第30話《帰還する者、揺れる世界》
光が弾けたあと、世界は一瞬だけ色を失った。
空は白く、風は止まり、音すらどこかへ消えた。
時間が止まったような静寂の中、
そこに“人影”だけが残った。
最初は輪郭だけ。
次に肩。
胸。
喉。
指先。
まるで絵を描くように、ゆっくりと“存在”が肉体へ変わっていく。
アイシャが息を飲んだ。
その影は、呼吸をしていた。
苦しそうな、でも確かに生きた呼吸。
「……ミナト……?」
呼びかけに反応するように、その影が微かに動いた。
まだ瞳は開いていない。
まだ声もない。
でも、確かにそこに“戻ってきていた”。
カイルが低く呟いた。
「成功してる……世界側が、彼を現実と認識し始めた」
右腕の双極コードが光り、空に刻まれたリングが応答する。
まるで生体反応のように、光が呼吸のテンポで脈動している。
ルカは見惚れたように呟いた。
「……すげぇ……これ、ほんとに人が戻ってきてる光景なのか……」
返り血も泥もない。
劇的でも派手でもない。
だけど――その静けさが、逆に現実を突きつけていた。
これは奇跡じゃない。
過程だ。
必然だ。
“選ばれた結果”だ。
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ふいに、風が動いた。
最初は柔らかく。
次に強く。
それは、街を吹き飛ばす嵐でも
凶暴な世界崩壊の予兆でもなく――
まるで“誰かが深く息を吸った”だけ、そんな風だった。
アイシャの髪が揺れた。
EchoBANDが青い光を放つ。
ミナトの指先が、震えた。
そして――
瞼が、ゆっくりと開いた。
青。
深く、静かで、どこか疲れていて――
それでも失われていない意志の色。
目が合った瞬間、アイシャの胸が強く跳ねた。
「……ミナト……!」
声が震えた。
呼びかけというより、こぼれ落ちた願い。
ミナトは息を吸い込み、少しだけ、ほんの少しだけ笑った。
「……ただいま」
その瞬間、空が鳴った。
地平線の向こうから、風が走った。
草原が揺れ、瓦礫が浮き、粒子が空へ昇る。
それは荒々しい変動ではなく――
世界の挨拶のようだった。
まるで、
「認識した」「確認した」「承認した」
そう言っているみたいに。
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だが、その穏やかな時間は長く続かなかった。
ミナトの足元から波紋が広がった瞬間――
空に黒い裂け目が走った。
「っ……!?」
空間が揺らぐ。
観測層が不安定化する。
Dヘルツァ粒子が暴れはじめる。
カイルが反射的に詠唱するように叫んだ。
「残響反動が来る! まだ“完全”じゃない!」
ミナトの身体が揺らぐ
輪郭がノイズに変わる
アイシャが迷わず駆け寄る
腕を伸ばし、ミナトの手を掴む
その瞬間、世界が一気に色を取り戻した
光が地面へ降り
重力が安定し
風が静かに包む
二人の手は――離れなかった。
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呼吸が落ち着いたあと、ミナトは呟いた。
「……やっぱり俺の“帰り道”は……お前らが作ってたんだな」
カイルは肩をすくめる。
「まあ、放っておく選択肢はなかったし」
ルカは鼻を鳴らす。
「帰ってきた以上、いろいろ覚悟してもらうからな兄ちゃん」
アイシャは何も言わなかった。
ただ、ミナトの手を握ったまま、微笑んだ。
ミナトも小さく笑った。
その笑顔は、少し照れくさくて
少し疲れていて
でも、間違いなく――生きていた。
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空の裂け目はまだ消えていない。
世界はまだ安定していない。
帰還は成功したけれど――物語は、終わっていない。
風がささやきながら世界全体に問いかける。
——観測者よ、次はどこへ向かう?
その問いに答えるように。
ミナトはまっすぐ空を見上げた。
「次は……」
言葉を一度切り、
確かな声で続けた。
「世界の仕組みを取り戻す」
――そして、物語が次の段階へ動き出す。




