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男は静かな声で
淡々と話を始めた
男の眼は
少しだけ悲しそうな
そんな気がしたが
それに気付くと
男は
不器用に微笑んだ
煙草の煙が
二人分
宙に舞った
それだけが
僕達を見ていた
唯一の傍観者だった
「数年前の話だ…
さっきも言ったが
俺の親父は
ここら辺の地主で
金は持っていた
ただ…
それだけの男だ
何人目かも解らない
女が俺の母親だった
それが
本当かどうか
その時の俺には
解らなかったけどな
別に
気にもしなかったが
ただ
寂しかった
親父は仕事と女で
忙しく
俺の面倒など
見てくれた日は
一日もなかった…
母親だった女だけが
俺の味方だったよ
傍から見れば
俺は
何不自由なく
育てられた子供だ
よく苛められたよ
簡単なことだ
自分よりも
優れた環境や
自分よりも
弱い人間は
暴力や数によって
蔑まれる
すべては
無いものねだりさ
いじめた奴等は
俺の住む環境を
羨んだ
俺は
奴等が
当たり前の様に
感じる
親の愛情や優しさが
欲しかった
なぁ?
いじめって
なんでなくならない
と思う?」
唐突に質問を
投げ掛けてきた
男は
煙草を消して
そこに転がってた
空き缶に落とした
…ここらも
また掃除
しなくちゃな…
男は独言を
言いながら
僕の答えを待った
「それは…」
僕は返答に困った
考えたことが
無い訳じゃない
しかし
答えの見つからない
問題は解くことが
出来ないから…と
僕は
考えない様に
していた
これは
成るべくして
成るんだ…と
男は僕の顔を見て
ニッと笑って聞いた
「答えが無いか?」
「…うん」
僕は思ってる
答えを頷いた
「多分な
それが正解だよ」
えっ?
僕は聞き返した
だとしたら
いじめは
なくならないし
やっぱり
辛い思いや
不幸せな人間は
そのままなのか?
まぁ…そう焦るなよ
男は僕を諭しながら
煙草に火を点けた
「仮にどっちであれ
先に正解が無いと
思った方が
いじめる
いじめられる
その
権利みたいなもんを
手にしてしまうんだ
お互いが
気付かない内にな
俺達の心には
隙間がある
きっと
寂しさや
不安みたいな
感情なんだろうなぁ
それを優位に
立つことによって
埋めようとする
そのためには
味方と敵が
必要になるんだ
そして優劣を
決めようとする
誰だって
いじめたい
訳じゃないし
いじめられたい
訳じゃないさ
ただ
心の隙間を
埋める過程で
生じるもの…
なんじゃねぇかな
どっちが悪いって
話じゃないんだぜ?
俺達の心の中には
上に立ちたい奴や
そうでもない奴
平和主義者もいれば
戦争主義者もいる
そいつの生い立ちや
環境で随分と
変わってしまうんだ
仕方ないって言えば
それまでだ」
「じゃあ…
どうしたら
いいんだよ」
僕はたまらず聞いた
「所詮
いじめる側の
言い訳だよ
そんなの
いじめられる側は
いつだって
何も言えないんだ」
「なんで?」
男の
その言葉に
僕は
止まってしまった
「なんでって
正解がないんじゃ
どうしようも
ないだろ?」
「確かに正解はない
だったら作ればいい
自分自身の正解を」
男は僕の顔を
見据えて言った
「正解を…」
「そうだ
出来るだけ
平和な正解をな」
それを聞いて
僕は笑った
「そんなの
綺麗事だよ」
僕は目の前を男を
馬鹿にした
こいつも同じだ
優位に立つ事で
満足感を得るために
他人を
傷つける奴なんだ
やっぱり
この世は
弱い者のためには
回ってないんだっ
僕はまた
泣きそうになった
すると男は言った
「そうだ」
…と
その眼も
悲しそうだった
「確かに綺麗事だ
でもそうじゃなきゃ
ずっと
そのままなんだよ
何かを変えるなんて
綺麗事だよ
だからやるんだよ
自分自身に
負けないために」
見てみろよ…
男は僕達が
座っているこの道を
指さした
街灯も少ない
この裏通りは暗く
とても
冷たい雰囲気だ
「この道はこれでも
まだ人通りが
多いほうだ
だから
ゴミが溜まる
だが
そのままにしてちゃ
俺の気分がワリィ
毎週掃除する訳だが
誰が捨てたかも
解らんゴミを
なんで俺が…って
思うが
ここらを
任されてるから
仕方ないっちゃ
仕方ない」
「それといじめと
何の関係があんのさ」僕はさっきから
苛立ったまま
口調を荒げて聞いた
「まぁまぁ
そんな
突っかかんなよ
あのな
集団心理ってやつだ
ここにひとつゴミが
捨ててあれば
それを見た奴は
やっぱりここに
ゴミを捨てるんだ
いじめも
はっきりとは
言い切れんが
同じことだろ
いじめる奴
いつめられる奴
それにつられて
いじめる奴
いじめられるのを
ほっとく奴
その全部が
集団心理によって
成り立ってしまう
でも
弱い心の隙間を
埋めようとする奴の
気持ちも
解らない訳ではない
まぁ
肯定はしないけどな
誰かがやるから
俺もやるっていう
気持ちがあるなら
いじめは
なくならない…
俺はそう思う」
そしてまた
煙草に火をつけた
この
ヘビースモーカーは
やっぱり
悲しそうな眼をして
煙を宙へ
吹き飛ばした
「だったら
どうすればいい?」
静まり返った夜に
僕の心が反響した
「学校で
いじめられて
家じゃ親に
煩く言われて
自分の居場所なんか
どこにも無いんだ
集団心理か
なんだか
解んないけど
いじめが
なくならないなら
僕はどうしたら
いいんだよ!?
僕が死んだって
誰も
悲しまないんだ!」
僕の心が
汚れた言葉が
夜に響いた
そしてまた
凛とした静寂が
訪れた
男の指先から
灰がポトリと落ちた
そして
男は口を開いた
「俺は…
お前が死んだら
悲しいし
悔しいと思う」
男は顔を上げず
静かな声で言った




