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4. ライラの首輪

「ライラ様は留守にしております。約束の時間には戻りますので、こちらでお待ちください」


 執事はブレッドを娯楽室へと案内しました。

 娯楽室には大きな本棚があり、壁には動植物の標本がかけられ、いくつかのテーブルゲームや室内競技の道具、珍しい舶来品が置かれています。この部屋はコレクションルームであり、それを来客に見せ、もてなすための部屋でした。

 娯楽室の品々は、ブレッドにとって珍しい物ばかりでした。しかしもっとも彼の目を引いたのは、部屋の片隅で読書をするひとりの青年、ロアでした。妙にめかしこんだ、いけすかない、気取った男です。何者だろう。年齢からしてライラの兄だろうか。そんなことを考えました。

 ローリン宰相といえば有名人ですが、仕事中とはイメージの違う髪型と服装だったので、ブレッドには誰だかわからなかったのです。

 ブレッドは一直線にロアの近くまで行くと、手近な椅子に腰かけて先客を眺めました。


「おまえ何者だ?」「どこの出身だ?」「部隊はどこだ?」


 いつもならそう話しかけるところですが、相手はどうやら貴族です。もっと上品な言葉づかいが必要です。ブレッドは「めんどくせえなあ」と頭を捻りますが、どうにも適切な言葉が出てきません。


「オレはすぐトラブルを起こすんだ。気をつけろ。ライラのメンツを潰したらヤバい」


 そう自分に言い聞かせると、話しかけるのを諦めました。

 それはロアも同じでした。いきなり屈強な男が現れたことでロアは内心恐れていましたが、その感情を悟られぬように読書を続けながら、どうコミュニケーションをとるべきか考えていました。

 これまで本で読んだ「貴族が初対面の労働者にかけるセリフ」はどれも尊大に感じて、この男を怒らせるような気がしました。


「言動には気をつけろ。今日は絶対に失敗できないんだ」


 ロアは自分に言い聞かせます。もっとも無難な行動を考えた結果、読書に集中しているふりをしました。

 そして正反対なふたりはまったく同じことを考えました。


「ライラ、早く来てくれ」


 そのころライラは、王宮の音楽室でピアノの練習に没頭していました。宮廷音楽家からひと通りの指導を受け、わたされた宿題の譜面を前に、ひとり自習に励んでいます。

 ピカピカに磨かれたグランドピアノと豪華なドレス、金と暇をもてあました貴族の娯楽に見えますが、呑気に遊んでいるわけではありません。これは彼女なりに考えての行動でした。ライラはこのあと婚約者たちとの会議を控えています。彼女の運命を左右する重要な話をしなければなりません。そのためには「四人の婚約者がいる」という告白をしなければならないのです。

 四人はどんな顔をするだろう。ロアは冷静に聞いてくれる気がするけれど、彼との婚約をすすめたアニー叔母さんの顔を潰してしまう。それはつまり国母アンネリーゼの命令に背くことになるのだ。ブレッドは怒るだろうな。せっかく心を開いてくれたのに。ジュリアンは悲しむと思う。泣いてしまうかもしれない。それからカジは、まったく想像できない。

 悪い考えばかり思い浮かんで、不安で胸がいっぱいになります。鍵盤を叩くことに集中して、弦の響きに耳を傾けることで、気もちを落ちつかせようとしているのです。


 ピアノに向かうライラの首には、繊細な細工のほどこされた金色の首輪がかかっていました。この首輪は「嘘がつけなくなる魔法の首輪」です。国母アンネリーゼにつけられたもので、自分では外すことができません。この首輪のせいで、ライラの人生は迷走をはじめたのです。

 たとえばライラは、宮廷音楽家の演奏するピアノを聴いて「わたしも弾けるようになりたい」と思いました。アンネリーゼに感想を聞かれたら「弾けるようになりたい」と言うしかありません。「レッスンの手配をしようか?」と言われれば、やはり「弾けるようになりたい」と言うしかありません。ライラは嘘がつけないのです。

 そして実際にピアノを弾いてみると、思わぬメリットに気がつきます。ピアノを弾いている時間は首輪に邪魔されない、平和だったのです。

 これまでまったく興味がなかったのに、今ではピアノの練習は大事な日課になっています。「嘘がつけない」という首輪による制約は、ライラの人生を予想もしなかった方向へと導いていったのです。

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