「政略結婚は時代遅れ」だそうなので、公爵は王家を見捨てます
「公爵、なぜだ。なぜ私の派閥から離脱する?」
公爵邸の応接室で、王太子は不満をぶつけた。
公爵は音もなくカップをローテーブルに置いた。
「殿下は先日婚約破棄をなさいましたね」
「――したが、公爵には関係がないだろう」
婚約破棄をされた令嬢は、この公爵の娘ではないのだ。
「そうでしょうか? 政略より愛を優先する方のお考えは、私には理解できません。
いつ『情』で契約を破棄されるかわからない。そんな相手と手を組みたいとは思わないのですよ」
「王太子という重責を担うのだ。少しばかりの安らぎを求めて何が悪い」
子どもがかんしゃくを起こすように、王太子はむくれた。
「安らぎ、結構なことですなぁ。心ゆくまで安らがれるが良かろう。
いっそ、臣籍降下されたらいかがか?」
「無礼な……!」
王太子は、王太子であることに誇りを持っていた。
「――女性にも心があるのですよ」
「当然だろう」
王太子には、公爵が何を言いたいのかわからなかった。
「あなたに冷遇され、公の場で婚約破棄された元婚約者にも……ですが?」
王太子は口をパクパクさせたが、何を言っていいかわからなくなった。公爵の顔を見ていられず、目が泳ぐ。
「私の姉は公爵令嬢として、他国の王族に嫁ぎました。貿易を優先してもらうために。
我が娘も、平和協定の要として友好的ではない国に嫁ぎました。どんな扱いを受けても耐えてみせると、健気に微笑んだのですよ」
公爵はグッと唇を引き結んだ。
「ああ、あなたのように『情』だけで動けたなら――
私だって、家族に茨の道を歩かせたくはなかった。
それなのに、あなたは『真実の愛』とやらを貫く? 冗談じゃありません。
そんなあなたを後援したら、彼女たちに合わせる顔がないではないですか。国王陛下にも、これ以上我が家の人間を婚姻政策に使わせないと宣言いたしました」
厳しい顔をしていた公爵が、ふっと表情を緩めた。
「おかげさまで、下の娘は守れそうです」
と言うことは――
「資源を持つあの国との婚約は……」と、王太子は蚊の鳴くような声で呟いた。
「あなたには妹がいるではないですか。はなから王女殿下が縁づけばいいお話でしたよね?」
鼻で笑うように、公爵が言い放つ。温厚な彼が、このように人を嘲る姿など見たことがなかった。
「いや、だって、宗教が異なり、あの国では女性の尊厳が……」
あまりのことに、王太子は拳を握った。
「なにせ、『政略結婚など古くさい』らしいですからな。ははは、新しい時代――実に素晴らしい」
公爵がパンパンと手のひらを打ち合わせた。白けた芝居を見たかのような、心のこもっていない拍手だ。
「……それは王命で決まった縁組みではないか」
王太子は困惑した。国の発展に必要とされた縁組みなのだ。妹が泣いて嫌がったため、王命を出して公爵の娘に受けさせた。
「王命による婚約は、公衆の面前で声高に破れば追認される――そうですよね? 殿下」
公爵は目を王太子にピタリと合わせ、口角を上げた。
王太子の背中を汗が伝い、悪寒が走る。猛獣を目の前にした小動物のように、身がすくむ。
ふっと公爵は目をすがめた。
「さあ、女性に犠牲を強いることなく、王家がどれだけのことをやれるか、見せていただきましょうか。
そもそも、私どもは祖父が王族だったというだけで、王族と名乗るのもおこがましい。王家の血が少し入っただけの、ただの貴族です」
今まで王族の傍系として、王家を支えてきた男が線を引いた。
「祖父の教えを守って王家に対して便宜を図ってきましたが、全て白紙にさせていただきます。通行税も、特産品の上納も……。
これからはただの貴族として、領地を守ることに専念いたしたく思います。
どうぞ、真実の愛を貫いて、お幸せに」
公爵はソファーに座ったまま、頭を垂れた。親族としての親しみを消し、立ち上がるほど礼を尽くすつもりはないという意思表示でもあった。
「こ、公爵……大叔父上」
王太子は縋るように、片手を公爵の方に伸ばした。膝がローテーブルにぶつかり、カップがカチャリと音を立てる。
「ははは。戯れにも、そのような呼び方はなさいますな」
薄ら寒い笑みを見せ、公爵はベルを鳴らした。
「お客様がお帰りだ」




