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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
93/365

第093話

 オーダーは吉田の言から特に反対もなく原案が立てられた。

 第三シングルスは吉田。第二シングルスが武。第一シングルスが杉田

 第一ダブルスは橋本と林。そして、第二ダブルスは一年から竹内と田野が選ばれた。田野が自信がない声音で吉田へと尋ねる。


「俺らで、いいんすかね」

「二年だけじゃ駒がないからな。それに、次のダブルスは必要だ」


 吉田の目にはもう次の年の団体戦が見えているのだろう。構成は異なるが、一度しか試合に出られないのは同じ。シングルスを勝ちたい時は吉田か武が出るのが理想。ならば、ダブルスの片方は不動のペアを用意しておきたい。吉田と武という正規ペアの練習の合間に片方と誰かの組み合わせを仕込むよりも、確かなペアを育てたほうが良いに決まっている。

 竹内と田野は今年の吉田と武の位置にいる。

 これからこの浅葉中男子バドミントン部を背負って行くのだという思いを、伝える必要があった。


「これで行こうと思うが、反対はいる?」


 吉田の問いかけに一年も、二年でただ一人残った大地も異論はないと頷いた。その様子に杉田が少し顔を歪める。精神的な苦痛。同じように練習してきたはずなのに、試合に出れる自分と出られない大地を比較しているのだろうと、武は気づく。

 それでも実力なのだ。部活内だろうと、試合の出場者が決まっているのならば、実力順に出るのは正しい。初心者に優しい部活は、初心者にも成長のチャンスがある部活であり、けして馴れ合いのことではない。等しくチャンスがあるからこそ、努力する者が先を開くのだから。


「じゃあ、庄司先生のところ行って来る」


 吉田は庄司の元へと向かい、橋本と林は身体を動かして試合に備え始めた。二人の試合を見るのは久しぶりだった武はその立ち姿が雰囲気を出していることに気づき、驚く。


(凄いしっくり来てるな)


 小学生の時、橋本の隣は武がいた。さほど目立った戦績は得られなかったが、それでも勝利の味を少しだけ味わえた。

 だが、今はお互いに離れて新たなパートナーと共にいる。


(またいつか組んでみたいけどな)


 成長して、昔とどう違うのか。どれだけ戦えるのか気になるが。

 再び線が交わる時を脳内に思い描いていると、吉田が帰ってきた。手にはオーダーシート。金田達の名前が書かれている。


「じゃあ、第一試合だ」


 吉田の交差するように橋本と林が出て行く。

 目の前に立つ、阿部と小谷へと。



 ◇ ◆ ◇



 四人がコートに立つ。武達からも「ファイト!」や「一本!」など声援が聞こえてくるが、林は落ち着き払っていた。橋本はその様子が逆に不安要素なのではと顔をしかめた。

 林はあまり感情を表に出さない。普段は楽しければ笑うし、怒る時もはっきりと分かる。それでも試合では感情の起伏は外見からは想像も出来ない。


「大丈夫?」


 だが、そのポーカーフェイスは橋本に心地よさを与える。確かに不安要素にはなりえる。でも、気楽に状態を尋ねられる雰囲気を真正面から捉えれば、それは問題ないことと同じではないか。

 林は橋本のそんな考えに応えるかのように、今の自分を表現する。


「さすがに緊張するけど、背伸びしたって出来ないことは俺には出来ないしね」


 武や吉田ならば、気合でスーパープレイを出せるのだろう。だが、それは見た目だけであって、あくまで練習してきた結果出せる当然のものだと、林は受け止めている。

 出来ることはどんなプレイだろうと、元々出来るのだ。ただ、いざという時に出来るか出来ないかの違いであるだけ。


「先輩達にどれだけ通じるか分からないけど、いつも通りやってみる」

「そのいつも通りをかなり期待してる」


 物静かな林が紡ぐ決意。

 武とは違う安心感。気合でパートナーを盛り上げる武と真逆で、どんな相手だろうと変わらない有り様が、橋本を落ち着かせるのだった。


「よし、行くかいな」

「うん」


 コート中央に歩く。すでに阿部と小谷は頬を緩ませながら橋本達を見ていた。


「話、済んだ?」

「すみません、待たせて」

「いやいや。俺等と同じだなーと微笑ましく見ていたわけよ」

「同じ、ですか」


 橋本の問いかけを一瞥し、阿部はそのまま握手を求める。試合を開始しようという意志。自然と、終わったら教えてやるよと阿部が言っているように思えて橋本は笑った。

 試合は始まる。上級生との本気の試合。


「言っておくが、全力で行くかんな」

「こっちもです」


 じゃんけんでサーブ権を手に入れて、お互いに自分の位置へと戻る。審判のコールは、庄司の声。ラインズマンも特に置かない。セルフジャッジ。

 特に置かなくとも、周りは武達が居るのだから判定を誤れば正すだろう。


「橋本さ」


 サーブ姿勢を取ったところで林が後ろから声をかける。体勢を固めてから話しかけられるのは始めての経験だけに、橋本も少し動揺が広がる。

 それも、次の一言で霧散したが。


「いつも通りをかなり期待してる」

(……ありがとよ)


 心の中で呟いて、ラケットを握りなおす。林の言葉一つで気負いも何もなくなる自分に苦笑しつつ、構える。

 そこで初めて、阿部が左エリアの中央に構えていることに気づいた。通常なら前のサービスラインぎりぎりに立ち、ネットを越えた瞬間を狙う。そうすることで攻撃の主導権を握るためだが、いわば阿部はそれを放棄したことになる。


(違う。すでに始まってる)


 阿部の真骨頂。思考をフル回転させて相手のペースを崩し、隙を突き、倒す。元々実力が上の相手ばかりと試合をしている内に到達した結論。

 ふざけていると取れるような行動も、全ては勝利するための道へ繋がっている。


「一本!」


 阿部が何を考えているのかを、考えていることに時間を費やしても仕方が無い。分からない時はセオリー通りに。変に気を回すと失敗する。

 橋本もまた阿部と同系統の攻めを持つだけに、対処法は心得ているつもりだった。


(なら、あとはタイミングだろ!)


 かく乱されず、隙を突く。今回の試合はそれにつきる。

 橋本のショートサーブは確実に前のラインへと放たれ。


「おら!」


 それを待ち構えたように勢い良く阿部が飛び込んでくる。ラケットを振りかぶり、下から思い切り跳ね上げるように。橋本も林も一瞬動きを止めてしまう。

 だが、そこで阿部は右足を強く踏み込むとラケットの動きを止めた。


(しまっ――)


 勢いをつけて、最後に緩めるのは良くあるフェイントだ。しかし、どうしても引っかかってしまうのは人間の条件反射。硬直の隙を突いて、シャトルがコートへと落ちていく。


「横!」


 その時、声と共に林が橋本の視界に飛び込んでくる。シャトルは高く上がり、阿部達のコートに戻った。言葉の意味をこの時点で理解し、広がって防御体勢を取る。見えたのは小谷が振りかぶった場面。放たれたドロップは中央へ戻ってくる。左利きの林と右利きの橋本。どちらにも取りづらい箇所に確実に落としてくる。


(本当、似てるよな!)


 トリックプレイの阿部に、堅実な小谷。

 目立つのは阿部だったが、その裏にはシャトルを一球一球丁寧に打っていく小谷の活躍があったのだ。


「俺!」


「俺が取る」を省略してバックハンドで上げようとし、瞬間的にラケットを止める。結果、先ほど阿部がしたようにシャトルはふわりとネット前に上がった。


「隙あり!」


 声と共に飛び込んできた阿部がバックハンドで器用に叩きつけた。橋本の肩口を抜けていったシャトルは綺麗にコートへと転がる。微かに触れたのか、橋本の頬に擦れたような痛みが広がった。


「サービスオーバー、ラブオール(0対0)」


 阿部が挑発するように橋本の前で呟く。


(ちっ……)


 橋本の中で少しだけ怒りが生まれる。それも阿部の手段だと分かってはいるが、絶妙な間合いで挑発してくる相手には逆らいがたいものがある。


(大丈夫。まだ大丈夫)


 後ろでシャトルを拾った林が橋本を越えるように返す。そのまま橋本の肩をラケットで軽く叩く。


「ドンマイドンマイ。まだ始まったばかりだろ」

「おお」


 林によってようやく視線を外すことができた橋本だったが、それでも横目で見た時に映った阿部の笑顔が憎らしく思う。それが勝利への執念の裏返しだということは分かるが、感情が納得しない。


「ストップ!」


 だからこそ、相手のサーブの時に大きく声を荒げる。そうして余計な雑念を外へと吐き出し、迎え撃つ体勢を整えた橋本をあざ笑うように、阿部はタイムを取った。

 見ると靴紐がほどけており、結ぶためにタイムを取ったように見える。


(いつの間に、解いてた)


 踏み込んだ時に運悪く解けたのか、それとも橋本に呟いた時に気を引かせておいて足で解いたのかそれは分からない。セルフジャッジのため、あまりに酷いタイミングならば文句は言えない。セーフとアウトの境界線というタイミングで阿部はタイムを取った。


「勝負どころの勘が半端じゃないな……」

「そりゃ、俺らより試合でてるしね」


 林の冷静な突っ込みに言葉を返そうとして止める。別に怒ろうとしたわけではない。ただ、突込みに対する返答をするつもりだった。しなかったのは自分が怒っていると認識したことと、それを気づかせた林の行動を理解したからだ。


「すまねぇ。準備いいぞ」

「……ういっす」


 阿部の声に同意し、構える橋本。今度は一本、とは叫ばずに淡々と構える。阿部も合わせて無言でサーブ体勢を取り、今打とうとしたその時だった。


「あ、すみません」


 口を挟んだのは、橋本――ではなく、林だった。阿部は手元が狂い、シャトルはフロントのサービスラインに到達せず落ちる。急に口を挟んでしまったことをわびながら、林は尋ねる。


「これって、十五点の一ゲームでいいんですよね?」

「あ、おお……それでいいはず」


 阿部が林に答えると同時に小谷がコートを外れて聞きにいく。ステージ上から十五点一ゲームを伝えられて戻ってきたところで、試合が再開される。


「一本!」

「ストップ!」


 阿部は気を取り直すためか、息を一度大きく吸い込んで、吐く。

 そこからのショートサーブ。


「あ」


 シャトルはネットに引っかかり、勢いを完全に殺されて落ちていた。理由は無論、試合が中断されたからだ。そこで切れた集中力をこの短い時間で取り戻せなかったということだろう。


「セカンドサーバーですよ、先輩」

「お、おう」


 橋本の言葉に、呆然としていた阿部も意識を取り戻し、シャトルを拾う。小谷に渡す際に何かを囁いてから肩を叩いた。


(序盤はどちらもやられたか)


 橋本はサーブを迎え撃つ場所から少し下がり、今度は林の背中を見る。内心、林の行動に最も驚いていたのは橋本だった。自分が今のようなことをするのはありえたが、林が率先して言うとは予想外。だからこそ阿部も完全に切り替えることが出来なかったのだろう。


(敵をだますにはまず味方からってか)


 自分と組んだり、打ち合ったりしている間に影響を与えてしまったかと橋本の顔に笑みが浮かぶ。

 小谷はショートサーブの失敗を避けるためか、ロングサーブを打ってきた。後ろにのけぞるようにして林が打つと、シャトルは相手コート奥まで行かない。武のような柔軟性がなく、身長も低いために打ち返しきれなかったのだ。


「止めるぞ!」

「応っ!」


 打つ姿勢を取ったのは阿部。先ほどのリベンジで何かを仕掛けてくるのか。


(どっちだ)


 半歩前に踏み出す。前に落とされるよりはハイクリアで飛ばされるほうがまだ対処出来る。


「はっ!」


 阿部が放ったのは、変哲のないハイクリア。それを林のいる方向に飛ばす。林は追いつくとストレートのドロップで前に落とす。そのままトップアンドバックで構える。前にいた小谷がヘアピンでまたストレートに落とすと、橋本もヘアピンで応戦する。


(何を、やってくる……ん?)


 橋本は違和感を覚えつつも、小谷とヘアピン合戦を繰り広げる。三度、四度と続くがお互いに運も手伝ってか、プッシュできるような高さではない。


(クロスで――)


 五度目の自手。均衡を崩したのは橋本。クロスヘアピンで反対側へとシャトルを落とした。

 しかし、小谷は特に仕掛けるわけでもなく、クリアでシャトルを奥へと飛ばしていた。林が追いついてスマッシュを放つと後ろに下がった小谷がまたロブを上げる。


(なんだ、これ)


 橋本の中で膨れ上がっていく違和感。それでも試合は淡々と続いていく。いつしか橋本は、動いているだけでシャトルに触れていないことに気づいた。ローテーションを用いてお互いの位置を入れ替えてはいるが、最初のヘアピン勝負以外は全て林のところへとシャトルが向かっている。打ち返せば打ち返すほど、橋本からシャトルが離れていく。


(そうか。多分、これは)


 阿部達の手が分かったが、今の状況では橋本に出来ることは無い。林の体力が徐々に削られていくのは分かるが、下手に介入しては隙を突かれる。

 絡め手には正攻法で。どのような手を打つか考えていても、シャトルに触れなければ意味が無い。同じような戦法の阿部だからこそ、橋本の怖さが分かっていた。


(このままでいたら、林の体力が……)


 この状況を打開する策を考えても、まずはシャトルに触れなければいけない。

 その時、一瞬だが林の目が橋本のほうを向いた。錯覚かと思ったが、再びちらりと林の目線が届く。その間も前に後ろに動く林。その姿に橋本は一つ覚悟を決める。


(お前の堅実さに賭ける)


 林はこれまでもダブルスの鉄則を出来るだけこなしてきた。

 シャトルを前に落とす。後ろに上げない。

 常に攻撃を保つためにドライブを磨き上げてきた。シャトルを落とし続ける、というのはバドミントンでは重要かつ難しいこと。派手さはないが、パートナーが決めるための土壌をコツコツと築き上げる。


「はっ!」


 阿部が前に落としたシャトルに、声を上げて突っ込む林。そのシャトルはほんの少しだけ高く上がっていた。微かな差はプッシュに鋭さを生み、少しだけ強く阿部達のコートへと落ちていく。


「うっほー!」


 そのシャトルを取ったのはなんと阿部だった。前に落としてから即座にバックステップで下がり、シャトルの落下点に合わせる様にラケットを振る。ちょうどよくラケットの中心に当たったシャトルは高く飛んでいた。前に前にと進んでいた二人の背後を取るように。


(しまっ)


 橋本が前に進みすぎたと後悔するのと、林が後ろに駆け出すのは同時だった。

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