12. アモ
ロアはライラと一緒に行政府へと戻ると、有言実行、アモに別れを告げました。
「アモ、ここから出ていってくれ」
「なぜじゃ? 服なら着ておるぞ。おぬしが買ってくれた服じゃ。慣れたら悪くない」
アモはエジプト風のワンピースを着ています。ベラムールのドレスと違ってゴテゴテとはしていませんが、不思議と高貴な印象があり、アモの独特な容姿にはよく似合っています。ライラの目にも高価なドレスだとわかりました。
アモはライラを見て「アンネリーゼの姪っ子か」と苦々しく呟きます。
「そうだ。ボクの婚約者だ。わかったろ?」
ロアが堂々と宣言すると、アモは小さくため息をつきました。
「そうじゃな。わらわは邪魔者なのじゃな。婚約者を優先するのは当然じゃ。わかったよ。出ていく」
そう言って扉へ向かいます。勢いよく扉を開けました。
しかし、出ていく素振りがありません。
アモは立ち止まったまま繰り返し言いました。
「邪魔者は消える! 出ていくからな! もう来ないぞ!」
ロアが名残惜しそうに手を伸ばします。ライラはイラッとしてその手をはたきました。
「さよなら!」
ライラが別れの言葉を浴びせると、アモは「チッ」と舌打ちします。そしてもう一度「出ていくからな!」と叫んで、どこかに行ってしまいました。
不思議な女性です。アモはおそらくライラたちより歳上です。なのに言動はやけに子供っぽいのです。
「ほら、約束は守ったよ」
そう言ってロアが胸を張りますが、ライラの感想は「はあ?」でした。
やっぱりロアが変です。いつものロアはこんな人じゃありません。アモに何かされたのだ。それで頭が変になっているのだ。ライラはそう確信しました。
「ねえロア、どうしたらもとにもどるの?」
「ボクはいつも通りだよ」
「じゃあ聞くけど、あのアモっていうのは何者なの?」
ライラが質問すると、ロアは答えようとして「ヒック」としゃっくりをしました。
「言っただろ? アモは、ヒック、ボクの初恋の人、ヒック、なんだ」
やっぱり変なままです。
「治す方法を見つけて、また来るから」
「うん。ボクは仕事に戻るよ」
ライラは別れの挨拶をして執務室から出ました。
すると廊下に出てすぐのところに、アモがいるではありませんか。膝を抱えて、床にしゃがんでいます。捨て猫のようで、少し哀れに見えました。
「ねえ、あなた何者なの?」
ライラは直接聞くことにしました。アモがしゃがんでいる方へ近づきます。
「アモに近寄るな! その首輪は嫌いじゃ!」
アモは床を這うようにしてライラから距離をとります。アモはライラを恐れているようです。
ライラは気持ちが大きくなって、アモを追いかけました。
「逃げないで。話しをしましょう」
ライラがアモの腕をつかみました。
するとアモの腕がみるみるうちに変化して、肌は硬いウロコのようになり、手の指は倍の長さに伸び、鋭い爪が現れました。まるで鷹の足のような、恐ろしい腕です。
「アアア! アモに、アモに触れるな! アア! アアア!」
アモの瞳から涙がこぼれました。
まさか泣くなんて。ライラは驚いて手を離します。
「どうした?」
騒ぎを聞きつけてロアが廊下に出てきました。
「ロア見て! アモは人間じゃない!」
ライラがそう言いましたが、アモの手はすでに人間のものに戻っていました。
「アンネリーゼの姪っ子が! アモに! アモに…… アアア!」
アモがボロボロと泣きながらロアに訴えます。
ロアは冷たい目でライラを見ました。
「え、わたしが悪いの?」
ライラがそう言いましたが、ロアは何も答えません。
ロアは床で泣き崩れるアモに近寄ると、優しく肩を抱きました。ふたりは冷たい目でライラを見ています。
「わたしは悪くない。アモは人間じゃないんだから、騙されないで」
もう一度、ライラはアモの身体に触れて正体を暴いてやろうと思いました。
「アアア! アモに触れるな!」
アモが泣き叫びます。
ロアはアモをかばって、咄嗟に手が出ました。ドンと突き飛ばされて、ライラが尻もちをつきます。
「痛った……」
「ごめん。でもライラが悪いよ。今日は帰ってくれないか」
ロアはそう言うと、アモを抱えて執務室の扉を開けました。
ふたりが執務室の中に消える瞬間、アモはライラに向かって「あっかんべー」をして笑います。
「あいつ!」
ライラは悔しくて床を叩きました。
それでも怒りはおさまりません。アモの正体を絶対に突きとめてやる。そう誓いました。
そのためには手段は選んでいられません。
そしてライラは、思いきった行動に出ました。
ライラは行政府を出ると、馬を飛ばして憲兵隊の兵舎へ向かったのです。
「ウォッチに会わせて」
ウォッチは憲兵隊長です。ベラムールで最高の調査力を持っています。ライラはウォッチにアモを調べさせるつもりでした。
ズカズカと奥へと進みます。隊長室の扉をノックすると、返事を待たずに開けました。
「ライラ様? なんの騒ぎですか?」
突然の来訪にウォッチが驚きます。
そしてライラも、同じくらい驚きました。ウォッチの机の上には、盗賊カジー、虹眼族ジュリアン、それからブレッドの調書が広げられていました。ウォッチは地道に怪盗団を調べていたのです。しかも、ほとんど真実にたどりつこうとしています。このままでは怪盗団のピンチです。
ライラは咄嗟の状況で一石二鳥のアイデアを閃きました。机の上の書類をまとめて、ゴミ箱に放り込んでしまったのです。
「この仕事は中止。わたしに協力しなさい。わたしの婚約者ロアの執務室に裸の女がいた。名前はアモ。それ以外はいっさい不明。人間じゃないかもしれない。魔法を使うみたいで、ロアは頭が変になってるみたいなの。このアモという女について調べてちょうだい」
ウォッチを利用すれば、敵の調査を足止めしつつ、アモの正体を調べられる。そう考えたのです。
「婚約者の浮気調査ですか? 憲兵隊の仕事ではありませんが、まあいいでしょう。かわりに交換条件があります。ライラ様、あなたは首輪のせいで嘘がつけません。あなたを尋問すれば答えがわかるとしても、そういうやり方はフェアじゃないと、これまで遠慮してきました。どうです? そのアモという女性について、わたしが調べます。報酬として、あなたに質問させてください」
ウォッチはそう言うと、ゴミ箱の中から書類を拾いました。憲兵隊は怪盗団の秘密を探っています。アモの正体を暴くかわりに、怪盗団のことを直接質問させろというのです。
この交換条件は、かなり危険なものかもしれません。
「わかった。約束する」
ライラがそう答えると、首輪が発光します。その手の中に約束のペンダントが現れました。
「これは約束のペンダント。わたしは嘘がつけない。約束も破れない。それを証明するアイテム」
そう言ってウォッチの首にペンダントをかけました。ウォッチがうなずきます。
ライラのやけっぱちの行動が、奇妙な同盟を成立させてしまいました。




