7. 男たちの秘密
ちょうどそのころ、娯楽室の扉がノックされメイドがお茶を運んできました。
ロアは本から顔を上げ、読書用の眼鏡をはずします。カップを持ち上げ香りを楽しむと、軽く口をつけました。
ブレッドは焼き菓子にかじりつくと、喉を鳴らしてお茶を飲み干します。そしてガチャンと音を立ててカップを置きました。ロアは眉をひそめてその様子を見ていましたが、ブレッドはさらにおかしな行動を続けます。その場でしゃがみ込むと床に頭をつけて目を閉じたのです。
腕立て伏せのような姿勢で固まったブレッドの腕は、作業着の中ではちきれんばかりに膨らんでいます。それとは対照的に表情は穏やかです。
ロアが「おいキミ」と呼びかけますが、ブレッドは無視して立ち上がると扉の方へ行き、ドアをわずかに開けて外の様子をうかがいます。それから窓の側へ移動して、やはり外の様子をうかがいます。ブレッドは力強い外見に反してその動きは素早く軽やかで、ロアは猛獣を連想しました。
「帯剣した兵士が六人、この館に入ってきた。外にも四人いる」
ブレッドがそう指摘します。完全に戦士の顔をしていました。
「どうしてそんなことがわかるのですか?」
「音だよ。訓練された兵士の足音は一般人とは違う」
ロアが窓から庭を見ると、帯剣した兵士が四人、キョロキョロしながら歩くのが見えました。
「本当だ。よく気づきましたね。あなた何者ですか?」
「オレか? オレは…… パン屋だよ」
「パン屋?」
「オレのことよりあいつらだ。ここで何してる?」
ブレッドは元騎士でしたが、答えをはぐらかしました。ロアは怪しいと思いましたが追求しませんでした。上流階級ではそれがマナーです。
それに兵士がいる理由には、ロアに心当たりがありました。
「その兵士たちはライラの護衛だと思います。今週から王族の警備レベルを上げるという話を聞いています。本人が来る直前に、不審物や不審者のチェックをしておくんです。罠や待ち伏せを警戒してるんですよ」
ロアの説明は明快で、自信に溢れていました。
たしかに兵士たちの動きはパトロールという雰囲気で、襲撃者ではないようです。
ブレッドは扉から廊下に出ると、兵士を呼び止めて話しかけます。
「ライラの警備か?」
「はい。騒がしくてもうしわけありません。不審者の潜伏を警戒しています」
「この部屋はいいのか?」
「娯楽室にいるのはライラ様のお客様だと聞いています」
説明された通りでした。
ブレッドが関心していると、ロアも娯楽室から廊下にやってきます。
「ずいぶん詳しいな」
「ええ、まあ……」
ロアは答えをはぐらかしました。軍の警備マニュアルに書いてあったとは言えません。「部外秘」と書かれていたのを思い出したからです。
「しかしずいぶん厳重な警備だな。ライラは命でも狙われてるのか?」
ブレッドはふたたび兵士に質問しました。
「王宮で捕えていた東洋人の盗賊が逃げ出しまして、そいつがライラ様を狙う可能性があると」
「え? カジーが逃げたんですか?」
兵士の話を聞いてロアが驚きます。しかも東洋人の盗賊に心当たりがあるようでした。
「カジー?」
「少し前に新聞で読みました」
ロアは目をパタンと閉じると、両手を身体の前で合わせました。その細くて長い指を組んで意識を集中させます。新聞に書かれていた内容を思い出しながら、盗賊カジーについて話はじめました。
「盗賊カジーの最初の犯行として知られているのは昨年の6月3日、季節のわりに寒い雨の日でした。未明にエドワード・ホークリー公爵の館に忍び込むと、東洋の珍しい髪飾りを……」
あまりにもすらすらと淀みなく語りだしたので、おどろいたブレッドは思わず声をあげました。
「おまぇ、いや、あなたは新聞を暗記してるのか?」
「ええ、まあ」
「おまぇ、いや、あなたは、もしかして……」
ローリン・アシュトン宰相の記憶力は有名でした。やれやれ、ボクとしたことが迂闊だったな。バレてしまったか。ロアはそう思いました。
「新聞が好きなのか? 珍しいな」
ブレッドは気づいていないようです。
「ええ、まあ。毎日読んでいますよ」
「いまさらだけど、タメ口でいいか? ええっと新聞好きの貴族さんよ」
「……かまいませんよ。ロアと呼んでください」
「じゃあロア。ライラが帰るまで時間はあるし、その盗賊の話を聞かせてくれよ」
苦笑いするロアの髪型は、珍しく乱れていました。