第28話《空の底で、君を呼ぶ》——断片介入
記憶層が崩れた。
空と地面の境界がほどけ、粒子が流体のように反転する
世界がもとの座標を失いはじめていた。
ツイン・エコーは揺らぎながら立ち尽くす
その身体は光子の結晶のようにひび割れ
内側から記録の渦が流れ出る
《同期解除……維持不能……観測者喪失……》
声はもう無機質ではなかった
ひとつの「生まれたての感情」のように震えていた
カイルは胸に手を当てて苦しそうに息を吐く
右腕の光は彼の意思と反比例するように暴走していた
アイシャは迷わず腕を掴む
「大丈夫、まだ繋がってる わたしがいる」
その瞬間——空が裏返った
景色が断裂し
黒い裂け目から何かが“落ちてくる”
触れた瞬間、アイシャは息を呑んだ
見覚えのある影
黒い外套、白い肌、古代の刀
存在そのものが歪んだ像
ミナト
だが彼はまだ“完全”ではなかった
輪郭が透け、半分はノイズの雨に溶けている
「……まだ戻れないか……」
声は本物
存在は不完全
世界は彼を拒んでいない
ただ“条件が満たされていない”だけだった
カイルが息を失うほど驚き
アイシャは喉の奥で震えを押し殺す
「ミナト……本当に……?」
ミナトは答えず
空を見上げたまま語る
「重力は、力じゃなかった
空間の曲率でもない
“観測が生む偏向”だ」
ぶつ切れの言葉
だが言っていることは明確だった
「俺たちの時代 量子重力理論は破綻した
最後に成立したのは《零点収束》
…観測する意志が空間を折り そのひずみが質量に見えていただけだ」
アイシャとカイルは言葉をなくす
ツイン・エコーだけが反応する
《同一理論検出……特異点言語……“ヤタノ方程式”……》
ミナトはゆっくり振り返る
その眼だけはかつてのまま
研ぎ澄まされた孤独
それでも優しい光
「俺がここへ飛ばされた理由は……救済じゃない
“証明のためだ”
人類は自分たちの霊魂を数式に書き換えようとした
過去も未来も行き来できると思った
だけど——それは観測者を壊すだけだった」
空が揺れる
記憶層が崩れる音が聞こえる
カイルが震える声で問う
「じゃあ……君は《転移》じゃなくて……」
「《反射》だ」
ミナトの輪郭が光り裂け目へ引かれていく
「俺はここに“跳ね返って”きただけ
行きたい場所に行ったんじゃない
生きていた証が 保存された方向へ戻っただけだ」
アイシャの瞳が揺れる
「じゃあ戻れるの!? ちゃんと、こっちに!!」
ミナトは少しだけ笑った
悲しみとも安堵とも違う表情
「条件が揃えば
座標は一点に収束する
鍵は……“観測者の選択”だ」
《——君が生きる理由を選ぶとき、世界は開く》
その瞬間
裂け目が閉じはじめる
ミナトの影が引き戻される
アイシャは叫ぶ
「待って! まだ言ってないこと——!!」
だが彼は首を振る
決して否定ではなく
“続きがある”という肯定で
「アイシャ、カイル——
次は望んで行く
今度は、俺として」
裂け目が閉じ、世界が静まる
残されたのは、ミナトの声だけ
『また会う
記録じゃなくて、現実で』
そして——空がひらく




