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雨の日だけ、魔法は嘘をつく

作者: 雨野 青
掲載日:2026/07/26

「また雨ですね。」


王都では、雨の日だけ魔法が少しだけ嘘をつく。


だから魔術師たちは皆、雨を嫌う。


けれど、私の店には決まって一人だけ、その雨を待つ客がいた。


「今日はよく売れそうだ。」


濡れた外套を払って店へ入ってきたのは、王立魔術研究所の青年魔術師だった。


彼は決まって雨の日にだけ現れる。


「また壊したんですか?」


「いや。」


青年は懐から銀色の懐中時計を取り出した。


「今日は直してほしい。」


「……時計?」


「時間を刻む時計じゃない。」


静かに蓋を開く。


中には、小さな青い光が揺れていた。


「記憶を閉じ込める魔道具だ。」


リリアは思わず息をのむ。


そんな高位魔道具は王宮でも滅多に見ない。


「壊れたんですか。」


「いや。」


青年は少し笑った。


「開けられなくなった。」


「え?」


「自分で封印した記憶だから。」


雨音だけが店に響く。


リリアは時計を受け取った。


魔法は壊れていない。


封印も完璧。


なのに、開かない。


「不思議ですね。」


「そうだな。」


青年は窓の外を見た。


「人は忘れるために魔法を使う。」


「でも、本当に忘れたいものほど、自分では開けられなくなる。」


その言葉だけが、妙に胸へ残った。



三日後。


時計は開いた。


鍵になっていたのは魔法ではない。


傷だった。


封じた本人が、自分を許せる日まで開かないよう作られていたのだ。


「どうぞ。」


リリアが時計を返すと、青年は少し困ったように笑った。


「怖いな。」


「見るんですか?」


「見るために来た。」


ゆっくりと蓋を開く。


青い光が店いっぱいに広がる。


そこに映ったのは戦場でも恋人でもなかった。


まだ十歳くらいの少年が、雨の中で泣いている。


『ごめんなさい。』


ただ、それだけ。


青年は静かに目を閉じた。


長い沈黙のあと、


「こんなことを忘れようとしていたのか。」


と言った。


「許せましたか。」


青年は首を横に振る。


「いや。」


そして少し笑う。


「でも、許せなくても生きていいと分かった。」


時計の光が消える。


それは魔法が終わったからではない。


役目を終えたからだった。



それから青年は、雨の日だけではなく、晴れの日にも店へ来るようになった。


新しい魔道具の相談をし、


くだらない話をし、


時々、一緒に昼食を食べる。


ある日、リリアが聞いた。


「雨の日は嫌いじゃなかったんですか。」


青年は店の軒先から降る雨を見上げた。


「昔は嫌いだった。」


「今は?」


「雨の日だけ、本当のことを思い出せる。」


彼は少し照れくさそうに笑う。


「だから、少し好きになった。」


雨は止んでいた。


けれど石畳には、まだ小さな水たまりが残っている。


二人は並んで歩く。


その水面には、晴れた空が静かに映っていた。

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