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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
97/365

第097話

 シャトルを打っている気がしない。思い浮かんだ杉田自身、意味が分からずに構える。

 それでも、何も分からない状態よりは進んでいるはずだった。


(打ってる気がしない、か。じゃあどうすれば打ってる気になるんだ?)


 何か単純で、それだけに難しいような謎かけをされている気分のまま杉田は次のシャトルを迎え撃つ。島田の位置を見ると、サーブを打った場所から動いていなかった。スペースに打たれても十分取れると思っているのか、他に理由があるのか。


(しゃらくさい!)


 だが他の理由、を考える前に腕が触れていた。迷いはシャトルにも影響すると分かっていても感情のコントロールは中々上手くはいかない。それでも、強引に頭の中を真っ白にしてラケットが届かないだろうスペースへとスマッシュを叩き込む。上手く軌道に乗ったシャトルはシングルスラインぎりぎりに落ちるよう突き進んだ。


(ちっ!?)


 しかし、シャトルの前にラケットが立ちはだかる。

 するりと入ったラケットはそのまま振られ、シャトルを対角線上に叩き返す。杉田はストレートに力を込めて打った。それだけに体勢は打った状態からほとんど動けていない。結果、打ち返されたシャトルへのカバーが遅れてしまう。


「なろぉおお!」


 強引に身体をシャトルへと向かわせる。しかし、鋭く低空飛行してきたシャトルに触れるのがやっとで、フレームに弾かれたシャトルは真上に舞っていた。

 更なるポイント。またしても届かない。


(……ほんと、なんだろうなあれ)


 落ちたシャトルを拾い、羽根をほぐしながら考える。動きが劣っているわけではない。むしろ島田は杉田よりも緩慢な動きでシャトルを追っている。それでも、十分追いついて、力あるショットを打ってきた。杉田の決め球は取られ、杉田の球は返せない。


(くそ。まるで、打たされてるみたいだよな……って)


 ため息一つ。考えも、一つ。

 ふと浮かんだ考えを否定できず、まずはシャトルを返す。


(そうか。打たされてる、か。そりゃ確かに打った気はしないよな)


 打った気になること。それは即ち、自分で考えた場所へとシャトルを打つこと。

 しかし先ほども、最初からも杉田は自分の思考で打つコースを決めてきたはずだった。それでも自分の意思で打てているとは思えない。


(そう、か)


 得点は四点取られている。杉田はまだ一ポイントもない。まだ序盤戦だが、すでに形勢は島田へと傾き始めている。ここで止めなければずるずると点を取られ、勝機がなくなるだろう。


(竹内達みたいにな)


 後輩達の結果を参考にする。

 総崩れする前に原因に気づけたことは悪くはない。しかし、攻略の手が見つかったということもない。杉田に考えられることは一つだけ。

 自分の引き出しにある数少ない引き出しから、次の手を持ち出す。


「ストップ!」


 サーブに合わせて気合を入れる。ここから先は思い通りにはいかせない、という気迫を込めて。

 島田も何かを感じ取ったのか、いつもならば流れるように行っていたサーブを、少しだけ止める。それでも長考することもなくロングサーブを打ち上げていた。


(俺の予想が正しければ)


 やはり何の変哲もない、ただ打ち上げただけのサーブ。

 この次にどうしようかという意志が感じられず、ただ次の打ち手の思うがままに打てるだろうシャトル。

 そこに、原因があるのなら。


「はっ!」


 力を込めてスマッシュを放つ。先ほどと違うのは力を八割ほどに抑えていること。そして狙うのは、島田の防御範囲から外れている場所、ではなく島田の真正面へ。

 島田はバックハンドでヘアピンとして跳ね返す。だが、前に詰めていた杉田はラケットを伸ばし、ヘアピン返しでシャトルを沈ませる。

 それを予測していたのか、流れるように島田は前に出てロブを上げる。

 飛ぶように後ろへと向かい、また落下点に入る杉田。

 今度はハイクリアで右奥へと飛ばし、コート中央に腰を落としていた。


(さあ、どう来る? 多分、普通にクリアだろうけどな)


 杉田がそう考えた瞬間、シャトルは真っ直ぐにコート後ろへと飛んでいた。確かに杉田の予想通り。そして、今までの違和感の正体にも確信が持てる。


「しゃ!」


 シャトルに追いついて、ドロップで前に落とす。島田は追いついて更にロブを上げてきたが、杉田にはシャトルカバーに遅れる島田の姿が見えていた。微かだが、打ち合っている自分だからこそ気づく程度の遅さ。


(完全に掌の上だったってことだ、俺が)


 バックハンド側に打たれたロブ。そのままクリアを打てるほどの実力はないため、普段ならば回りこんで打つだろう。

 だからこそ、杉田は見様見真似でバックハンドドロップを試してみた。狙うのは逆サイドの前側。普段と違うことをしていく必要があったからだ。

 相手に完全に背中を向け、体の捻りから伝わる力を肩、腕、そして手首と伝達させる。インパクトの瞬間、ラケットヘッドを逆サイドへと向けて手首を軸にラケットを振っていた。

 結果的に鋭いクロスドロップとなり、シャトルはネットぎりぎりを通って島田のコートへと落ちていく。島田は手を伸ばすも、ラケットはシャトルを捉えることなく空を切る。すり抜けていくシャトルをただ見ているしかなかった。


「サービスオーバー。ラブフォー(0対4)」


 今までは島田が言ってきた得点のコール。それを引き継いで杉田が呟く。

 明確なまでの、攻守交替の意志。

 自分のサーブ位置に戻って、島田へと宣言する。


「ここからっすよ、島田先輩」

「さすがに気づいたか」


 島田は苦笑いしつつ、シャトルを拾う。羽根をゆっくりと整えながら杉田の言葉を待った。


「俺の打つコースを全て予測してたってことでしょ。シャトルが甘かったのも俺が考えて打つようにしむけていたから。そうすりゃ、そっちで隙を作れば迷わず俺は打ち込む。そこを狙ってカウンターすれば」

「その通り」


 シャトルを返して、島田はレシーバーが立つ位置へと戻る。自分の策を見破られたショックは表情に表れていない。けして小さくはないはずだと杉田は考えるが、島田を見てはその考えもあやふやになる。


(ここで負けるな。俺の考えは合ってる。攻めは変わらない)


 島田が整えた羽根を、杉田も同じように触れて気持ちを落ち着かせた。

 自分の打つ癖を研究している。

 それが杉田が至った、島田の戦法の答え。

 阿部のように相手の裏をかくのではない。相手のプレイスタイルを研究し、どの状況でどのように打つかを考えた上で試合に臨む。

 他人からは自分がよく見える。当人でさえ気づかない癖も見つかり易い。だからこそビデオで試合を撮って、後で復習するなども有効なのだから。

 そして、相手の思考を覗くことはできないが、打つパターンからどのように試合を組み立てるかを知ることで、打ち手の思考を読み取ることが出来る。島田はその能力に特化していたということだろう。それでどうして地味だったのか杉田には知る由もない。


「一本!」


 島田の策に完全な対抗策は、杉田にはない。自分のプレイスタイルを変えるしかないだろうが、付け焼刃は逆に流れを崩しかねない。

 ならば、手は一つ。


(相手の身体に打ち込む。どこ打っても取られるなら取られにくい場所に打ち続けるだけだ)


 サーブリターンはハイクリアだろうと当たりをつけて、杉田は後ろに重心を移す。態勢を崩してスマッシュ。

 それが動きを読まれている杉田に必要な攻め。確かに島田は相手の配球の癖を見取ることは上手いかもしれない。しかし、さしてショットの技術やパワーがあるタイプではない。ならば、反応できても取れないショットを連発すればいい。

 そう思い、スマッシュから道を切り開こうとしていたからこそ、ドロップを打たれては反応し切れなかった。


(なっ!?)


 慌てて重心を前に移し、シャトルを追う。ラケットを届かせたまでは良かったが、不用意にシャトルを浮かせてしまったことで島田のプッシュが杉田のコートに突き刺さる。


「サービスオーバー。フォーラブ(4対0)」


 一瞬で奪い返されたサーブ権に杉田は初め、何も考えられなかった。後から来るのはサーブ権を失った事実と自分への不甲斐なさから来る悔しさ。胸の奥から滲み出してくるそれを押し留め、杉田は立ち上がるとシャトルを取りに向かう。その背中に、島田からの言葉が突き刺さった。


「杉田は俺より上手いけど、俺は杉田に勝てるよ」

(……ぐ)


 奥歯を思いきり噛みこんで、息を吐く。平常心を乱されないように、数度深呼吸を繰り返してからシャトルを拾って振り向きざまに軽く打った。シャトルは真っ直ぐに島田の元へと向かい、ちょうど良く手に収まった。


「俺多分、そういうの出来ないしな。でも、勝てる」

「……ならそれも実力ってことじゃないですか?」

「そうかもな」


 島田は笑って去っていく。そこには余裕さえ感じられた。自分が見破った策は全く島田にダメージを与えていない。


(俺に足りないもの、か)


 どうすれば勝てるのか。武や吉田、橋本は考えているという。杉田自身も考えていると思っている。

 それでもどれだけ考えているのかと問われると、杉田には答えられない。


(スマッシュをいないところに打つ。それを繰り返せば相手もバランス崩れるだろうに)


 考えている間にもサーブは放たれる。ショートで落とされたシャトルをロブで上げる。狙うのはストレート。少しだけ鋭いドリブンクリア。島田は大股でシャトルを追いかけていき、身体を捻ってフォアハンドで捕まえる。

 クロスで杉田の左前へと落ちていくシャトルをバックハンドでストレートに上げてみると、既にその地点には島田が追いついていた。


(なん――)


 スマッシュ一閃。杉田が中央に戻る前に、がら空きの右側にシャトルが叩き込まれていた。


「ポイント。ファイブラブ(5対0)」


 自分に欠けているのは何なのか。杉田は混乱しかけている頭をそれでも落ち着かせようと、何度も深呼吸をする。シャトルを取り、返し、場に構える。導き出すのは勝利への道筋。相手を一歩でも出し抜けば一点が取れるはず。

 それでも、まるで先回りされたかのように打つ場所に島田がいる。

 杉田の動きを読んでいるというのは分かったが、どうすれば防げるのか分からない。最初に考えついたことは実践さえ出来ない。


(くっそ。どうすれば)


 考えがまとまらないままシャトルを打つ。逃げるためのハイクリア。攻めていればカウンターを取られるなら、拾って拾って拾い続ければチャンスがあるかもしれない。そう考えた杉田だったが、すぐさま否定されることになる。

 打ち込まれるスマッシュに追いつきロブを上げる。島田がクロスに打ってきたならば、今空いているのは真正面。ストレートにヘアピンを打てば間違いなく取られないはず。

 しかし、実際には島田の姿が見えている。動かした手は止められずにシャトルを跳ね上げてしまうと、スマッシュを落とされてしまう。


(駄目だ……どうすればいいのか分からねぇ)


 何の手立てもないまま点を取られていく。

 考えようにも打とうとする先にいる島田によって、杉田は思考の幅が狭められていった。島田が視界に入ることで別の場所に打つと、そこに横からラケットが伸びてくる。

 緩慢な動きのはずが一瞬でシャトルを叩き落される。緩急をつけているのだろうと予想しても、今の杉田には自分の考えが正しいのかさえ分からなくなっている。

 そのまま挽回することもなく時は過ぎ去っていた。



 * * *



「ポイント。フィフティーンワン(15対1)。マッチウォンバイ、俺」


 島田が自分で勝利を呟く。杉田はラケットを下ろし、終戦を自分に納得させるように息を深く吐いた。


「ありがとうございました」


 ネット前に来て手を差し出す島田。呆然とその手を見ながら、杉田はおぼつかない足取りでネット前に行き、握手を交わす。その力は弱く、今にも手を離してしまいそうなほど。


「なんで島田先輩はそんなに強いんですか」

「言っただろ。お前のほうが技量はあるって。でも俺は勝てる。考えたら分かるさ」


 そこまで言うと、島田は杉田から離れていった。その背中を見ながら、杉田はただ口元を引き締めて悔しさに耐えるのみだった。




 第一シングルス。島田の勝利。

 一、二年対三年。1-2で三年リード。

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