第2話『スキル《記憶継承》、発動』
目の前に現れたのは、獣のような化け物だった。
身の丈は二メートルを優に超え、黒く光る皮膚には刃が通らなさそうな硬質な鱗。
見た目は狼、だが口からは火のような瘴気が漏れ、赤い目がぎらついていた。
「なんだよ、チュートリアルにしてはやけに強そうじゃねえか……」
今の俺は、剣も盾もない。丸腰。
あるのは、ステータスウィンドウと、唯一のスキル《記憶継承》。
使えるかどうかは、やってみなきゃわからない。
「……起動。《記憶継承》!」
俺が叫んだ瞬間、頭の中に何かが流れ込んできた。
過去の記憶。知らないはずの戦場。
数え切れない屍の山。黒い剣を手にした少女の、無数の死闘。
そのすべてが、一瞬で俺の神経に焼き付いた。
「うぐ……っ、くそっ、脳が焼ける……!」
だが、痛みと引き換えに得たものは──力だった。
右手をかざすと、漆黒の剣が生成される。
思っただけで、形になった。
それは、セリシアの剣。
神を殺した、あの英雄の剣。
「おいおい……マジかよ、これ、使えるのか」
身体が軽い。いや、違う。
重力の扱い方、足の捌き、間合いの取り方。
すべてが“既に知っている感覚”として染みついていた。
「おい、来いよ。ぶっ殺してやる」
獣が吠えた。距離を詰めてくる。
──だが、遅い。
「…ふっ!」
俺の剣が横一線に薙いだ。
風が切り裂かれ、空間が揺れる。
一拍遅れて、獣の胴がズバリと裂けた。
黒い血が噴き出し、地面に崩れ落ちる。
「……一撃かよ。さすが、神殺しの剣だな」
気づけば、俺の視界にレベルアップのウィンドウが浮かんでいた。
【レベルが2に上がりました】
取得スキル:《戦闘直感》《斬撃強化Ⅰ》
記憶進行度:18% → 22%
「へえ、スキルが増えるのか。レベル上がると、記憶の解放も進むんだな」
そのとき、俺の脳内に再び声が響いた。
《契約条件を満たしました。融合スキル《セリシア:リンク》が開放されます》
「……融合?」
次の瞬間、あの銀髪の少女――セリシアが、俺の目の前に現れた。
だが、実体ではない。
まるで意識が混線したように、彼女の声が、意識が、俺の中に染み込んでくる。
『ユーグ。融合すれば、私の力を一時的に完全再現できる。
ただし、時間制限がある。代償は、君の精神力。耐えられるかは……君次第だ』
「上等だ。やってやるよ、セリシア」
──俺は神に殺された。
だから今度は、俺が神を殺してやる番だ。