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8. 四人目の婚約者カジ

 さて、娯楽室でロアがブレッドに話しているのとちょうど同じころ、音楽室ではウォッチがライラにカジーのことを話していました。どちらの内容もほとんど同じですが、ここではもう少し詳しく、この盗賊の真実を話してみましょう。


 盗賊カジーの本当の名前は「カジ」といいます。カジという東洋の名前はベラムールの人々には発音が難しく、カジーという呼び名が定着してしまったようです。

 彼の故郷では「ムカデ」のことを「ンカジ」また「カジ」と呼びます。カジは獰猛で、しぶとく、引くことを知らない、ムカデを意味する名前に相応しい人物でした。そしてその背中にはムカデの入墨がありました。

 カジの本職は盗賊などではなく、とある大名につかえる忍びの者でした。カジの主君はすでに亡くなっています。彼は主君の形見の品を取り戻すために海を渡ったのです。


 ある日、カジはベラムール国の王宮に忍びこみました。目的地は王宮の最奥にある「竜ノ間」です。類まれなる身体能力で壁をこえ侵入すると、秘密の特技で見張りの隙をつきます。カジはどんな声色でも自在に出すことができました。子供の泣き声をマネして、兵士が持ち場を離れた隙に通路を駆け抜けます。難なく竜ノ間にたどりつきました。

 竜ノ間には国母アンネリーゼがひとり。これもカジの計画通りでした。カジの狙いは「髪飾り」です。自分で探すよりも持ち主に出せたほうが早く見つかります。軽く脅して、目的の物だけを盗んで、すぐに立ち去る。それが彼の手口でした。

 獲物を抜きます。


「声を出すな、従えば命は盗らない」


 盗みは順調に思えましたが、カジは大きなミスを犯していました。

 東洋人である彼は知らなかったのです。国民全員が知っている「ベラムール王は竜に守護されている」という言葉は「信仰」ではなく「事実」だと言うことを。

 竜ノ間には本物の竜がいました。身体を丸めて眠る巨大な生物。その身体の上に、ひとりの女が腰かけています。国母アンネリーゼでした。

 深いプラムのアイシャドウに縁どられたアンネリーゼの瞳。その瞳に見つめられただけで、カジの心拍数は急上昇し、脳が痺れるように熱を帯びました。


「すごいね。まだ自我をたもってる」


 なにか変だ。逃げよう。そう思いましたが、アンネリーゼは華奢なつま先でカジの影を踏みました。するとカジは身体を動かせなくなってしまったのです。金縛りのようにビクともしません。


「東洋人? おもしろいね。キミさ、なんで盗賊なんかしてるの? もしかして仕事がないの? わたしの部下にしてあげよっか?」


 カジは首を横にふります。


「どうしてさ? 理由が知りたいな。話してみてよ」


 アンネリーゼの鮮やかボルドーの唇。その口で命令されると拒否することができませんでした。


「オレはある髪飾りを探している。それは我が主君が姫君に渡すために用意したものだが、願いは叶わず、すでに主君も姫君もこの世にはいない。オレはその髪飾りを墓前に手向けてやりたいのだ」


 アンネリーゼは「ふうん」とうなずくと、自分の鏡台へと向かい、東洋の髪飾りを持ってもどりました。


「キミの狙いはこれかい?」


 なんと、それはカジの探している髪飾りでした。


「それを譲ってくれ! それさえ貰えるのなら、アンネリーゼ、おまえの部下になってもいい!」


 しかしアンネリーゼは首を横にふります。


「不合格。そういう古臭い考え方は嫌いなんだ。キミはキミの人生を生きるべきだ。わたしはそう思う」


 アンネリーゼは髪飾りを両手で掴むと、バキッと折ってしまいました。


「はい。もう帰っていいよ。新しい人生を見つけるんだね」


 アンネリーゼが背を向けます。カジは身体の自由を取り戻しました。

 地面に捨てられた髪飾りを拾おうと思いましたが、カジの指が触れただけで髪飾りはボロボロと崩れていきます。あっという間に塵埃の山のようになってしまいました。

 アンネリーゼが笑っています。


「貴様ァッ!」


 カジは叫びました。

 憎悪の瞳でアンネリーゼを睨みつけます。そしてカジは、彼女の背後で竜が起き上がるのを見ました。その巨大な尻尾が、うねりながら跳ね上がるのを。

 尻尾の一撃をくらい、気を失ったカジが意識を取り戻したのは、牢獄の中でした。


「盗賊カジーの脱走を確認したのは昨日ですが、もっと前に逃げた可能性もあります。カジーはアンネリーゼ様に復讐を誓っていました。しかしアンネリーゼ様とノヴァス新王は竜に守られている。となれば次に狙われるのはライラ様というわけです」


 ウォッチの説明を聞いて、ライラは不安にかられました。


「それでいま、館のパトロールをしているんですか?」

「ご安心ください。カジーが潜伏していたとしても、わたしの部下が必ずとらえます」


 そう言われてもライラの不安はますます大きくなります。

 ライラはカジの脱走を知っていました。カジが囚われていた理由も、ライラの命を狙っていることも。ウォッチの話を聞くまでもなく、さらに詳しい真実の話を知っていました。そしていまカジがどこにいるのかも知っていたのです。

 カジとはこのあとで会う約束をしている。館に来たカジが兵士と鉢合わせしたら、カジが捕まってしまう。

 カジを脱走させたのはライラでした。そう、このカジこそ、ライラの四人目の婚約者だったのです。

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