52. ライラと四人の婚約者
その日の夕方。ここは王宮の片隅にあるトイレです。ボロボロのマントを羽織った女憲兵が、鼻をつまみながらブラシで便器を磨いています。
「バット殿、そろそろ帰りましょう」
フードで顔を隠した人物が声をかけます。
「キャシー? ダメダメえ。ここを掃除しないとノヴァス陛下、じゃなくて最高戦士長閣下に怒られるんだよお」
「コオリスズメバチの騒動は終わりましたよ? たぶん命令も撤回されるはずです」
それを聞いたバットは、ブラシを放り投げました。
「よし。帰ろう」
「はい。帰りましょう」
カジが目を細めてキツネみたいに笑います。
「キャシー、その箱、まだ持ってたのお?」
「ええ、気に入ったのでもらってきました。ちょうど良いサイズだったので」
カジは両手で箱を抱えています。それは盗賊カジーの生首を入れるのに使った箱でした。
二人並んで、堂々と正門から王宮を出ました。
同じころ、エイブリーのパン屋の前に豪華な馬車が止まりました。長い手足でヨロヨロと降りてきた長身の人物はロアでした。秘書官にゆっくり買い物をするから後で迎えに来るよう告げると、ボロボロの身体でドアをノックします。
通信器とカジの声真似を使った逆転の一手はロアの作戦でした。作戦の成功と自分の生還をライラに祝ってもらうつもりでしたが、ひとつ大きなミスがありました。なんと、一番最初に来てしまったようです。ノックに返事がありません。
仕方がないので扉に寄りかかると、ホッとため息をつきました。
次に現れたのはブレッドです。馬を繋いで工房へ戻ると、扉の前にいるロアを見つけました。
無言で拳を差し出します。ゴツンと互いの拳をぶつけ合いました。
「よく無事だったな。死んだと思ったぜ」
「ええ、ボクも一日に2回もウォッチに捕まるとは思いませんでした。まあ、最初のはウォッチのフリをしたカジだったんですが」
ロアを目隠しして尋問していたのは、ウォッチの声真似をしたカジだったのです。カジは勘違いから、ロアの裏切りを疑っていました。潜伏している自分をウォッチに売られると考えて、ロアを尋問してしまったのです。
ひどい誤解でしたが、おかげでロアはカジの声真似の精度を実感します。逆転のアイデアを閃くことができました。自分が持っていた通信器をカジに渡して、ライラと合流するように言ったのです。
ロア本人はあえてそのまま、拘束された状態で本物のウォッチに発見されます。コオリスズメバチが現れたので、通信器を使って外部と連絡をとろうとしたが、そこを盗賊カジーに襲われてしまった。こう証言することで、自分の身に疑いがかかるのを避けたのです。
「完璧な作戦だったぜ」
ブレッドが笑いますが、ロアの表情には暗さがあります。
「いえ。ジュリアンをコオリスズメバチにしたのは失敗でした。まさか駆除されてしまうなんて。ライラはどうでした?」
ジュリアンが死んでしまったとしたら、ライラはショックを受けているはずです。
「もうボロ泣きだったぜ。覚悟しとけよ」
ロアの失策を責めるみたいに、ブレッドが腹を突きます。カジにやられた傷が痛むのか、ロアが顔を歪めました。
「ちょっと! 勝手に殺さないでよ!」
ジュリアンでした。
「ブレッド。いじわる言わないで」
ぐったりしたジュリアンをライラが支えています。
ロアの表情がパッと明るくなりました。
「ジュリアン! どうやって助かったんです!」
「コオリスズメバチになって、しばらくしたら意識は戻ったんだけど、変身が解けなくなっちゃって。そこを虹眼族の友人に助けられたんだ。駆除したフリをしてポケットに隠して連れ出してくれた。リラックスしたらもとに戻れたよ。まだ疲労でガタガタだけどね」
コオリスズメバチを駆除した暗黒卿とはモールのことでした。モールはジュリアンがネコから戻れなくなったのを知っています。状況を察して助けにきてくれたのです。
「それで竜ノ卵は?」
「ここだ」
箱をもったカジが現れました。
「すべて俺様の手柄だな」
キツネみたいな顔で笑います。
「バカ野郎」
「まあまあ、落ちついて」
「中で開けよう」
ブレッドが鍵を開けると、全員でゾロゾロと工房へと入ります。テーブルの上に箱を置いて、蓋を外しました。
箱の中には、人の頭ほどもある大きな卵がぴったりと納まっています。
ライラと四人の婚約者たちは、お互いに抱き合って、肩を叩き、涙を流して、大笑いしました。
ついに竜ノ卵を盗み出したのです。




