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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
95/365

第095話

 橋本達の勝利の裏で掌に汗が滲ませていたのは竹内と田野だった。

 全力で上の学年に挑み、勝利した後での一戦。相手のダブルスは団体戦こそ吉田と武に座を譲ったとはいえ、個人戦で八強には入れる実力を持っているのだ。

 今度は自分達が上に挑む。

 無様なところは見せられないと、竹内は心臓の高鳴りを抑えきれない。


「竹内?」


 竹内の様子がおかしいことに気づいたのか、田野が声をかけた。


「なんでもない」


 竹内はそう答えて首を振る。同年代に弱みを見せることを拒んだからだった。特に田野と竹内は小学校時代に何度か対戦している。竹内の中ではまだパートナーというよりも競い合う相手という認識が強かった。


(特にこいつには弱みは見せられない。プライドが許さん)


 自分の頬を張って無理矢理叫んで、コートへと向かう。急にそんな行動をした竹内に困惑しながらも田野は後へついて行った。コートには対戦相手の三年、前花と佐々木がいる。どちらも長身であり、竹内から見れば十センチも差があった。それでいて、前衛によく入る佐々木は竹内と同程度の速度を持っている。


「容赦はしないぞ」

「よろしくお願いしまっす!」


 不必要なほど高く大きい声。隣にいた田野も驚くほど。三年の二人は言わずもがなだ。


「おい、緊張してるのか?」

「いやー。まさか! 武者震いが起こるくらいですよ」


 手早く握手を済ませてじゃんけんを済ませる。サーブ権を手に入れて下がる竹内に、田野はまた声をかけた。


「なあ、竹内」

「うっし。田野。一本だ」


 目を逸らしたままで言う竹内に、何かを言いかけて、静かに頷く田野。胸中を表すように表情は微かに歪んでいた。


「フィフティーンポイントワンゲームマッチ、ラブオールプレイ!」


 率先して場を仕切る竹内。特に三年も文句は言わず、成り行きに任せる。逆に田野の表情はその歪みを強くしていく。


「一本!」


 シャトルが飛ぶ音。ショートではなくロングサーブを繰り出した竹内から、田野への合図は何も無かった。打った瞬間に竹内は自分の陣地へと下がったが、田野の行動は一瞬遅れる。

 その遅れで三年には十分隙となっていた。


「はっ!」


 サーブを受けた前花が長身を生かしてシャトルにラケットを当てる。ドロップ気味に落ちたシャトルは勢いはなくともコートにコルクを触れさせていた。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」

「ちっ」


 最初の段階でミスってしまい、竹内は自分の足をラケットで打ちつける。シャトルを取れなかったのは田野だが、ミスを誘発したのは自分のサーブであることくらいには、竹内の頭は冷えていた。

 それも、もう少しすれば沸騰して周りが見えなくなる危うさを含んでいたが。


「わりぃ」

「どんまい」


 自分の不甲斐なさが情けなく、田野から眼を逸らして竹内は謝る。その後の田野の言葉は右から左に抜けていった。シャトルを返して構える竹内。その後ろで少し寂しそうに顔を暗くする田野。前花と佐々木はその二人を見ながらも、すでに試合に集中していた。


「一本!」

「おう!」


 セオリー通り、ショートサーブを打ち前に飛び出す前花。竹内はヘアピンを打とうとラケットを出し、そのまま上にふわりと浮かせるビジョンが頭を過ぎった。


(よし!)


 思い切って試してみる。裏をかけば十分先ほどのミスプレイの帳消しになるだろうと。

 シャトルには十分追いついている。手首のスナップを利かせて、竹内は右足を踏み込んでラケットを跳ね上げていた。


「はっ!」

「え!?」


 ふわりと浮き上がったシャトルは、前花の頭上で叩き落されていた。竹内を通り過ぎ、田野の目の前に硬質的な音と共に跳ねる。タイミングよく叩かれたことで威力は十分。全く田野には触れられなかった。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」


 呆然としていた田野が佐々木のカウントによって我を取り戻し、シャトルを拾って返す。前花は空中で器用にラケットを使って取ると、そのまま場所を移動して田野へとサーブ姿勢を取る。

 合わせて構えようとした田野だったが、竹内が構えずに前花達を睨みつけているのに気づいた。


「竹内。構えなよ」


 田野が口を開くが、その言葉が届いていない。竹内からは歯軋りの音が微かに聞こえてきた。


「竹内」

「わり」

 

 それでも試合は再開される。ぶすっとした声音で自分の構える位置に戻る竹内。不機嫌な気持ちをあからさまに示していく。

 実際、竹内はいらだっていた。まだ序盤だというのに上手くいかないことに怒りが沸いてくる。自分でも何故ここまで沸騰しているのか理解していない。


(畜生畜生。なんなんだよ)


 前花のショートサーブを、田野は大きくロブで返した。待ち構えるのは佐々木。十分なスマッシュ体勢から放たれたスマッシュは矢のように田野へと強襲する。バックハンドで弾き返しても、弱々しく上がったシャトルは前花がジャンプで追いつき、前へと落とす。

 そこに竹内が横から飛び込んできていた。今までの失態を回復するために、と闘志を燃やしてラケットを突き出す。ドロップ気味に落ちているシャトルならば、下から少しだけ跳ね上げれば楽にネットは越せ、そのままヘアピンとなる。前衛の前花は飛び上がって着地する直前で、即座にヘアピンには反応できないはず。


「っらよ!」


 だからこそ、ヘアピンがプッシュで叩かれたことに竹内は驚いていた。シャトルは竹内の右足の甲に当たり、右へと飛んでいった。狙われたわけではないだろうが、強烈なプッシュを足に喰らったことのダメージは少なくない。シャトルを取ろうと足を踏み出したところで、軽く痛みが走る。


(なんかもう、いいところまるでないな)


 先ほどまであった怒りは今の衝撃で抜けてしまったらしく、闘志はため息の数が増すごとに消えていく。結果、シャトルを取りに行くまでには眼がふやけていた。


(なんかもうどうでもいい。さっさと終わらせてもらおう)


 シャトルを拾って返し、わざとらしく息を吐く。

 その瞬間、背中をラケットで叩かれていた。


「……っ」


 さほど強くは無かったが、完全に意識の外からの攻撃だっただけに、身体の痛みと驚きによって竹内は混乱してしまう。


「な、なにする!?」


 慌ててしゃべる声も言葉にならない。ラケットを向けている相手、田野に掴みかかろうとした時、そのラケットが前に突き出された。


「あ痛!?」


 ちょうど顔にフレームが当たり、勢いで竹内はのけぞった。これには田野もやりすぎたと思ったのか、大丈夫か? と聞きながら竹内に近寄る。それでも竹内は湧き上がる怒りに任せて怒鳴った。


「どういうつもりだよ! なんか恨みあるのか!」

「あるから叩いたんだろうが」


 あまりにあっさりと田野に言い返され、竹内は「え、あ」と口ごもる。そんな竹内にきびすを返し、田野は自分の位置で身構えた。


「いい加減、バドやってくれよ。俺はバドミントンしたいんだから。ていうか、ダブルスがしたいんだから」


 静かな田野の口調にあるのは、竹内よりもなお強く深い怒りの感情だった。

 田野の視線から竹内は目をそらす。強い力に耐え切れず、そのまま前花達を向いて構えた。それ以上何かをすることもなく、田野は引き下がる。明らかな不協和音。誰の目にも明らかだが、試合が止まることはない。


「一本」


 サーブを打たれて、竹内は前に詰めるもネットに引っ掛ける。瞬時にポイントは3対0。ラケットですくって返し、また戻る。汗はかかない。単調な時間を繰り返していく身体は疲れを訴えない。


(試合をしたいって? なんだよ。俺だって真面目にやろうとしてるさ)


 それでも身体が思うように動かない。思い描いている通りに。歯がゆく、恥ずかしい。


(一生懸命やってるのにさ。自分だけ被害者か?)


 田野の顔が視界の端に映る。また視線を感じるかと思えば、すでに竹内を見ていないようだった。ただ前に立つ前花と佐々木を見ている。

 次は田野へのサーブ。所定の位置で構えながら田野の背中を見ていた竹内は、シャトルの音がしたことでようやく試合が再開したことに気づく始末。完全に集中力が切れている。そう自覚しても、危機感が襲ってこない。


(やっべ……本気でもうやる気ない)


 自分の前に来たシャトルをただ打ち返す。クリアならばクリアで打ち返す。スマッシュならばただロブで上げる。何も考えないリターンは相手の攻めのパターンを増やし、次々とシャトルが突き刺さる。

 ぼんやりと霞む視界の中で、しかしはっきりと動いている影があった。


「田野……」


 鋭く落とされたドロップも、力を込めて叩き込まれたスマッシュも。

 けして上手いとは言えないが田野はリターンを続けていた。その直後に逆方向を攻められて、竹内が取れずに得点が入る。

 それでも必死にシャトルへと喰らいつき、抵抗していく。

 その光景を見ていて、徐々に竹内の瞳に光が戻っていった。


(なんか、俺)


 田野のリターンに対して、がら空きのスペースへとドロップが放たれる。コートの右サイド中央に漫然と立ったままの、竹内の前。シャトルがネットを越えようとした時、竹内は吼えていた。


「うわぁああ!」


 完全に弛緩していた肉体に力を込めて前に踏み出す。足や身体は悲鳴をあげ、それでも竹内の意志に従ってシャトルを叩こうとした。右足の踏み込みとラケットの振りは同時。

 しかしタイミングは微かに遅く、シャトルはネットに当たって跳ね返る。


「ポイント。テンラブ(10対0)」

「ストップ!」


 積み上げられていた点数が重く肩に圧し掛かる。

 圧力に負けないためか、自分の足にラケットを叩きつけて竹内は吼える。ただの怒気ではない。闘志の空回りでもない。

 そのことを肌で感じたのか、田野が続いて「ストップだ」と呼応する。

 竹内の目に淀みが無いことを見取ったのか、田野はラケットで軽く背中を叩く。先ほどと全く違う柔らかなタッチ。竹内は一瞬だけ視線を合わせ、また前に戻した。まだ相手のファーストサーブ。このまま行けばラブゲームで意味なく負けてしまう。


(このままで終われるか!)


 点を取られた責任などどうでもいい。ただ、今は一点でも取る。謝罪はその後だと、竹内の意識は一つにまとまっていく。

 放たれたショートサーブをヘアピンで沈めると、今度はロブで上がっていく。後ろにいるのは田野。


「やぁああ!」


 叫びながら放ったのはドロップ。しかも、ジャンプするタイミングまでもずらし、最高点ではなく落下している最中に放ったものだ。二重の意味でフェイントをかけられて、前花は右端に向かうシャトルを膝をつきながら取る。

 そこで、前にいた竹内がプッシュを叩き込んだ。


「……セカンドサーバー。テンラブ(10対0)」


 佐々木が驚きを隠せずに、言葉を震わせながら呟いた。逆に竹内と田野は向かい合って手を上げあう。どちらからともなく笑うと、思い切り掌を叩きつけあった。


「こっから逆転だ!」

「やってやるか」


 熱さを出す竹内と、あくまでクールであろうとする田野。しかしその内から漏れ出してくるものに竹内は反応する。


(へっ。後で思い切り謝るからさ。今は、頑張ろう)


 心の中で田野へと謝罪し、次に向かい合う。佐々木のサーブ。田野のレシーブだったが、竹内はそこで目を疑った。

 佐々木のショートサーブは勢いはなく、置きに行くようなもの。つまり、攻める気が希薄なサーブだった。上手いプレイヤーならばサーブから厳しくするもの。冷静になってみれば、佐々木はショートサーブを浮かせずに打つので手一杯だった。

 だからこそ、田野のプッシュが成功したのかもしれない。


「なっ!?」


 プレイする者達。そして観客となっている他の部員達が一斉に驚く。

 シャトルへと飛び込む方向。その全く別方向に打ち返されていた。

 ラケットの向きは確かにシャトルが向かってくる方向にあった。しかし、インパクトの直前にラケットの面を傾け、ラケットの軌道を変化させていたのだ。結果、シャトルは二人のカバーリング範囲外にピンポイントで落ちた。


「サービスオーバー。ラブテン(0対10)」

『おおお!』


 武達から感嘆のどよめきと拍手が送られる。最も驚いていたのは竹内だろう。田野のコースが全く読めなかった。もし返されていたら次に出遅れたのは間違いなく自分だったと理解できる。

 あれを実際の試合中でやられたならば、現在市内で上位のプレイヤーも取れないかもしれない。


「サービスオーバー」

「あ、ああ。いや、田野凄いな」


 正直に今の気持ちを表す竹内に、田野は微笑んで答える。


「フェイントばっかり練習してたから。スピードによってはできるんだ」


 バドミントンは技とスピードを武器とするスポーツだ。いかに体感速度を高め、その中で変わらぬ精度のまま技を出せるか。

 誰もが出来ることを、最速の世界でも出来るか。それだけがバドミントンの強さ。その点でいえば田野や竹内はまだまだだが、遅くとも他のプレイヤーがなかなか出来ないことを田野はやってのけた。


(凄いな。ラケットワークなら田野が上か)


 ならば田野を生かすにはどうしたらいいか。この場を支配するにはどうしたらいいかを考えながら、竹内はシャトルを受け取って構える。

 バックハンドで持ちつつ相手を見た瞬間に、竹内の脳裏に閃くものがあった。それを試そうかと思考するのも一瞬。ラケットを跳ね上げてそのまま斜めに下がる。瞬間、前に詰める田野の姿が横目に映った。

 意識をあわせたのかすら分からない交代劇。ただでさえ飛距離が短く打点が低いシャトルを打とうとしていた前花はただドロップで前に落としてしまう。そこに田野がプッシュで中央へと叩く。


「くっ!」


 佐々木が上げたロブに追いつく竹内。自分の持てる力を右手に込めて、ラケットを振り切る。


「らぁっ!」


 全力で打ち放ったスマッシュは田野の右耳を掠めるかのように直進し、佐々木のラケットフレームから弾かれていった。


「ポイント。ワンテン(1対10)」


 田野の声が静かに告げる。反撃の合図を。

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