6. 憲兵隊長ウォッチ
「窓からコマドリが入ってきて、部屋の中を飛び回ったので」
ジュリアンのことを知られるわけにはいきません。嘘がつけないライラにとっては、慎重な言葉選びが必要になります。
「コマドリ?」
ウォッチが疑いの眼差しをライラへ向けます。その視線が恐ろしくて、ライラは目を背けました。
もうジュリアンは逃げてくれただろうか。先ほどまで彼のいた場所を横目で確認します。
すると椅子の上には、小さなネズミがいるではありませんか。
ネズミは慌てて物陰に隠れます。どうやらジュリアンが変身に失敗したようです。
「それで、どこへ行きました?」
「どうして? 気になりますか?」
「些細なことでも、自分の目で確認するのが性分なのですよ」
ウォッチに追及され、ライラは困りました。もしも首輪がなければ「コマドリは窓から出ていった」と言えたでしょう。この首輪は嘘をつこうとすると息を吐くことができなくなり、同時に息を吸うこともできなくなります。嘘をつくことを少し想像しただけなのに、もう息苦しさを感じています。
「そこの棚の影に隠れました」
こう言うのが精一杯でした。
「棚の影に?」
「ええ、こう、チョロチョロっと走って」
「チョロチョロっと?」
ウォッチが怪訝そうな顔をします。コマドリはチョロチョロっと走る生き物ではありません。完全な失言でした。
不審に感じたウォッチが、棚の方へと歩き出しました。自分で確認するつもりのようです。「カッコッカッコッ」という独特な足音が部屋に響きます。その瞳はいっそう鋭さを増しています。
ライラは焦りました。ジュリアンに逃げ場はありません。ネズミのまま飛び出して殺されるか、人間に戻って捕まるか、どちらにせよ絶体絶命です。
「待ってください」
ライラが呼び止めます。
ウォッチはピタリと歩くのをやめ、ライラの方を向きました。
「さっきまでそこにコマドリがいたんです。扉が開いたので目を離したら、コマドリのかわりにネズミがいて、驚いて言葉足らずの説明になってしまいました。できたら、ネズミは殺さないでください。血を見たくありません」
その言葉は真実でした。ネズミを殺さないで欲しい、その気もちに一点の曇りもありませんでした。
「ネズミは伝染病を媒介します。殺したほうがいいと思いますが、まあいいでしょう。練習を続けてください。予定の時刻には、まだ三十分ほどあります」
ウォッチは懐中時計を確認しながら、無機質な声でそう言いました。
説得に成功してライラは安堵しました。それでも練習を再開する気にはなれませんでした。
「今日はもう帰ろうと思います」
しかしウォッチはそれを許しませんでした。
「スケジュール通り練習を続けてください。警備上の問題が発生します」
ライラは「またか」と思いました。ウォッチはよく「警備のため」と言ってライラの行動を制限します。こうやってライラの側にいるのも警備のためでした。
「納得できないという顔ですね」
「はい」
「あなたは嘘がつけない。あなたから情報が漏れる危険がある。あまり内情を話したくないのです」
正論を並べたウォッチでしたが、ライラの顔を見て「やれやれ」とつぶやきます。ウォッチはほとんど表情を動かしませんが、他人の表情を読みとるのは得意でした。
「ライラ、あなたは命を狙われています。自分の身を危険に晒してでも理由を聞きたいですか?」