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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死の下にて蠢く~転生したら球根だった~

 俺は転生者である。


 前世の自分はこの世界の者ではなく、異世界(むしろ今自分がいるこっちのほうが異世界って心境なんだが)の地球という星にある、日本という国に生まれた人間の男だった。

 覚えているのはそれくらい。

 何て名前だったか。どんな趣味を持っていたか。好みの女性のタイプは。貯金は。いかなる理由で何歳で死んだのか。何も記憶に残っていない。

 転生先で不要な記憶だから無くなったのか、それとも何かしらの不具合か、あるいはそれが転生の条件だったのか。

 それもわからない。


 わからないが、ひとつわかっていることがある。

 それは、俺は生前、


『植物みたいにのんびり存在していたい』


 という、人生に疲れきったような思いを、決してかなうことのない願望を、現実逃避の一歩手前じみた妄想を抱いていたらしい。

 もしかしたら、俺の死因は過労死だったのかもな。


 で、ここからが本題だが、その荒唐無稽といえる願いは、驚いたことにこっちに転生して──そもそも転生自体が驚くべきことなんだがそれは置いといて──かなってしまった。





 そう。





 俺は植物に生まれ変わったのである。





 正式名称はわからない。

 いや、何一つわからないというほうが正しい。わからないことだらけだな。


 どうも地面の中にいることはわかっていた。つまり根菜とか球根とかなのか俺は。まあそれも植物といえば植物だが、思ってたのとなんか違うな。

 でも不満を言ったところで状況が変わるわけでもない。これでよしとしよう。


 そんな感じで納得はしたが、となると次に、当然の疑問がわく。


 だとしたら、俺はどうやって思考してるんだ?

 脳はどうなってるんだ?

 植物に生まれ変わったと言ったが、これが果たしてまともな植物と呼べるものなのか?

 目も鼻も耳も舌もない。声も出せない。人間だった頃に生えていた手足らしきものもない。首や腰をひねることもできない。

 植物なんだからそりゃそうだ。そこに疑問を挟む余地はない。

 しかし、前世であったそれらとは根本から違う、不可思議な感覚のようなものが代わりにある。無数の根っこが全身から伸び、それによって知覚できる。周りが土だとわかる。自分が球根じみた形の何かだとわかる。

 これはどうなんだ。植物ってこんな高性能なのか? イカは知能の割に優れた感覚器官を持つとかテレビで見た記憶があるが、それみたいなものなのか?


 ……ひょっとして、俺は植物ではなく、植物タイプの魔物とかなんじゃないのか。お化け球根とか、ヤマイモラーとか、そんな類いなのではないか。

 もしそうなら、下手に掘り起こされたりしたら勇者とか冒険者とかに退治されてしまうかもしれん。世俗を忘れてのんびり生き続けるとか夢のまた夢だ。



「いやだ、嫌だぁ!」



 俺が今後の運命について不安がっていると、ずっと上のほうから男の悲鳴らしきものが聞こえてきた。

 地面の中にいるのに感知できるとか、俺の根っこは優秀だな。


「大人しくしろ、この悪党が! 八人も殺しておいて何を今更! 往生際が悪いぞ!」


「やめてくれ、それには訳が! あぁ、なんで俺が……!」


「執行せよ!」


「助け──」



 わずかな間をおいて、ドサリと、何か重いものが落ちて転がる音と揺れがした。それが何を意味するのかは、先ほどまでの会話で簡単に予想できた。

 なるほど。


 どうやら俺が埋まっている場所は、処刑場の土の下らしい。不吉なところに生まれ落ちたもんだ。魔女のプランターよりはマシかもしれんが。





 それからも俺の上では、不規則に、度々執行された。



「ふざけるな、この糞ども! 呪ってやるからな! 絶対に呪い殺してやるぞ!!」


 男も。


「できるだけ痛くないように、一度でお願いしますね」


 女も。


「私を誰だと思っているの! ……家の伯爵夫人たるこの私に! 離しなさい、この無礼者!」


 貴族も。


「か、金ならいくらでもやる。だから見逃してくれ。お前らの働きじゃ到底稼げない額を積んでやる。だから、頼む! この通りだ!」


 金持ちも。


「なあ、処刑屋の大将さんよ。地獄ってのはどんなとこなんだろうなぁ。俺の生涯より酷いのかね?」


 悪党も。


「なにも、あんな爺さんまで首を落とさなくてもよかろうに……」


 老人も。


「はぁ……。自業自得とはいえ、せめて故郷で死にたかったなぁ……」


 異国の者も。


「不当な裁きに加担した全ての者に災いあれ! 我が魂に祝福あれ!」


 濡れ衣を着せられた者も。


「あたしが首を落とされるの? 素敵ね。お誕生日のパーティみたい」


 正気を喪失している者も。


「野盗に見せかけての強盗に、しかも殺人とはな……軍の面汚しが……!」


 兵士も。


「このような蛮行、一族が知れば、ただでは済みませんよ! 愚かな短命種ども!」


 長命で知られる森の民も。



 飽きることなく命が落ちていった。


 その度に、俺の中に、こう、さまざまな力が漲っていくのが自分でもわかった。処刑された者達から命そのものを吸っているような気分だった。


 俺は次第に根っこを遠くまで伸ばしていく。


 そうなると、事故や喧嘩、あるいは戦争、勇者と呼ばれし者達と魔族との戦い等で流れた血や命もどんどん俺に吸われていく。そしてさらに根っこを伸ばし、範囲を広げていく。



 誰一人としてその事態を知らないうちに、長い時を経て、私は強大な存在へと成長していった──





 ようやく世界が落ち着き、魔族の侵攻も緩やかになりつつあった、そんなある日。


 かつて、私が最初に人の命をすすったあの処刑場にて、一人の聖女が、彼女の存在をやっかむ悪辣な令嬢の企てによって処刑されようとしていた。

 その名をリリスという。


 聖女リリスの味方は誰もいない。

 共に魔族と戦った者達はというと……勇者と称えられたこの国の王子は令嬢に骨抜きにされ、他の仲間達は聖女の人望と実績に裏で嫉妬していたため、助け船を出しはしなかった。

 リリスの在籍していた神殿はというと、令嬢からこっそり大量の金銭を受け取っていたのと、新たな聖女が見つかったこともあり、リリスを切り捨てる方針に舵を切ったらしい。

 王室や貴族にしても、自分たちを凌ぐ人気のリリスに歯がゆい思いや危機感を覚えていたので、この企ては渡りに船だった。リリスが貧民の生まれなのも、彼らの嫌悪を増していた。


 まったく愚かな人間どもだ。

 金の卵どころか奇跡の宝珠を産むニワトリをわざわざ殺すというのか。実に愚かである。惜しいことをするものだ。


「天は見ておられます。あなた達の行いがいかに間違っているか、全て明らかに……」


 言葉を最後まで聞く前に、令嬢が聖女に近寄ると、その耳元で小声で囁いた。

 途端、それまで全てを受け入れて穏やかだった聖女が激昂した。


「よくも、なぜそんな非道なことが……! 許せない、あなただけは許せない!! 呪ってやるから!」


「あら怖い。ついに本性を剥き出しにしましたわね。見て王子様、これが聖女様の素顔ですわよ?」


「死んでも許しはしないわ! 決して!!」


 涙を流しながらわめきたてるリリス。その理由を私は聞いていた。

 あの令嬢は、「あんたの巣だったあの汚ならしい貧民窟も今頃は住人もろとも焼き払われてる」と言ったのだ。

 常軌を逸した執拗な狂気。人とは、こうも歪んだ暗い感情に支配されるものか。こんなちっぽけな存在のどこに尽きることなき悪意の泉が隠されているのだろうか。


「みんな呪われ──」


 籠から転がり落ちた林檎のように、呆気なく聖女の首が胴から離れ、ころころと転がった。





『ふむ、やはり勿体ないな』


「「「!?」」」


 処刑場にいた全ての者が、地の底から響く私の声に驚愕した。


「な、なんだこの、信じられない程のおぞましい波動は……!!」


 勇者と呼ばれるだけのことはあるのか、腑抜け王子だけが私の気配を感じ取って恐れおののく。


 大地が激しく揺れる。


 大樹のごとき私の根が地面を突き破ってその姿を現し、聖女リリスの屍を巨人の手のように掴む。

 突き破った勢いで発生した地割れに呑み込まれる人間たち。

 その中には、あの悪辣な令嬢の姿もあった。

 かろうじて全身は落ちなかったらしく、両手で地面をかきむしるように爪を立てて耐えている。腕の力だけでは這い上がれないのか、腰から下はまだ地割れの中だ。

 王子は私の存在に震えて動けず、無事な者たちも落下を恐れて令嬢に近寄れなかった。


「助けて、どうして誰も助けてくれないの! 王子様どうして!」


 わめく余裕があるなら、それを脱出する力に回せばよいものを……


『誰もいらぬのなら、私が頂いていこう』


 私は目的を果たし、根を再び引き戻していく。

 そうなると、当然のことだが地面の亀裂もまた塞がっていき、そこに落ちて、あるいは挟まっていた者たちはどうなるか。


「うっ、あぐ……た、助けて…………お願い……」


 じわじわと塞がる大地の傷跡に、令嬢の下半身が押し潰され、ぎしぎしと悲鳴を上げる。


「いや、こんな死に方なんて……助けて、は、早く助けなさいよ……! 何してるのよあんた達ぃぃいいっ!!」




 ぶちり




「いやいやっいやああーーーーーーっ!! うげっごぶぁああっ!!」


 その性根にふさわしい、汚物のような断末魔と血と臓物を口から吐き散らかして令嬢は上半分だけになった。

 それでもまだ息はあるようで、皮肉なことに胴から下を潰されたせいで止血に近い結果になっているのもあり、死ぬに死ねない状態となっていた。それでも数時間と持たないだろうが。


「……なべ、だずげ、おまげばっ……」


 これは驚いた。

 瀕死の身でありながら、王子を指差して、幽鬼の形相で何かを言っている。なぜ自分を助けなかったのだと叱責しているのだ。


「ご、ごの……うらぎっ、もご……うばぎごぼぉ」


 元はと言えばお前が王子を誘惑し、聖女を罠にかけて騙したのが原因であろうに、どの口で王子を裏切り者と罵れるのか。

 鼻で笑う気にもなれず、私はリリスを連れて地の底へと舞い戻り、地上の惨状はそのまま放っておいた。









 一年後。


 この世の全てを憎み、あらゆる命を滅ぼすことにのみ心血を注ぐ、後に奈落の姫と呼ばれし者が無数の軍勢を率いて地の底から現れ、世界は瞬く間に地獄絵図へと塗り替えられた。

 人間だけでなくエルフや魔族からも選ばれし八人の勇者によって姫が地の底へと落とされ、世界に平和が訪れるまで、百年の時を要したという──

リリス「奈落神さまあ、やられちゃいました……」


私「次は力押しだけでなく搦め手も使いなさい」

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