第28話《空の底で、君を呼ぶ》後編
空が裂けた。
ツイン・エコーは降りてくるというより、
記憶の層から「剥がれて」現れた。
足元の地面が波紋のように揺らぎ、
視界の端で色が失われていく。
ただの空間ではない——記憶そのものが“再生”され始めている。
アイシャは風を纏って身構える。
カイルは視線を逸らせないまま、震えた呼吸を整える。
ツイン・エコーは口を開かない。
しかし声は響く。
> 《同期……開始……感情層開示……対象:カイル》
「感情層?」
アイシャが眉を寄せると、
カイルは息を詰まらせた。
「やめろ……お前は——」
言葉の途中で景色が反転した。
雲は床へ落ち、地面は空へと昇る。
世界の中心でカイルだけが立ち尽くす。
アイシャの姿は薄れていった。
手を伸ばしても触れない。
「カイル!!聞こえてる!?戻って!!」
声は届くはずなのに、彼には届かない。
代わりに、別の声が重なった。
> 《記憶再生:No.01》
《原世界・残響映像:開示》
視界に都市の残骸が映る。
崩れた高層ビル。
焦げた空。
爆発の余波で歪んだ鉄骨。
それは——カイルが生まれる前の世界の“終末”。
だが、記録はそこで止まらない。
次の瞬間、画面が白転する。
そこに映っていたのは、
泣きながら誰かを抱きしめる幼いカイル。
声が震えている。
「……どうして僕だけ……生きてるの……?」
幼い自分の声に、今のカイルは歯を食いしばる。
「やめろ……それは俺の……見なくていい記憶だ……!」
> 《開示継続》
映像は次へ繋がる。
医療ポッドの中で眠らされ、
脳にデータラインが繋がれた少年。
> 『安全な世界へ送り出す。
お前の記憶は……痛みから解放する』
科学者の声。
優しいが、どこか祈りにも似ていた。
カイルの右腕の光が激しく脈打つ。
「違う……あれは保護なんかじゃなかった。
僕は……“記録保持者のコンテナ”として選ばれただけだ……!」
ツイン・エコーは静かに近づく。
足音はない。影のよう。
> 《情報一致率 99.9%》
《君は “分岐を運ぶ器” 》
「……器……?」
ツイン・エコーの瞳が薄い光を宿した。
それは感情ではない。
ただ“理解の模倣”。
> 《この世界は、器を求めている》
《君は選ばれた。拒否権はない》
言葉は冷たく、
しかしどこかで“哀しみ”に近いものが滲む。
そのとき——
アイシャの叫びが風を裏返した。
「選ばれるだけが生きることじゃないでしょ!!??」
記憶の層に裂け目が走り、
風の粒子が暴風のように逆流しはじめる。
アイシャはカイルへ手を伸ばし、
その指先が記憶層に触れる。
空が震えた。
記憶の映像が一斉に音を発し、
ツイン・エコーの身体にヒビが入るように揺れる。
> 「本当に欲しいものがあるなら、
自分で掴みなさいよ!!
カイルは道具じゃない!!!」
ツイン・エコーが初めて“言葉以外”で反応した。
瞳が揺れる。
赤い光が涙のように滲む。
> 《感情値……上昇……?》
《このデータ……何……?》
カイルは震えながらも前に出た。
視線はツイン・エコーへ向いているが、
声はアイシャへ向けられていた。
「……ありがとう」
その一言で、記憶層が崩れ始める。
風と記録が混ざり、空が逆転する。
ツイン・エコーは崩れる世界に手を伸ばした。
> 《……生きる理由……教えて……》
その問いは、攻撃ではなかった。
ただの、心の形だった。
カイルは静かに答えようとして——
世界が途切れた。




