけたみたいで……」
「え? あ、いや、そんな、全然……」
お、お母さんだ。この緑の子完全にお母さんだ。
思わずこちらも丁寧な口調になってしまった。
俺が思わず恐縮してしまっていると、迷惑かけた、という単語にチルノちゃんが反応した。
「あたいまだなんもしてない!」
「ほら、またそんなこと言って……。チルノちゃん、こっちで遊ぼ。ね?」
「だからあたい悪いことしてない!」
わーきゃー喚いているチルノちゃんを大ちゃんが引っ張っていく。
それにしても、二人の髪の色……。
橙もそうだったし、幻想郷では髪を染めるのが流行っているのだろうか。それにしては随分と綺麗、まるで地毛だ。
俺も染めたが良いのかな。
なんて考えているうちに、大ちゃんとチルノちゃんは少し騒ぎながら(騒いでいるのは主にチルノちゃんだが)、徐々に遠ざかっていく。
その時、風が軽く肌を撫でた。
……ッ、やばい。俺一人じゃん。
ハッと我に返った俺は、再びこの静寂の中に取り残されるのがなぜが急に怖くなってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってー!」
少し大きな声を出しながら二人に駆け寄る。
俺が近くに来ると二人は驚いていたようだったが、大ちゃんが顔色を変えて頭を下げた。
「す、すみません! チルノちゃんが何か――」
「いや! 違うんだ」
「え?」
不思議そうな顔で大ちゃんこちらを見上げる。チルノちゃん関係じゃないならどうして追って来たのだろう、といった顔だ。
この子の中でチルノちゃんの評価はいったいどうなっているんだ……。
「いや、えっとだな……」
「?」
頭を掻く。こんな子ども二人に対して、怖くなったから一緒にいてくれ、なんてとてもじゃないが言えたものじゃない。
何か方便はないものかと頭を巡らせている時、俺は丁度今陥っている問題を思い出した。
「ねぇ、紅魔館って知ってる? できれば案内してほしんだけど……」