第24話 風が記す未来(レゾナント・コード)【後編】
風が暴れた。
それは、怒りでも悲しみでもなく、
世界そのものが——“何かを思い出そうとしている”風だった。
青白い閃光が走り、
カイルの右腕を包む紋様が一気に拡張する。
複雑な円環と螺旋が交差し、皮膚の下で何かが動いた。
「ッ……! 駄目だ、まただ……抑えられねぇ!」
カイルが膝をつき、右手を押さえる。
掌の中心に、Dヘルツァの光が膨張し、
空間がわずかに歪む。
リュカが駆け寄ろうとする。
だが、アイシャが彼女を制した。
「待って。今は近づいちゃダメ……あれは“共鳴層”が崩れてる!」
風が渦を巻く。
空中でデータのような粒子が爆ぜ、
周囲の建物が歪みながら溶け、光の線に変わっていく。
「……これは“レゾナント・コード”の臨界反応だ。」
アイシャはEchoBANDを握りしめ、震える声で呟いた。
「カイルの感情と、世界の“記録コード”が衝突してる……」
「アイシャっ!」
カイルが顔を上げる。
額から汗が流れ、瞳の奥には焦燥と恐怖が混じっていた。
「逃げろ! これは……俺がやらかしたッ!
俺の中のDヘルツァが、勝手に反応してやがる!」
「逃げない!」
アイシャの声が鋭く響いた。
「あなたのせいじゃない! これは——“風”が選んだ反応!」
その瞬間、EchoBANDが強く光った。
青白い光が塔を貫き、
都市全体に、無数の線が走る。
風が形を変え、歌い始めた。
それは、誰かの声のようであり、記録の再生のようでもあった。
───《記録を修正……再演開始》
塔の壁面に古代の記号が浮かび、
それらが一斉に動き出す。
リュカが怯えたように叫ぶ。
「これ、誰かが……外から“風のコード”を書き換えてる!」
「まさか……まだ誰か、生きて……?」
カイルの声が震えた。
アイシャはEchoBANDを掲げる。
「違う。これは“観測層”が自分を修復しようとしてる。
風が、未来を守るために。」
風の流れが一変した。
今度は優しく、しかし確かに“方向”を持って吹いていた。
その中心に、アイシャの姿が立っている。
彼女の髪が光を帯び、瞳が深い蒼に染まっていく。
EchoBANDの文字列が空中に浮かび、円環状に展開された。
「風の記録よ……私を、媒介として書き換えなさい。」
「アイシャ! それ以上は危険だ、やめろ!」
カイルが叫ぶが、風の音にかき消された。
「私は“風を記す者”。
あなたの残した想いを、未来へ運ぶために……!」
その声と同時に、
都市全体の粒子が光に変わった。
塔が震え、天へ向けて光の柱が立ち上がる。
それは“記録層”と“現実層”を繋ぐ、ただ一本の道。
リュカが涙をこぼしながら見上げた。
「……綺麗。まるで、世界が……生き返ってる。」
風が鳴いた。
それはまるで、人の声だった。
——ありがとう。
——まだ、ここにいる。
誰かの記憶が、風の中で囁いた。
カイルの右手が再び光を放つ。
しかし今度は暴走ではなかった。
EchoBANDの光と共鳴し、
彼の中のDヘルツァが静かに沈んでいく。
「……聞こえたか?」
彼が呟くと、アイシャは頷いた。
「ええ。風が、言ってた。
“まだ終わってない”って。」
彼らの視線の先、
遠くの空がひときわ強く輝いた。
裂けた空の向こうで、
もうひとつの世界が微かに見える。
都市が反転し、時間が遡行するように流れていく。
リュカが息を呑む。
「……あれは、“未来”じゃない……“残響”だ。」
アイシャはその光景を見つめ、
ゆっくりとEchoBANDを下ろした。
「世界は今、風によって“書き換え”られた。
でもその風が記したのは、答えじゃない。——“選択”よ。」
風が一度だけ大きく鳴り響き、
全てが静かになった。
カイルが空を見上げて呟く。
「じゃあ……次は、俺たちの番だな。」
アイシャが小さく笑った。
「ええ。“未来を記す”番。」
そして、風が再び吹いた。
その風の中で、誰かの声が微かに響いていた。
——まだ、呼んでいる。
——記録の向こうから。




