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3. 二人目の婚約者ブレッド

 それから2時間後、ふたり目の婚約者がやってきました。作業服を着た筋肉質な青年が、家の外観を見上げて「マジかよ」と呟きます。彼が想像していたより数倍立派な館だったからです。彼はライラのことを田舎貴族の娘だとばかり思っていました。

 小脇に抱えた包みの中には、焼き立てのパン・ド・セーグル。ライ麦がたっぷり使われたパンで、苦手な人も多いけれど、ライラの好物です。少し時間に余裕をもって焼いたところ、せっかくなら焼き立てを食べさせたいという気になって、約束より早く到着してしまったようです。

 彼の名前はエイブリー・B・スローン。エイブリーという中性的な名前が似合わないので、仲間からはパン屋の「ブレッド」と呼ばれていました。


 ブレッドは珍しく悩んでいました。

 館の壁は純白で、赤い屋根にシンプルな煙突、角部屋には大きな出窓があります。女児向けの絵物語に出てくるお姫様の館そのものです。

 ライラからは「話がある」としか言われていませんが、もしかしたら上流階級のパーティーに招待されたのかもしれません。

 自分の服装はといえば、厚手のボタンシャツにデニムといういつもの作業着で、エプロンを外してジャケットを羽織っただけ。叩くとパラパラと小麦粉が舞い散ります。


「シンデレラがパーティにいたら、みんなの笑いものですものね」


 意地悪な姉のセリフを思い出します。ブレッドは小麦粉まみれの作業着オジサンです。灰かぶりのシンデレラより笑いがとれるでしょう。

 自分が恥をかくだけなら構いませんが、社交界の知人に婚約者を紹介するとか、そういう目的で呼ばれたのだとしたら、ライラのメンツを潰すことになるかもしれません。

 ブレッドはこれまで何度も「おまえは俺様のメンツを潰した」と言われて、リンチされそうになったことがありました。そのたびに撃退してきましたが、他人のメンツを潰すのは良くないと身に沁みているのです。


「いや、大事なのは外見じゃねえ、中身だ」


 服装を抜きにしても、自分の外見は第一印象が悪いという自覚があります。ライラからも「いつも怒ってる」「何を考えてるかわからない」「目に感情が感じられなくて怖い」と言われたことがありました。もちろんライラとは、そういう話ができるだけの信頼関係が築けているのですが、何も言わずに離れていく人は内心でそう思っていたのでしょう。

 ライラはブレッドの外見ではなく、中身を評価してくれました。そう、大事なのは中身です。

 この館だってそうです。まるで絵物語のお城みたいですが、その外見だけで勝手な想像をするのは良くないでしょう。ここはライラの家なのです。

 決意して扉を叩きます。執事が扉を開けました。


「どちら様でしょう?」

「エイブリー。エイブリー・スローンです」


 執事は首をかしげます。今日の客人にエイブリーという名前はありません。それにこの男、かなり人相が悪いです。厚手の作業着の上からでも、鍛えられた筋肉の形がわかります。絶対に一般人ではありまん。

 ブレッドは「やっぱりこの服じゃダメか?」と思っていましたが、執事の苦悩はもっと深刻でした。

 そのとき、ブレッドの抱えた包みからライ麦の独特の香りが漂います。そして執事は、主人から伝えられた客人のリストに「パン屋のブレッド」という名前があったのを思い出しました。


「もしやブレッド様ですか?」

「はい。見ての通りパン屋です」


 執事はどう見ても兵士か悪党だと思いましたが、客人に失礼がないよう笑顔で迎え入れます。


「中へお入りください」


 なんとか追い出されずにすみました。

 ですが、屋内の豪華な様子はブレッドをさらに戸惑わせます。作業靴でドカドカと歩いたらいけないような気がしました。

 脱帽するかわりに頭に巻いていたバンダナを外すと、鏡面のように磨かれた床の上にパラパラと粉が落ちました。それをすぐにメイドが掃き清めます。


「あの、ライラって何者なんすか?」

「ライラ様はノヴァス・レガリス新王陛下の従兄弟にあたるお方です」

「ってことはお姫様ですか?」

「そうなりますね」

「……マジかよ」


 なんと、ライラはお姫様でした。

 つまりここは外見も中身も、正真正銘のお姫様の館なのです。


「まさかな。マジでダンスパーティーとか言わないでくれよ」


 ブレッドは心の中でつぶやきました。

 しかしダンスパーティーだったらどんなに良かったでしょう。ライラはブレッドが想像しているより、もっと恐ろしいメンバーを集めています。これから最悪の修羅場が待ち受けているのです。

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