第31話《揺らぐ空、動き始めた世界》 後半
空を裂く音とともに、巨大な影が降りてきた。
それは翼というより、切り裂かれた世界の断片が羽ばたいているようで、
見るたびに形が変わった。
「……くるぞ!」
カイルの声がかすれた。
ヴァルグレアは降下しながら輪郭を“食い違わせる”。
右目で見た形と、左目で見た形が違う。
それが同時に脳へ流れ込み、認識が揺れる。
ルカが歯を食いしばる。
「見てるだけで吐きそうなんだけど!?
なぁカイル、コレ本当に倒せんだろうな!?」
「倒すんじゃない、“認識を固定する”んだよ!」
「わかんねぇよ!!!」
アイシャは一歩前に出た。
風が彼女を中心に円環を作り、Dヘルツァ粒子を押し返す。
EchoBANDが光を帯びた。
まるで、呼吸を合わせるかのように脈動する。
ミナトの身体にも反応が走った。
視界のノイズが晴れ、輪郭が少し安定する。
「……今なら、見える」
ミナトはゆっくりと立ち上がった。
刀が光を帯び――音もなく抜かれた。
アイシャが息を呑む。
「無理しないで。まだ身体は……」
「わかってる。でも――あれには、俺が触れられる」
ヴァルグレアが羽ばたいた。
空が軋む。
風が逆流する。
次の瞬間、
“視界がずれた”。
影が二重に、三重にぶれ、
音が遅れ、
色が逆転し――
ミナトだけが、ズレていない。
瞬きひとつの間に、ミナトが前へ出た。
「ッ――ミナト!!」
足元がノイズのまま。
まだ完全に繋がっていない身体で、それでも駆ける。
「(世界がズレても……俺の軸は、俺が決める!!)」
刀が青光をまとい、
ヴァルグレアの右の翼へ斬り上げた。
斬撃は通った。
だが翼は霧散せず、逆に形を“思い出す”。
カイルが叫ぶ。
「ミナト! あれは“過去の自分の形”を次々読み込んで再構築する!
つまり――」
「つまり、“倒し方が固定化されてない”ってことか!」
ルカの叫びは半分悲鳴だった。
ヴァルグレアの頭部がミナトへ向き、
目のない“観測孔”が開く。
見た瞬間、脳に強制的に“映像”が流れ込む。
ーー記憶の断片。
ーー灰色の空。
ーー名前のない子ども。
ーー風のない世界。
ーーずっと誰かを待っている影。
ミナトの膝が揺らぐ。
「ミナト!!」
アイシャの叫びで意識が戻る。
EchoBANDが共鳴し、ミナトのノイズを抑制した。
彼女の声が、風が、呼び戻す。
「……大丈夫だ。行ける」
再び構え直すミナト。
足元のノイズは細い線のように揺れているが――
その目は、もう濁っていなかった。
ヴァルグレアが翼を広げ、空間そのものを震わせた。
三方向から同時に襲う“多層攻撃”。
ルカが叫ぶ。
「無理だろこれ!!」
カイルが解析する。
「観測されている数だけ攻撃方向が増える!
逆に言えば――」
アイシャの弓が光を帯びる。
風が集まり、軌跡が一本に収束する。
「“観測者を一つに絞ればいい”ってことね!」
放たれた矢は、一度空で消えたかと思えば――
次の瞬間、ヴァルグレアの中心体へ“現れた”。
観測を上書きする、一点突破。
ミナトの瞳が光る。
「ナイスだアイシャ――ッ!!」
空間を裂きながら、ミナトがヴァルグレアへ向かう。
刀を逆手にし、全身の残響エネルギーを刃へ集中。
ヴァルグレアの中心が揺らいだ。
その隙を逃さず、ミナトは叫ぶ。
「ここに――“帰っていい理由”はねぇよ!!」
刃が光を裂き、
ヴァルグレアの観測層を強制的に閉じた。
激しい風圧。
空間の悲鳴。
世界が軋む。
そして――
音もなく、ヴァルグレアが“消えた”。
残ったのは、青い羽片のような残響。
ミナトはその場に膝をついた。
アイシャが駆け寄る。
「大丈夫!? ミナト!」
ミナトは笑った。
苦しそうに、でも確かに、嬉しそうに。
「……うん。大丈夫。
あれは……倒したんじゃなくて、送り返しただけだ。
あいつの“帰る場所”に」
カイルが息をつく。
「やっぱりか……ヴァルグレアは敵じゃなくて、迷子だ」
ルカは空を見上げながら言った。
「じゃ、次は何が飛んでくんだ……?」
ミナトは静かに立ち上がった。
空の裂け目は、まだ閉じていない。
風が、次の事象を告げようとしていた。




