無属性判定
この世界では、十歳の誕生日を迎えた子供は必ず《祝福の儀》を受ける。
それは神々から授けられる力――火、水、風、土、光、そして闇。いずれかの属性を授かり、その加護のもとに人生を歩むのだ。
祝福の有無が、その者の価値を決める。
それが常識だった。
――王都アストリア。
神殿の大広間には、白い石柱が立ち並び、天井には七柱の神々を象った壁画が描かれている。中央には水晶の台座。その上に置かれた透明な《神晶》が、淡く輝いていた。
「次、クロト・レイン」
神官の声が響く。
ざわ、と周囲の子供たちが視線を向けた。
黒髪の少年――クロトは、一歩、前へ出る。
村のはずれに住む孤児。特別な血筋も、後ろ盾もない。ただ静かな目をした少年だった。
「両手を神晶に置き、祈りなさい」
神官は無機質に告げる。
クロトは頷き、冷たい水晶に触れた。
(……何もなくていい。ただ、普通で)
彼は願った。
村ではいつも言われていた。
「せめて火か風でも出ればな」
「最低でも土があれば食い扶持には困らん」
祝福は、生きるための最低条件だ。
沈黙が流れる。
神晶は――光らない。
「……魔力を流せ」
神官の声がわずかに低くなる。
クロトは目を閉じ、体の奥底から力を引き出そうとする。胸の奥が、ひやりと冷えた。
その瞬間。
神晶が、微かに震えた。
だが光は灯らない。赤にも青にも、白にも黒にも染まらない。
ただ、透明なまま。
会場がざわめいた。
「……判定不能?」
「いや、違う……これは」
年老いた大神官が立ち上がる。長い白髭を撫で、神晶を覗き込んだ。
「無属性だ」
静まり返る広間。
「……無、属性?」
子供の一人が呟く。
大神官は冷ややかに告げた。
「いずれの神の祝福も受けていない。加護なし。神々に認められぬ者だ」
その言葉は、断罪だった。
笑い声が漏れる。
「無能だ」
「祝福なしとか、初めて見たぞ」
「神に嫌われたんじゃないか?」
クロトの耳に、嘲笑が突き刺さる。
だが彼は俯いたまま、何も言わなかった。
(……やっぱり、か)
どこかで分かっていた。
自分は、皆と違う。
村の井戸に触れたとき、水が一瞬だけ凍りついたことがある。夜、怒りに震えたとき、足元の影が伸びたこともあった。
だがそれは祝福の光ではなかった。
光ではなく――
「次!」
神官の声が、クロトを現実に引き戻す。
儀式は続く。火が燃え上がり、水が舞い、光が降り注ぐ。
祝福の歓声。
その中で、クロトだけが静かに神殿を後にした。
外は眩しいほどの晴天だった。
石畳に落ちる自分の影を、クロトは見つめる。
影が、揺れた。
「……え?」
風はない。
だが影は、まるで意思を持つように蠢いた。
地面に溶けるように広がり、やがて彼の足に絡みつく。
冷たい。
しかし、不思議と恐怖はなかった。
胸の奥から、声が響く。
――祝福を拒まれし者よ。
――汝は、理の外に在る。
クロトの視界が、一瞬だけ闇に染まった。
そこに見えたのは、巨大な扉。
鎖に縛られ、封じられた何か。
神々の紋章が刻まれた封印。
「……なんだ、これ」
次の瞬間、視界は戻る。
通りを歩く人々は、誰も異変に気づいていない。
だが足元の影は、確かに濃くなっていた。
(無属性……本当に、何もないのか?)
クロトは拳を握る。
すると影が、剣の形を取った。
黒い刃。
光を吸い込むような、禍々しいそれ。
通りすがりの男がぎょっとして後ずさる。
「お、おい……なんだその魔力は……!」
刃はすぐに霧散した。
クロトは荒い息をつく。
胸の奥が熱い。
いや、冷たい。
これは祝福ではない。
神々の力ではない。
むしろ――
「禁忌……」
自分でも、なぜその言葉が浮かんだのか分からない。
だが本能が告げていた。
これは神々が忌み嫌う力。
世界の理から外れた、異質なもの。
遠くで神殿の鐘が鳴る。
まるで警告のように。
クロトは空を見上げた。
青空の向こうに、七柱の神々がいるという。
もし本当にいるのなら。
(見ていろ)
少年は静かに誓う。
(祝福なんてなくても、生きてやる)
その影が、地面に長く伸びる。
まるで、世界を覆い尽くすかのように。
こうして――
神に祝福されなかった少年の物語が、始まった。
第一話をお読みいただき、ありがとうございます。
祝福ゼロの少年の物語は、ここから始まります。
神に選ばれなかった彼が、何を選ぶのか。
次話も、どうぞお楽しみに。




