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東方凛理観  作者: のんの
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第二話 ここは幻想郷

幻想郷一日目


 今日から日記をつけていこうと思う。ほんとはここに来てから二日目だけど、書き始めが今日だから、一日目とする。この日記帳は俺が頼んだところ、すぐに用意してくれた。表紙がピンクで花がプリントされていて、嫌だったけど用意してもらった手前そうも言えない。今日はたくさんのことがあった。正直書ききれない。ただ一つわかったことがあるとすれば、この幻想郷はとても綺麗だ。



―――――――――璃咲凛著『日記』より―――――


 ――――夢を見ていた。

 周りは深い霧に囲まれていて、視界がきかない。赤、緑、黄、青。様々な色が混ざり合ったような霧だった。

 刹那、ゆったりと流れていた霧の流れが変わり、ある一点に向かって流れ出す。

 それを見た自分もその方向に歩き出し――


 そこで目が覚めた。


「起きなさい、朝よ」


 脇腹を、ちょんと触れられるような感覚。たぶん、足で軽く蹴られた。


 俺は朝に弱いため、普通なら今頃倦怠感MAXなはずなのだが、今は不思議とそれもない。

 変な夢だった。妙な世界にあの霧、夢にしてははっきり覚えてる。


「ちょっとあんた、いい加減起きないと――」

「起きてるって」


 霊夢の声が険しくなってきたので、慌てて返事をする。たぶんあのままだとまた蹴られていたことだろう。今度はちょっと強めで。

 全く、ほんとにせっかちで短気な――


「目ぇ覚めてたんなら、さっさと起きなさいよ!」

「ぐぇっ」


 ぐ……、脇腹を蹴られてしまった。そこまでしなくてもいいだろうに……。

 少し反抗してやろうとも思ったが、後が怖いので素直に従うことにする。鬼巫女は怒らせてはいけないのだ。


「悪い、すぐ起きる」


 それを聞いた霊夢は、ご飯冷えちゃうわよ、と部屋を出て行ってしまった。おそらく居間に向かったんだろう。

 着替えを取ろうとした時、霊夢の布団がすでに片づけられている事に気づいた。あいつは何時頃起きたのだろうか。


 立ち上がってから、身体に力をグッと入れて目一杯伸びをする。

 何故か猛烈に、朝だー! と叫びたくなった。それくらい爽快な気分。


 そこで朝ごはんの事を思い出し、急いで布団を片づけた。せっかく作ってくれたのに、冷ましてしまっては申し訳ない。

 霊夢が洗濯してくれていた私服に着替え、廊下へ出る。


 む、これは焼き魚の匂いだ。そういえば焼き魚なんて久しく食ってないな。

 居間に着くと霊夢はすでに座っていて、並べられていた料理にはやっぱり焼き魚があった。

 その他はご飯と味噌汁。伝統的な日本食だ。


 ……ここはほんとに異世界か?


「朝ごはんって感じだな」

「なに言ってんの、朝ごはんでしょ」


 そりゃそうだ、と霊夢の反対側に座り手を合わせる。そして二人そろって、いただきます。


 まずは箸を取って、味噌汁から。

 油揚げが入ってなくて安心した。もうしばらくは油揚げは遠慮したい。お椀を置いて、ほっと息を吐く。

 次に焼き魚に手を付けながら、霊夢に聞いてみた。


「なぁ、これなんて魚?」


 我ながら器用に骨を取り除きながら、真っ白な身を口に運ぶ。

 俺はあんまり料理をしないため、魚の見分けなんてほとんどつかない。だから、ちょっとだけ気になったのだ。


「そんなの知らないわよ。魚は焼けば食べられるの」


 なぜか呆れたように言い返された。

 いかにも霊夢らしい、豪快な返答に思わず笑ってしまう。霊夢なら何に対してでも、焼けば食べられる、そう言いそうだ。


「そうだな」

「そうよ」


 それから二人してちょっと笑った。

 穏やかな朝、そんな言葉が最も似合う朝食の時間だった。






 手を合わせて一緒にごちそうさまをする。

 久しぶりに朝食らしい朝食を食べて、なんだか満たされた気分。

 自分の家にいた時は落ち着いて朝飯なんて食ってられなかったからな。


 食器を持って行こうと思ったら霊夢が、あんたはそこに座ってるの、と俺の分まで持って行ってくれた。それから食器を洗ってくれているであろう音が聞こえてくる。

 なんだかんだいって面倒見良いよなぁ。


「夏だぁ~」


 蝉の鳴き声を聞いて、切にそう思う。

 身体を仰向けに倒すと、ぅあ~、と変な声が出た。我ながらだらしない。


 それからしばらく目を閉じて蝉の声に耳を傾ける。

 すると、それに合わせて風鈴の、あの独特な涼しい音色も聞こえてきた。

 これでスイカがあれば文句なしだ。思わず、溜息が漏れる。


 ほんとはこんな事してないで早く帰る方法を見つけないといけないんだけどな。


 わかってる、わかってるんだが、何故か気が抜ける。ここの穏やかな空気が『急がば三千回くらい回れ』と言っているような気がして、なんだかやる気が出ない。

 恐らくここが日本に似ている事と、とてつもなく平和なことが原因なんだろう。危機感がまるで起きない。


 ……いや、本当は――


「全く、だらしないわね」


 食器を洗い終えたらしい霊夢はそう言ってから、机を挟んで俺の反対側に座る。自分でもそう思う。


「話があるわ」

「……んぇ?」


 唐突にそう言われた俺は、適当に返事をして身体を起こした。

 対面の霊夢はどことなく神妙な雰囲気を醸し出している。

 ……どうやら真面目な話らしい。


 霊夢は思案するように口元に手をやり、しばらくして口を開いた。


「……そうね。じゃあまずは、あなたが元の世界に帰る方法について、から話しましょう」

「ほ、本当か!?」


 緩んでいた俺の脳ミソは、霊夢の一言で一気に引き締まった。

 霊夢は一度頷いてから、話を続ける。


「あなたが帰る方法は二つある」


 霊夢はそこでお茶をズ…とすする。


 俺は霊夢の言葉を聞いてほっと一安心した。

 なんだ、二つもあるのか。やっぱりここの空気さんの『急がば三千回くらい回れ』は間違ってなかった。


 俺は霊夢と同じようにお茶を口に含み――


「でも、その両方が今は使えないわ」


 噴いた。


 俺はゲホゲホと咳き込み、霊夢はどこからともなく布巾を取り出した。

 霊夢の上げて下げる方式のカミングアウトにかなり意気消沈しながらも、零したお茶を拭くのを手伝う。


「もう、しっかりしてよね。

さ、話を戻すわ。あなたが帰る方法、一つ目は紫のスキマなの」


 ……なるほど。


 八雲さんのスキマは色んなところに繋がっている。それを使えば元の世界に帰れるのか。

 だが俺はそのスキマを通れない。何故かは知らないが、そのことは昨日の夜に実証済みだ。


「それで二つ目、それは博麗大結界を開くこと。

でもそれは――――あぁ、博麗大結界ってのは、この幻想郷を取り囲んでいる幻想郷せかいの境界よ。普段なら博麗大結界を緩めてしまえばあなたを帰すことなんて造作もない事なんだけど……。

今は出来ないの」


 ゆっくりと、まるで子どもに言い聞かせるように話していく霊夢。

 俺でも理解できるように言葉を選んでくれているのが窺い知れる。


「どうしてその、はく……博麗大結界。博麗大結界を開けないんだ?」


 慣れない単語に少し躓きながらも気になったことを霊夢に質問する。


 すると霊夢は静かに目を閉じて、ゆっくりと息を吐いた。

 それからまたこちらをしっかりと見据えて話し始める。


「博麗大結界が傷を負っているから。それも致命的な。そんな危うい状態で無暗に結界を緩めることはできないわ。

私たち、私と紫は……原因はあなたにあると思っている」

「……は? なんでだよ?(思わずトゲトゲしい口調になってしまったな)

俺には心当たりは一つも――」


「本当にそうかしら?」

「うわっ!」


 いきなりスキマから出てきた八雲さんに、思わず声を出して驚いてしまう。


 まるで何もないところから上半身が生えているようで(強ち間違いでもないが)、少々気味が悪い。

 八雲さんはそのままスキマに肘を付きながら話を続ける。


「あなた、言ってたわよね。“鳥居を潜った時”変な音が聞こえたって。

そして、そのあとに歪みが現れた、と」

「……」


 俺は確かにそう言った。

 ……つまり、この二人はそれらの現象が、俺が博麗大結界を傷つけた時に起こったものであると言いたいらしい。


 そんな馬鹿な話あってたまるか。

 ただの、普通の人間である俺が、そんな大それたものに何ができるというのだ。


「でも俺はただの人間ですよ? そんな俺が何もせずに鳥居を潜っただけで」

「そう! そこよ」


 俺の言葉を遮った八雲さんはバッと扇を開き、話を続けた。

 その顔はまるで新しい玩具を見つけた子どものようだ。


「あなたは“何もせずに”鳥居を潜った。あなたの言う事が本当なら、ただそれだけであなたは博麗大結界を破ってしまったのよ。

普通の人間なら博麗大結界に影響を与えるどころか、その存在にすら気付けない。

……そう、普通の人間なら」


 含みのある言い方に何故か心臓を掴まれたかのような気分になる。思わず息を呑む。


 ……まさか、俺が普通の人間ではないと言いたいのか?

 何を言っているんだこいつは。そんなわけがない。そんなわけがないじゃないか。

 俺はごく一般的な、普通の、ただの高校生だ。八雲さんや藍さんみたいな、人外じゃない。


「俺は……俺はただの人間です。八雲さんたちとは違う。

普通に生まれて、普通に育って、普通に過ごしてきて、そして――」


「普通に博麗大結界を破って幻想郷に来た。そうよね?

普通の人間ならそんな事できないわ」

「……ッ」


 言葉に詰まる。何も言い返せない。何か言おうとするが、言葉が浮かんでこない。

 そんな俺の様子を見て、八雲さんは笑みを深めた。そしてさらに話を進める。


「あなた自分の事ただの人間だと思ってたのね。こんな異世界に来ておかしいと思わなかったの?

……そうね。あなた、スキマに入れなかったことを覚えているかしら?」


 俺は頷いた。そのことは先ほどの霊夢との話で出てきたばかりだ。

 鼻を打った時の、あの痛みまで覚えている。


「あれはね、スキマがあなたに干渉できなかったからなの」

「……?」


 スキマが俺に干渉できなかった、とはどういうことなのだろう。

 俺はその意味をあまり理解できずに頭を悩ませていたが、八雲さんはお構いなしに話を続けていく。


「それに一度あなたの前で結界を出したけれど、あの結界はあなたが触れた瞬間消えてしまったわ。

私の……いえ、私達の見解では、あなたはある種の力に干渉されない程度の能力を持ってる。

あの時出した結界は閉じ込めるためのもの。

出てこようとしたあなたに無理矢理干渉した結果、消えてしまった。スキマが消えなかったのは無理に干渉しなかったからね。

そして、博麗大結界だけど――」


「待ってください! ちょっと、待ってください!

の、能力って……俺が、ですか?

な、何言ってるんですか。そんなわけないですよ。だって俺の今までの人生で――」


 能力? そんな馬鹿馬鹿しいことがあるものか。自分自身のことは自分が一番わかってる。

 そんな“能力”なんていかにもファンタジーチックなものが俺に具わっているはずがない。現に――


「今までの人生で、そんなものが発現した事なんて一度もない、かしら?

嗚呼、嘆かわしい。たった十六、七年なんてちっぽけな歳月で一体人生の何を語ろうというのかしらね」


 八雲さんは扇を一度閉じ、開いた。そして脱線した話を元に戻す。


「あなたが自分の能力に気付かなかった原因は単純。それを使う機会がなかったからよ。

まぁ、厳密にいうとそれだけじゃないわね。もう一つの原因はその力の特殊性。

あなたの力はほとんど無意識に発動するものだから、使ってる本人は全く気が付かないことでしょうね。

それが外の世界なら尚の事」

「……」


 つまり、八雲さんはこう言いたいらしい。

 俺の『ある種の力に干渉されない能力』が博麗大結界を傷付けた。

 そして俺が自身の力に今まで気付かなかったのは、無意識にそれを使っていたからだ、と……。



「それを信じろ、って言うんですか?」

「信じてもらうしかないわね」

「……」


 俺と八雲さんの視線が交差する。

 八雲さんの表情はいつもの、にやけたものではなく真剣そのもの。

 嘘をついているようには見えない。見えないが……。


 俺は置かれた状況に柔軟に対応できる方だと自分でもそう思っている。大抵の状況下ならそれを素直に受け止めて、次の行動に移せると自負している。

 ここが異世界だと、八雲さんや藍さんが妖怪、つまり人外だと、世にも信じられないような力が存在するのだと、俺はそれを多少疑ったりはしたが、本当のことであると信じた。

 それは他人の、または別世界の事であるからと割り切ることで納得していた。


 だが、自分もまたその摩訶不思議な世界の側の人間であると認めるのは……少し、勇気がいる。


 考えてみてほしい。

 自分がまるで知らない世界にポイと放り投げられて、周りには知らない人だけ、という状況を。

 これはすごく寂しくて、すごく怖い。


 瞼を閉じて、一つ深呼吸をする。そして、目を開く。

 霊夢と八雲さんの二人はこちらを静かに見つめていて、俺の決断を待ってくれている。


 ここは日本に似ていて、とても穏やかで、そして、この温かくて優しい人がいる。

 そうでなかったら、俺はこんなに冷静でいられずに、おかしくなっていたかもしれない。


 俺が元の世界に帰るのにあまり積極的じゃなかった理由。

 ここが日本に似てるとか、空気が穏やかだとか言っていたが、本当は違う。


 認めたくなかったんだ。


 自分が別の、右も左もわからないような世界に放り出されたって事実を。

 帰る方法を真剣に考える、という事はそれを認めてしまうことに直結するから。


 ここが異世界だと信じた、といっても心の片隅でやっぱりそれを受け止めきれていない自分がいて、この二人をどこかで信用していなかった自分がいた。


 でも、ここではっきりさせよう。


 俺はもう一度深く、深く深呼吸をした。

 ここが異世界であることを改めて認めよう。そして、俺が何かしらの能力を持っている、つまり普通の人間じゃないということを認めよう。

 これは少し怖いけど、八雲さんと霊夢、この二人を信じよう。


「わかりました。二人を信じます」


 俺は覚悟を決め、二人を力強く見つめる。

 すると、八雲さんは優しく微笑んだ。


「ようこそ、幻想郷へ」


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