第40話《世界各地、同時刻》
同じ空の下で、
誰もが違う“空”を見ていた。
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――北方、旧城塞都市。
厚い雲に覆われた街で、
鐘楼の鐘が鳴らなくなった。
理由は単純だった。
鐘を撞く者が、動かなくなったのだ。
彼は塔の上で、
空を見上げたまま立ち尽くしている。
「……ああ」
誰かが声をかけても、反応しない。
視線の先には、空から降りてくる“文字”。
言葉にならない、
しかし意味だけが詰め込まれた光。
彼の頭上に落ちた瞬間、
その身体が崩れ落ちた。
死んではいない。
ただ――
“今までの人生を、全て思い出してしまった”。
忘れていた失敗。
選ばなかった未来。
口にしなかった謝罪。
情報量に耐えきれず、
意識が折れた。
城塞都市では、
同じ症状が、同時に十数件発生した。
記録官は、震える手で報告を書く。
> 「空より降るものは、
魔でも災厄でもない。
人の“記憶そのもの”である」
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――南方、交易都市。
賑わっていた市場が、
一瞬で静まり返った。
理由は、
人々の“欲”が形を持ったからだ。
金。
地位。
他人の評価。
それらが渦となり、
空から“人型”で降りてきた。
商人たちは、
それを見た瞬間、叫んだ。
「俺のだ!!」
欲望の記憶体は、
近づく者に同化する。
触れた者は、
欲望が増幅され、制御を失う。
奪い合いが始まる。
殴り合いになる。
街は、あっという間に混沌へ落ちた。
治安部隊は鎮圧を試みるが、
相手は剣でも銃でもない。
自分自身の欲望だ。
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――西方、辺境の集落。
ここでは、
“恐怖”が降った。
夜になると、
誰もが同じ影を見る。
暗闇の中、
過去に最も恐れていた“場面”。
獣に襲われた記憶。
孤独に置き去りにされた夜。
見捨てられた瞬間。
影は、攻撃しない。
ただ、近づいてくる。
近づかれるほど、
呼吸ができなくなる。
村人たちは、
夜を越えられなくなった。
誰も眠れない。
誰も夢から覚めない。
恐怖の記憶体は、
“逃げ場”を奪う存在だった。
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――中央管理都市。
巨大なスクリーンに、
世界各地のデータが流れる。
赤。
黄。
黒。
異常警告が、
重なり合って点滅する。
分析官が叫ぶ。
「Dヘルツァ粒子、世界規模で臨界突破!
記憶降下、少なくとも十七地点で同時発生!」
別の声が続く。
「分類不能の記憶体も確認!
感情単一型だけじゃない、
複合型が出始めてる!」
誰かが、呟いた。
「……これ、止められるのか?」
沈黙。
そして、
一人の老いた研究者が、静かに言った。
「止める、じゃない」
全員が振り向く。
「世界は、
選別を始めたんだ」
スクリーンに映る、
上向きに降る雨。
「残す記憶と、
捨てる記憶を」
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その頃。
ミナトたちのいる地域でも、
空がまた歪み始めていた。
だが、彼らはまだ知らない。
この異変が、
同時刻に、世界全体で起きていることを。
そして。
その中心に、
“風を記す者”がいることを。
空は、
もう一度、深く息を吸った。
次に吐き出すのは、
記憶か、
世界か。
続けるなら、
そのまま 「続き」 と言ってください。




