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1匹目『狼は目を開く(前編)』

 ある男が、白い皿に盛りつけられた肉にナイフを入れる。


 男の目の前には、空間投影された映像が浮かんでいた。

 そこに映っていたのは、生まれて間もない一人の赤子――真神まがみサイだ。

 赤子は父の胸に抱かれ、安らかな寝息を立てながら眠っていた。


 本来ならば人間の耳があるはずのその頭部には、"狼"を思わせる獣の耳が、左右にピクリと動いている。

 男はその姿を見つめ、双眸にしかと焼きつけてこう言った。


まことの神から生まれたやまいぬは、やがて、偉大なケダモノの王になるであろう』


 そして男は、フォークを持ち上げて肉を食べた。




 かつて、人間は"けもの"という生き物を恐れていた。

 その恐怖は理屈では語れない。

 言葉や知識を超えた、もっと根源のような――本能に刻み込まれた感情だった。


 獣とは、単なる動物ではない。

 あらゆる万物が、文明を育み、進化を辿る中で、ただ一つ、その流れに背を向けた存在。

 彼らは変化を拒み、秩序を壊し、古の混沌を体現する、"原始"の異形だった。


 しかし一方で、人間と出会い、関係を築き、時に守り合い、共に時代を重ねた末に、"進化"の道を歩んだ生き物もいた。


 それらは狼であり、犬や猫でもあり、あるいは龍だったり雪男イエティであったり、木や花でもあった彼ら。

 人の言葉を話し、人から名を授かり、人と共に暮らすようになった存在。

 それが、"半獣はんじゅう"と呼ばれる者達である。


 法的には、人間や獣とは別の種として定義されているものの、現代社会においては、それを意識する者は少ない。

 多くの人が、彼らを自らと同じ"人間"として接し、共に生きているのだ。


 ――ただし、半獣が獣とは違い、どれほど理性を備えていようと、その血の奥底に"さが"を宿している限り、人間は無意識のうちに、一線を引いてしまうことがある。



 ある冬の真っ只中。

 雪が静かに降りしきる山中。

 冷たい風が吹きすさぶ、音のない森の奥を、一人の少年が無駄のない足取りで進んでいた。


 真神サイ。

 この時、年齢は十歳。


 黒く艶のある毛並みを持つ狼の耳をぴんっと立て、周囲の気配に全神経を尖らせている。

 彼のすぐ後ろを、一人の男がついて歩いていた。

 鋭い視線をその小さな背に投げかけながら、黙して歩を進める――サイの父である。


「サイ。耳で聞くんやない。空気の歪みを捉えるんや。お前にはそれができる」


 低く、冷ややかな父の声。

 それは叱咤ではなく、研ぎ澄まされた指導と、僅かな激励を孕んでいた。


「うん。父さん」


 サイは即座に応じた。

 彼の目は、命令に忠実に従うことを当然とするかのように静まり返っている。


 真神家は、日本で唯一、狼の血を引く半獣の家系だ。

 その祖は、かつて絶滅したとされているニホンオオカミであるが、真神家はその末裔であるという伝承と遺伝的特異性から、国家によって、"断絶"の恐れがある希少種として法的保護の対象となっている。


 とはいえ、保護とは物理的な囲い込みではなく、彼らは他の半獣と同じように私邸で暮らしながら、その動向を記録、監視される立場にある。


 山は、サイと父親の特訓の場だ。

 真神家の後継として育てられるサイにとって、生を学ぶ場であり、父にとって、心を潜める場だった。


 やがて、耳ではなく、目が先に反応する。


 空気が揺れている。

 実際に目に見えるものではない。

 だが、確かに感じる揺らぎ。


 それは、真神家の血がもたらす特異な能力――"狼の目"。


 その一つである、空間に潜む異常を感覚で視る、真神家だけが持つ感覚器官。


「……父さん。おる。十二時の方向、斜面の下。獣の気配や」


 父が無言で歩みを止める。



 ――風が吹いた。

 その風に乗って、鈍い叫び声が山肌を駆け上がってくる。


 人の声だ。



「だぁれかあああ!助けとくれえええ!!」

「じいちゃあああん!!」



 サイの耳がピクピクと動く。

 父の目も細まった。


「行くで。しっかりと目ェ使え。一瞬でも瞬きすんなや」


 その言葉と同時に、地面を蹴り出す音が、空気を切り裂くように破った。


 風に混じって届いた悲鳴は、恐怖に濁っていた。

 サイと父は、迷いなく音のする方角へと走り出す。


 冷たい枝葉が腕を掠める中、彼らは斜面を駆け下りていく。

 その最中、サイは瞼を閉じ、意識を更に深い感覚の奥へと沈めた。



(――狼の目)



 空気の密度、地面の振動、葉の僅かな揺らぎ。

 この地の些細な異変すべてが、彼にそこに何がいるのかを語りかけてくる。


 気配を捉えた。

 空気に歪みが生じている。


 視線を落とした斜面の下。

 倒木にもたれかかるように座り込んだ老人と、必死にその身を庇うように立ち塞がる少年の姿。


 そして、その向かいには――



「獣や」



 父が静かに告げる。



 それは、人間を"喰らう"生き物。


 成人男性の倍はあろうかという巨体に、背中には捻れた骨のような棘。

 顔は、潰れたおもを無理矢理引き伸ばしたかのように歪んでおり、四肢は人の手足に酷似しているが、指先は鉤爪のように鋭く湾曲している。

 腹は異様に膨らみ、皮膚は裂けかけて腸が露出していた。


 だが、出血はない。

 痛みも、苦しみも、知性すらも見受けられなかった。


 理性も感情もなく、ただ飢えた本能に突き動かされている。


 すべての獣は、こうした人間の想像を逸脱した、禍々しい異様さを孕んでいるのだ。



 サイは足を止めた。

 狼の目は獣の位置だけではなく、その動きの兆しすらも捉えられる。


「父さん。あいつ、動くで」


 その声とほぼ同時に、獣が手を振り上げた。

 老人が悲鳴を上げるよりも早く、サイの体が跳ねるように前へと飛び出した。


 まっすぐには行かない。

 サイは斜面に埋まっている岩を足場に一度身を浮かせ、獣の視線を左へと誘う。

 そのまま空中で体勢を捻って、重力を利用して地面を滑り、低く地を這うように右へと抜けた。


 まるで、山を駆ける狼のような動きだった。

 無駄がなく、静かで速い。


 その一瞬、獣が戸惑い、動きが鈍る。

 視線が外れたその隙を、父は見逃さなかった。


 獣の背後、斜面の影から風のように飛び出す。

 雪を蹴り、木の枝を踏み台にして加速――しなやかに空を裂き、獣の背へ鋭く飛び掛かる。


 父の両手が空中で変化した。

 爪の先が伸び、硬質な黒い爪に湾曲しながら形を変えていく。

 それは、鋭く、深く、敵の骨をも断つためだけの鉤爪。


 その爪が一瞬にして正確に、獣の肩甲骨へと穿った。

 刹那、肉が裂ける音が山間に響くと共に、血飛沫が噴き上がる。


 間を置かず、立て続けに浴びせられる鋭い斬撃で、獣の体は、布を引き裂くように千切れ、やがて数枚の短冊のような肉片となって、雪を血で赤く染めながら崩れ落ちた。


 獣は、完全に動かなくなった。



 だが――



「サイ!目ェ離すな!二体目がおる!」


 父の叫びに応じ、サイは即座に目を見開く。

 水色の瞳――その中心、瞳孔が細く縦に伸び、鋭さを帯びた。


 視界には当然映らない。

 だが、感覚が告げていた。


(後方……倒木の裏。木が混んで匂いが重なっとる)


 サイは、走りながら倒木を飛び越え、その上に身軽に着地した。

 足元には、老人と、その体を庇うように立つ少年。

 サイは倒木の上に低く身を構え、彼らを守るようにして立つ。


 獣の姿は見えない――けれど、確実にいる。


 倒木の背後は、木々が密集していた。

 幹と枝が視界を乱し、その暗がりに何かが潜んでいる。

 そう確信できる程の重さが空気に滲んでいた。


(おるな。あそこや)


 サイは腰元に手を伸ばし、投げナイフを一本抜く。


 迷いはない。

 目を逸らすことなく、気配が潜む木陰へ向けて、ナイフを投げ放つ。


 刃が何かに突き刺さる、湿った音。


 その直後、獣が鋭く反応した。

 甲高い鳴き声が木々の間から飛び出し、黒い影が雪を蹴り上げながら、跳ねるように姿を現す。


 地を這って動いているその様は、頭部は潰れたカエルのように扁平へんぺいで、全身が血と泥に塗れた、肉塊の死体のような姿の獣だった。


 四肢をバラバラに動かしながら、獣はまっすぐサイ目掛けて突進してくる。

 低い体勢のまま、跳ねるようにして間合いを詰めるその動きは、異様に速かった。


 サイはすぐに反応しようとするも、間に合わない。


(やばっ)


 そう思った瞬間、突風のように横から何かが駆け抜けた。

 サイの目の前で、獣の動きが止まる。


 父の鉤爪が、獣の胴を深く貫いていた。


「まだ見極めが甘いねん。匂いだけで判断すな。地形と風向きまで読むんが、狼の目やろうが」


 咎めるような声で言いながらも、父は淡々と腕を引き抜き、鮮血を払うようにひと振りしてから、手を下ろした。


 獣は声を上げることもなく、そのままぬるりと崩れ落ちた。



 しばらくして、ようやく緊張が緩んだのか、祖父と思しき老人が少年に支えられながら、ふらりと立ち上がる。

 その顔には、恐怖と安堵が入り混じっていた。


「た、助けてくれてっ、ありがとう、ございました!」


 礼を言った少年の頬には、涙が伝っていた。

 その頭には、猫のように三角に尖った小さな獣の耳が揺れている。

 震えた声が、静かな森に木霊こだました。


 サイは一歩だけ近づき、倒木の上から身を屈めて声をかける。


「怪我はあれへん?無事でよかったわ」


「サイ。行くで」


 父はそれ以上言葉を交わすことなく背を向け、山道を歩き始める。

 サイも少年達に一礼し、その後を追った。


 ふと後ろを振り返ると、二人はまだこちらを見ている。

 だが、名を告げることも、名を問うこともなかった。


 これは、この山の中だけの出来事。

 そういうものだと、サイは知っていたからだ。



 獣の匂いを帯びた風が、背後から吹き抜けていく。

 山の空気は既に静まり返り、さっきまでの異様な緊迫感が、まるで幻だったかのように薄れていた。


 父は先頭を歩きながら、一度もこちらを振り返らずに言った。


「遅い」


 それは、サイの足の遅さではない。

 戦いにおける判断と行動――ただそれだけの、冷ややかな指摘だった。

 声には、感情の揺れがひとつもない。


「ごめん」


「『おる』言うた時点で、初動が一秒遅れとった。気配の量にばかり気ィ取られて、深さが見えてへんかったんや。二体目に気づけんのは、当然や」


「うん」


「そもそもな。狼の目っちゅうんは、気配を探すためやない。気配の裏にある意図を読むんが、真神家の力や。何がおるかやない。何をするかを見んかい。さもなければ……いずれ殺られるで」


 雪山の斜面を下る父の足取りには、音がない。

 まるで風になったかのように滑るその歩き方は、獣を狩る者の立派な風格に思えた。

 そしてそれには、息子を待つ気遣いの影すら見えない。


 サイは黙って、その背を追う。

 静かに、頷きながら。

 叱責をすべて、自分の内側に沈めるようにして。


 サイの目に曇りはない。

 悔しさも、寂しさも――何もなかった。

 ただ、真神家の長男として、ここに立ち、ここにあることを選んでいた。




 季節が巡る。

 あの日の山の記憶は、静かに心の奥へと沈んでいた。



 時は、中学時代。

 制服に身を包んだサイの姿は、学園中でも一際目を引いていた。


 整った眉、切れ長の水色の瞳に長い睫毛。

 高く通った鼻筋と艷やかな唇。

 漆黒の髪は絹のように繊細で、引き締まった体には一切の無駄がなく、長身で均整が取れている。

 父と母から受け継いだ美しさと野性を余すことなく備えた彼は、既に狼の耳や尻尾も出さずに制御できるようになっていた。


 ただ目を引く容姿というだけではなく、見た者の視線を捕らえて離さない、そんな力を彼は持っているのだ。



 昼休み。

 制服のネクタイを緩め、シャツの袖を無造作に捲りながら、サイは中庭のベンチに座っていた。


 膝の上には、まだ箸すらケースから出されていない、蓋が閉じたままの母親手製の弁当が乗っている。

 彼の手はスマホを持ち、視線は画面に落とされていた。


 画面には、淡々とした口調で並べられた、母からの長文メッセージ。

【インナーの着こなしが甘い】【撮影時の姿勢が締まりない】【目線の使い方が幼稚】などといった、機械的なダメ出しの羅列。


 サイの目元は伏せられ、睫毛の影に隠れた瞳には、苛立ちが滲んでいた。

 眉間に薄く皺が寄り、唇の端は酷く不機嫌に引き下がっている。


 周囲では、レジャーシートを敷き、芝生の上に座る三人の女子生徒達が、各々自分の弁当を広げながら、話に花を咲かせているものの、その視線はしきりにサイへと吸い寄せられていた。


 彼の苛立っている様子にまるで気づいていないが、そのおとなしげな表情に、クールな王子様のような雰囲気を見出しているようだ。


「……そ、そういえば真神くん。最近、獣やっつけとったよね?」


「あー!それ、SNSで動画めっちゃ回っとったやつやんな?あれ、何回見ても鳥肌立つわ……」


「てかさー、"ブラッドハウンド"の隊員でも手こずっとった獣を、真神くんってば簡単に倒してまうんやから、ホンマ、すごいで」


 一人の女子が思い切ってサイに声をかけると、他の二人も釣られるように、我も我もと言葉を続けた。


 サイはふっと笑い、スマホの画面から視線を外すと、彼女達の方へと顔を向けた。

 その目元からは、先程までの苛立ちはすっかりと消えて、まるで最初から何もなかったかのように、柔らかな光を宿していた。


「まぁ、あの程度の獣やったら楽勝やわ」


 本気とも冗談ともつかない口ぶりだが、そこに自信が滲んでいることは確かだ。


「言うてあの獣、突進してくる時の癖が分かったら、対処なんて簡単やった。横からの攻撃に鈍いのを見抜いて、そっから狙っただけや。ブラッドハウンドは真正面から行って手こずっとったけど、そっちは最初から捨てた。効率重視ってヤツやで」


 一瞬、沈黙が落ちる。

 次の瞬間、まるでスイッチが入ったように周囲がざわついた。


「やば、なにその余裕っぷり……かっこよすぎんねんけど」


「やっぱ、真神くんって格がちゃうねん」


「本物の半獣の強さって、真神くんのことを言うんちゃう?」


 称賛と憧れの眼差しが、ひたすらサイへと向けられる。

 サイは膝の上の弁当の蓋を静かに開け、おかずを一口、ゆっくりと口に運ぶ。

 そして、ぽつりと笑いながら呟く。


「だって僕、"真神家"やし?」


 言葉の意味も、重さも、説明する必要はなかった。

 ただその一言で、場の空気も、視線も、すべてが自然とサイの周りに集まってくるからだ。




 放課後の通学路。

 茜色の空を焦がしたような夕焼けが、住宅街の細道を真っ赤に染め上げていた。


 アスファルトの上に、獣の亡骸が一体、血を大量に流して倒れている。


 人間に似た体格だが、骨格は明らかにおかしかった。

 両腕は膝の下まで届く程に異様に長く、肘から先が逆方向に折れている。

 肌は爛れたように赤黒く、皮膚の裂け目から体液が滲み出ていた。

 頭部は押し潰されたように歪み、潰れた顔のあちこちに目玉らしきものが埋まって、すべて明後日の方向へと向いている。

 鉄臭い血の匂いと腐臭が入り混じり、吐き気を誘うような空気を漂わせていた。


 そのすぐ傍に、サイは立っている。


 制服には返り血が散っており、足元には獣の体液が黒く滲んでいた。

 彼はまるでそれを気にも留めないように、静かにハンカチを取り出し、顔や手についた血を拭っていく。

 その所作は淡々としており、一切の感情の起伏を見せなかった。


 少し離れた位置では、ブラッドハウンドの数名の隊員が現場を検証している。

 一人は写真を撮り、もう一人はタブレットに記録を取りながら、サイに事情聴取を行っていた。


「……なるほど。真神家の後継が直接動いたわけか。現場の状況と通報内容も合っている……真神、サイくんで間違いないな?」


「はい」


 サイは簡潔に頷き、ハンカチを畳んでポケットに戻した。


 その様子を、少し離れた場所から同級生達が見守っていた。

 男子生徒の一人が肩を竦めて呟く。


「一応、通報はしといたけど……やっぱ、真神が倒してもうたな〜。さすがやわ」


「せやから言うたやんけ、通報なんか後でええって。真神やったら、ブラッドハウンドが来る前に終わらすんやから」


 その横では、三人の女子生徒が肩を寄せ合って固まっていた。

 彼女達は獣の亡骸に目を逸らしながらも、サイの横顔を見つめて小さな声で囁き合う。


「ねぇ待ってや。あの顔で返り血浴びるのずるない?かっこよすぎて無理ぃ……」


「顔面国宝ってさっちゃんのこと言うんや。実際、真神家って日本から大切にされとるし」


「血ついとるのに、むしろ色気増してるってどういうこと?ほんまに男子中学生なん?」


 熱っぽく騒ぐ女子達を呆れたように横目で見つめながら、男子の一人が再度口を開く。


「つーか、真神ってブラッドハウンドに入隊が決まっとるらしいな。しかも国直々の推薦やって。やばすぎるやろ」


「え、マジ?ほな、こんな風に獣と戦うの、これからが本番ってこと?」


 ブラッドハウンド――日本政府直属の、獣・半獣犯罪者制圧部隊。

 人間と半獣が協力して発足させたこの機関は、日常化する獣災害や半獣事件に対応するために設立された。


 現在は、国際指名手配中の組織――終末一家しゅうまついっかの制圧を目的とした、特任制圧チームの創設に動いており、全国の学生にも新人隊員の募集を開始している。


 真神サイは、その推薦枠として試験免除のうえ、既に配属が内定していた。


「なんか最近、また終末一家が動いとるって話あったやろ?あの、人間を獣化させるってヤツ。ニュースでやっとったわ」


 二人の男子が話している時、やや興奮気味に女子の一人が話に加わってきた。


「それ!SNSで見た!どこかの村に薬か何かを散布して、人間を獣に変えたって……結局その村、手がつけられんくなって廃村になったんやって。あれ、終末一家の仕業やって噂されとる」


「真神の奴。そんな連中をこれから相手にするんか……」


 サイは同級生達の視線を体に受けながらも、表情一つ変えず、目の前の隊員とやり取りを続けていた。

 簡潔な質問に、要点だけを返す応答。

 亡骸の傍に立つその姿からは、動揺も誇張も一切読み取れなかった。


 陽の傾きと共に赤く染まった通学路に、制服に点々と血を散らせた少年の影が、静かに伸びていく。

 周囲からの視線も、騒ぎ立てる喧騒も、何も届いていない――サイは、ただそこに立っているだけだ。

 現実にいながらも、まるでどこか別の場所を見ているかのように。

 その目は、嵐の前の、一際澄んだ静けさを思わせた。

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