雨の日だけ、魔法は嘘をつく
「また雨ですね。」
王都では、雨の日だけ魔法が少しだけ嘘をつく。
だから魔術師たちは皆、雨を嫌う。
けれど、私の店には決まって一人だけ、その雨を待つ客がいた。
「今日はよく売れそうだ。」
濡れた外套を払って店へ入ってきたのは、王立魔術研究所の青年魔術師だった。
彼は決まって雨の日にだけ現れる。
「また壊したんですか?」
「いや。」
青年は懐から銀色の懐中時計を取り出した。
「今日は直してほしい。」
「……時計?」
「時間を刻む時計じゃない。」
静かに蓋を開く。
中には、小さな青い光が揺れていた。
「記憶を閉じ込める魔道具だ。」
リリアは思わず息をのむ。
そんな高位魔道具は王宮でも滅多に見ない。
「壊れたんですか。」
「いや。」
青年は少し笑った。
「開けられなくなった。」
「え?」
「自分で封印した記憶だから。」
雨音だけが店に響く。
リリアは時計を受け取った。
魔法は壊れていない。
封印も完璧。
なのに、開かない。
「不思議ですね。」
「そうだな。」
青年は窓の外を見た。
「人は忘れるために魔法を使う。」
「でも、本当に忘れたいものほど、自分では開けられなくなる。」
その言葉だけが、妙に胸へ残った。
⸻
三日後。
時計は開いた。
鍵になっていたのは魔法ではない。
傷だった。
封じた本人が、自分を許せる日まで開かないよう作られていたのだ。
「どうぞ。」
リリアが時計を返すと、青年は少し困ったように笑った。
「怖いな。」
「見るんですか?」
「見るために来た。」
ゆっくりと蓋を開く。
青い光が店いっぱいに広がる。
そこに映ったのは戦場でも恋人でもなかった。
まだ十歳くらいの少年が、雨の中で泣いている。
『ごめんなさい。』
ただ、それだけ。
青年は静かに目を閉じた。
長い沈黙のあと、
「こんなことを忘れようとしていたのか。」
と言った。
「許せましたか。」
青年は首を横に振る。
「いや。」
そして少し笑う。
「でも、許せなくても生きていいと分かった。」
時計の光が消える。
それは魔法が終わったからではない。
役目を終えたからだった。
⸻
それから青年は、雨の日だけではなく、晴れの日にも店へ来るようになった。
新しい魔道具の相談をし、
くだらない話をし、
時々、一緒に昼食を食べる。
ある日、リリアが聞いた。
「雨の日は嫌いじゃなかったんですか。」
青年は店の軒先から降る雨を見上げた。
「昔は嫌いだった。」
「今は?」
「雨の日だけ、本当のことを思い出せる。」
彼は少し照れくさそうに笑う。
「だから、少し好きになった。」
雨は止んでいた。
けれど石畳には、まだ小さな水たまりが残っている。
二人は並んで歩く。
その水面には、晴れた空が静かに映っていた。




