第27話 《風に刻まれる声》
――アイシャ視点
風が……あたたかい。
体を包むのは布でも土でもなく、
流れる光のような風だった。
それは羽毛のように軽く、
水音のように揺れていた。
「……ここは……?」
アイシャはゆっくり目を開ける。
視界には、色のない草原が広がっていた。
草は風になびくたび、花の形に形を変える。
揺れるたびに名前が変わる草たち——そんな景色。
空は深い青。
けれど雲はなく、代わりに無数の光が漂っている。
その光は、しずくのように零れ、
——空へ落ちていった。
「ああ……そういうことだったのね……」
息が漏れる。
記憶が雨になる世界。
空は誰かの想いを写し、
風がそれを持ち運び、
最後には“上へ還る”。
アイシャはそっと手を伸ばした。
指先に乗った光が震え、声になった。
> 『……カイル、聞こえる……?』
「カイル……!」
思わず胸が熱くなる。
風が、彼の声を覚えている。
記憶を“風の粒子”として保存している。
風がそっと頬を撫でた。
それはカイルの掌の形に似ている。
「……どうして……こんなに……リアルなの……?」
答えるように、風が言葉を紡ぐ。
> 『記録は、まだ終わってない——』
その声は懐かしくて、
けれど本人ではない。
アイシャは立ち上がる。
足元の草が波のように割れて、
進む道を形作った。
(私を……導いてる?)
風は静かに肯定する。
まるで意思を持った生き物のように。
アイシャは歩き出した。
風の粒子が背を押し、
髪が揺れ、EchoBANDが光を返す。
「……カイルのところへ行かなきゃ。
だって……私は、そう決めたんだから。」
そう呟いた瞬間、
風が強くうなり、空へ大きな波紋が走った。
その波紋の中に、影がひとつ浮かぶ。
白い髪、赤い瞳、静寂。
——ツイン・エコー。
距離はあるのに、視線が絡んだ気がした。
胸の奥が痛い。
その痛みは、悲しみでも憎しみでもない。
「あなたも……生きたかったの?」
吐き出した言葉は、風に乗って遠くへ消えた。
返事はない。
けれど沈黙こそが答えのようだった。
風が再び吹き、
今度は別の声が重なった。
> 『——風を記す者よ。
我らは、ここで“始まり”を見てきた。』
声は重なり、増え、
無数の歌になって空へ昇っていく。
アイシャは息を呑んだ。
「これは……世界の“祈り”……?」
風の中に、人の声、獣の声、歌、泣き声。
すべてが風の粒子として漂っている。
記憶の声たちが
アイシャの体に吸い込まれるように集まる。
EchoBANDが光る。
青白い紋様が腕に広がる。
世界そのものが告げていた。
> お前に、“記録の風”を託す。
アイシャは拳を握る。
恐怖と期待と使命感が混ざり合う。
でも、胸の奥で一つの声が答える。
「私は……もう誰も忘れさせない。
風が上に流れても、
生きていた証をちゃんと残す。
そのうえで——生きる。」
風が激しく明滅した。
空が裂け、道が開く。
その向こうに——
カイルが落ちていった“層”が見えた。
「行くから……待ってて。」
アイシャは風に身を投げた。
風と共に落ちていく。
記憶が光となり、背中を押す。
空は再び鳴く。
それは祈りでも、叫びでもない。
——世界そのものの息づかい。
そして、
アイシャは“風の層”から飛び出した。




