51. アリバイ
ノヴァスは嘘をついていました。母アンネリーゼに内緒でブレッドと会っていたのです。その時間にライラは地下神殿から竜ノ卵を盗んでいました。
ライラとノヴァスはアンネリーゼに秘密があり、「ずっと一緒にいた」というアリバイでお互いをかばい合っている関係です。
しかしライラは嘘がつけません。「喋らない」という対処は可能ですが、直接的な質問をされたらおしまいです。
ライラはピアノの演奏を休むとこう言いました。
「アニーにも見せてあげたかった。ノヴァスは本当に大活躍だったんだから」
またすぐ演奏を再開します。ノヴァスが活躍したのは真実です。これでごまかせれば良いのですが。
「ごめんね。大事な話だからピアノはやめて。ちゃんと言葉にして言って。今日一日のこと。ずっとノヴァスと一緒だったの?」
アンネリーゼがそう言いました。彼女はノヴァスが隠し事をしていると確信しています。ライラがはぐらかすような物言いをしたとも感じています。納得できる答えを得るまで追及をやめるつもりはないようです。
絶対絶命です。
ライラはピアノの演奏をやめると、深呼吸しました。アンネリーゼの方は見ずにピアノの方に向いたまま、しかしはっきりとした声で喋りだしました。
「今日はずっとノヴァスと一緒だった。もちろん数分目を離すことはあったけれど、だいたい一緒に行動してた。わたしのところに慰めに来てくれて、気づかってくれて、本当に優しい子だと思う。それから、わたしは自分で馬に乗って、ノヴァスは馬車で王宮に来た。そしたらコオリスズメバチで大騒ぎになっていて、兵士たちはノヴァスを中心にまとまったの。本当に大活躍だったと思う」
不思議なことが起こりました。ライラの発言は嘘にまみれています。
しかしライラに苦しむ様子はありません。首輪はたしかに首に装置されています。
「へえ。でもノヴァスは何か隠してる気がするんだよ」
「わがままを言って、兵士たちを困らせたのを隠したいんだと思う。前線に出てコオリスズメバチと戦うって言って怒られてたから」
アンネリーゼは考えました。ライラは嘘がつけません。ノヴァスがコオリスズメバチと戦うと言って、勇獅子兵士団だとか最高戦士長と言ってはしゃいでいたとの報告を受けています。本当は報告されている以上に危険なことをしていて、それを隠したいのだとすれば、ノヴァスの態度に説明はつくでしょう。
ノヴァスの髪をなで、抱きしめます。
どれだけ親が心配しても、男の子は隠れて危ないことをする。アンネリーゼはそんな息子を憎らしく思いましたが、その感情はノヴァスへの強い愛情から来るものでした。
「ママは隠し事をする子は嫌い。でも無事で良かった。愛してる」
それからライラの方を向いて、こう言いました。
「夕食は? 一緒に食べない?」
ライラは椅子の上で向き直ると、母子の包容を見て微笑みました。
「ごめんなさい。これから人と会う約束があるの。そろそろ帰らなきゃ」
時計で時刻を確認します。その時計は竜ノ卵をデザインした置き時計でした。盗み出した竜ノ卵の隠し場所として用意した物です。
アンネリーゼはうなずいてライラを軽く包容しました。
「問い詰めるようなことをしてごめんなさい。息子を疑いたくなかったの」
「わかってる」
ライラも包容をかえします。
アンネリーゼはノヴァスの手を引いて、音楽室から出ようとしましたが、思い立ったみたいに置き時計の前で立ち止まりました。手を伸ばして卵を触ります。
「よくできてる。本物みたい」
アンネリーゼは手に力を入れて、竜のレリーフから卵を外しました。
ノヴァスが「あ」と驚きます。
「大丈夫。戻せるから。壊してないよ」
アンネリーゼが笑います。
卵は外見こそ本物そっくりでしたが、大理石で作られたもので、後ろから見ると中空になっていました。
卵をもとに戻すと、ライラに別れの挨拶をして部屋から出ていきました。
アンネリーゼの華奢な靴がコツコツと床を叩く音が遠ざかります。
ライラは大きなため息をつきました。
胸のポケットから通信器を取り出します。
「作戦完了」
カジの声がしました。
ライラは嘘をついてはいませんでした。通信器とカジの声真似を使ったトリックだったのです。




