第29話《残響の座標》(帰還前夜)——冒頭
空が静かになった。
あれほど暴れていたDヘルツァ粒子は、
まるで潮が引くようにゆっくりと静止していく。
カイルの右腕の光も、
アイシャの風も、
すべてが一瞬だけ“無音”へと落ち着いた。
そして、その静寂の奥で、
ミナトの“声だけ”が残響する。
> ——「次は望んで行く」
——「今度は、俺として」
アイシャは胸に触れた
心臓が痛いほど動いている
風が内側から溢れ出す
呼吸のたびに「彼の残り火」が揺れる
カイルは空を見上げ、
右腕の光の脈と同じリズムで
心が震えていた
「……あれは“消滅”じゃない
座標の再設定だ」
アイシャは驚いて振り向く
「え、座標って……どこに?」
カイルは右手を握りしめたまま答えた
「ミナトは“強制転移の反射”でここへ来た
でもさっきのは違う
あれは《自律帰還》
自分で戻る “ための道筋” を確かに掴んでた」
アイシャの目が揺れる
震えた声は、喜びと不安の入り混じったものだった
「……じゃあ、本当に、戻ってこれるんだね……?」
カイルはうなずく
だがその表情はどこか険しい
「ただ、道がひとつじゃない
“どの現実”に戻るのか
“どの観測層”を選ぶのか
全部ミナト自身が決める
そして……俺たちも関わる」
アイシャは小さく息を呑む
「関わる……?」
カイルは静かに答えた
「ミナトが形を取り戻すための
《観測者》が必要なんだ
それが——アイシャ
そして、俺」
風がふるえ
空の底で光が一つだけ生まれる
それは“鋭い”光ではなく
“呼びかける”ための淡い温度を持っていた
アイシャはその光を見る
涙は落ちない
ただ、呼吸が熱くなる
「……待ってる
帰ってくるって言ったもんね
ミナトが嘘つくわけないもん」
カイルが少しだけ笑った
さみしいような
ふざけたような
でも、痛いほど温かい笑い方で
「ほんと、あの人……
どれだけ期待させれば気が済むんだよ」
空が再び揺れる
光が“座標”を示すように形を変える
世界はまだ不完全
けれど確実に動いている
ミナトが戻るための“道”をつくるように。
そして——
その光の奥から、
ふたたび声が届く
> 『……聞こえてるか……?
まだ間に合う、俺は——』
アイシャの目がひらく
カイルが腕を押さえる
風が逆流する
世界は再び、
ミナトを“観測”しはじめた。




