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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
90/365

第090話

「みんな、ご苦労様」


 庄司を中心として円になる。敗者審判をしていた金田と笠井が戻ってきてから彼は男子部員達を集めて客席の一番上へと来ていた。

 フロアで行われている試合。その少し上から観戦している他校。

 その更に上の位置にいるからか、完全にその場だけ空気が違うように武には思える。


「結果は今出ているように、金田・笠井組が八強。団体戦も同様の結果だ。同じ滝河二中に破れたわけだが。これが全地区のレベルだ。肌で感じてもらっただろう」


 庄司は集まった全員に語りかける。今回の敗戦はけして無駄なことじゃない。今後の糧になると。

 それはまだ自分達の身体から負けたことへの悔しさが滲み出しているということか。武は静かに自分の顔へと手をやる。着替えた時に見た鏡に映っていた顔も、トイレで手を洗っている時の顔もいつもの自分だった。だが、それは自分の目というフィルターを通しただけの都合のいい像だったのか。


「――以上。今後のお前達に期待する」


 庄司は言葉を終えて金田にバトンタッチする。改めて前に出てきた金田は先ほどとは違って、すでに吹っ切っているように見えた。それも団体戦とは全く違う試合を繰り広げることが出来たからか。


「お疲れ様っした!」

『したっ!』


 金田に続くように全員で叫ぶ。試合中のためボリュームは小さめだが、それでも彼らが集う一角は空気が震えた。


「さっきは変なところを見せてすまない。でも、ようやく落ち着けた。すんなり終わったことを理解した。で、だ」


 金田は一度男子部員を眺めた後で、武と吉田に視線を移す。


「いきなりなんだが、次の部長を吉田にやって欲しいと思ってる」

「え……」


 武の隣で吉田が息を飲む。あまりにも唐突な指名。前々から自分を部長にした時の配置を考えていたはずの吉田も、青天の霹靂には動揺するらしい。武は少しだけ頬が緩む。


「最も、俺が思ってるってだけだがな。実際の部長決定の権限は先生や、あと相沢達の年代がどう思うかだ。ついていこうと思えるやつが部長じゃないとな」


 金田の言葉は最もだった。いくら強くても、他の部員の信頼がなければ団体はまとめられない。金田にも、一代前の桜庭にも、自分達は強さと部長としての器に惹かれたのだ。

 金田は言葉を切り、吉田に発言を促していた。武は今まで数回、吉田の口から部長になる旨を聞かされてきたが、公的に意見を言うというのは初めてのこと。周囲の目線が一斉に吉田を向く中で、口が開かれた。


「俺も、部長としてやりたいと思ってます」


 明確な意思。プレッシャーに気おされることもなく冷静に紡がれる言葉に誰もがため息をついた。一様の行動を取らせるほど吉田の態度は堂々としており、武も言葉が出ない。


「そう言ってくれると安心して後を任せられるぜ。まあ、もう少し後だけどな」


 金田は身にまとう気配をようやく崩したかと思うと、今度は思い切り含みを持った笑みを浮かべた。武も吉田も、あえて見せているんだと簡単に知ることは出来たが、内容までは分からない。


「おいおい金田ー。やっぱりあれするのかよー」

「当たり前だろ! 面白くないだろ」


 阿部の横槍に満面の笑みで対抗する金田。もうバドミントン部男子の中に暗い空気はない。

 ようやく、今年の浅葉中男子バドミントン部の挑戦が終わったのだ。


「おら。まだ女子の試合が残ってるだろうが。最後まで応援しろよ」


 庄司も呆れ気味に皆に注意を促す。それでも顔が綻んでいるのは生徒達が落ち着いたからだろう。監督は試合になれば何も出来ない。アドバイスは送れても、結局勝負を乗り越えるのはまだ自分の半分も生きていない選手達なのだから。


「あ、でも女子って」

「そう。早坂だけだな」


 張り詰めた空気から和やかな雰囲気へとスイッチしたことで、武は女子の状況を思い出す。個人戦で勝ち抜いたのはもう早坂一人。ミーティングをしている途中で彼女の名前が呼ばれたことには気づいていた。しかし、情報として頭に定着せずふらふらとさまよっていたのだ。

 急にパズルのピースがはまったかのごとく、武はコート上に早坂を探す。アナウンスが正しければ――


(準決勝だ)


 小学校の時もこういう舞台には足を運んでいたはずだった。それでも、中学に入ってから初めて。全道の前でも強豪がいるこの地区大会においても。

 彼女の輝きは失われていない。


『一本でーす!』


 コートに最も近い客席で声援を送る女子部員達。

 男子部員も全員、その場所へと足を踏み出していた。




 早坂の相手もまた、滝河二中の生徒だった。第二シードを破っての準決勝進出。シードのうち三つは滝河二中でしめられている女子シングルスの中で、その一つを突き崩しての快挙。

 金田や笠井と共に、早坂もまた全地区に名を知らしめることになったのだ。客席には彼女の試合を見ようと多くの学校の関係者が集まっている。試合数も残り数戦ということで、早坂の試合が終われば小休止が入る。そのことも手伝っての注目だろう。


(また、一歩前に行かれたか)


 目に映る早坂の姿。相手は素早い動きと正確な四隅へのショットを武器に早坂を追い詰める。しかし、彼女もそれに喰らい付き、ヘアピンやクリアで隙を探していく。スコアは三対三。持久戦の様相を呈していた。


「まずいな」


 隣で共に見ていた吉田が呟く。何がまずいのか、など聞くまでもない。早坂が不利な状況がここにある。それは何かと武は思考していく。


(早坂と噛み合わせが悪いってことか? 早坂のプレイスタイルが問題ってことか?)


 早坂の傾向を考えてみる。この場で誰よりもそれを見てきたのは武。情報が足りないわけはない。


(いつも自分が負けてた時を思い出せ。あと、あいつの試合)


 記憶を引き出して状況分析する。早坂の動きは正確に思い出せた。武が憧れ、目指そうとしていた動き。結局、いつしか追わなくなったのは自然と自分のスタイルとは違うと理解できたからだろう。ショットの一つ一つが、武を結論へと導く。


「あ、そっか」

「相沢も気づいたか?」


 吉田の声に自信を持って頷く。理由を口にしようとして、武は早坂の試合に目を留めた。ちょうど、その理由が明かされる場面だった。

 早坂のクロスカットドロップに飛び込んでくる相手。そのままヘアピンを打ち、早坂を前に走らせる。そこからロブを上げるとすぐさま下に付き、打ってきたのはまるで映したかのようなカットドロップだった。武の脳裏に浮かんだのは小島正志の姿。人のプレイスタイルを徹底的に真似し、最後に上回る男。

 しかし、今回はそうではなかった。相手の女子は早坂のようにクロスには打っていない。真正面にただ、バランスを崩すためだけに打っていた。


「早坂の戦い方は粘って相手を崩す。スマッシュを打たれても上手く返して、どんどん相手を削っていく。でも、同じタイプならどうだ」

「じゃんけんなら、パーとパーってところだな」


 二人ともグーならば、より強いグーが押し勝つかもしれない。だが、パーではなかなか押し切れない。その差を吉田は言いたいのだろう。

 確かに早坂には分が悪いかもしれない。今までの相手は、どちらかと言えば武のような攻撃型が多かった。そこで攻撃してきた隙を突いて厳しいところへとシャトルを落とし、甘く浮かんだシャトルを叩く早坂のプレイスタイル。地区予選を難なく勝ちあがれたのも、同じタイプがいなかったからだろう。

 それもそのはずだった。そもそも、バドミントンは攻めのスポーツ。攻撃は大抵押し切れるものだった。特に中学生は駆け引きよりも持つ技術や力のみで試合が決まる場合が多い。武のようにスマッシュが速ければ、吉田のようにコースが狙える技術があれば、防いでいるうちに甘いところを突かれる。

 攻撃は最大の防御というのはいつの年代も一緒だが、それだけで決まるのが中学生の試合。

 その中で、早坂は最後まで相手の攻撃を受けきるスタイルだったのだ。他にいないのも当たり前で、彼女しか勝ちあがらなかったというのが正解だろう。


(それがここまできて同じタイプに出会うなんて)


 早坂の顔を見ても、焦りは見えない。ポーカーフェイスは崩れず、相手の隙をうかがっているように見える。それは相手も一緒で、互いにクリアを多用しながら反撃のレシーブを打とうとしている。


「大丈夫かな」


 吉田の声に含まれる不安に武は反応する。それは口に出さずに思っていた武の心の声でもある。

 早坂の精神は案外もろい。確かに、武に初めて負けてから強くはなっている。しかし、それでもいろいろな「初めて」という条件が加わった今大会で、プレッシャーは並大抵のものではないだろう。

 浅葉中の早坂は間違いなく来年も来るという印象付けはもう済んでいると言っていい。ならば、ここで負けてしまったとしても十分だろう。

 そう思えば、もしかしたら気が楽になるかもしれない。


「早坂……」


 苗字を呟いたところで、武のポケットが振動する。入っていた携帯電話を取り出してみるとメールが一件届いていた。


「これ……」


 中身を見て、武は思わず下に駆け出しそうになるが立ち止まった。試合に関係する者以外は簡単には入れないことを思い出したのだ。届いた文面を何とか早坂に伝えられないかと思案していた時、彼女の動きが変わった。


「え……」


 早坂の強打が相手の左を抜けていく。今までドロップしか打っていなかったタイミングに、シャトルは音を立ててコートに吸い込まれた。


「スマッシュ……」


 武も、ずっと見ていた吉田も。その場にいた誰もが今のラリーの終わりに驚いていただろう。これまでもスマッシュでの得点というのはあった。

 しかし、ここまで強い音が響いたのはこの試合初めてのこと。相手も唐突なラリーの終わりに呆然としていたのか、遅れてシャトルを取りにいく。シャトルが早坂へと渡ったところで、審判が「セブンオール」とコールした。

 女子は十一点。あと二点取れば追いつかれてもセティングの権利が手に入る。序盤が終わり中盤も終わりに差し掛かる重要な場面に、早坂は――


「いっぽーんッ!」


 大きく宣言してから、ショートサーブでシャトルをサイドラインぎりぎりに落としていた。

 相手が慌てて取ろうとするがラケットは届かず、身体がコートに落ちた音が響いた。


「ポイント。エイトセブン」

「ストップ」


 取れなかった自分を叱咤するかのように呟いて、レシーブ位置に戻る。その様子を見ながら早坂は次手をどうするか考えているようだった。シャトルコックをつまんでくるくると胸の辺りで回している。


「あれって、考えてる時の仕草?」

「多分……小学校時代はしてなかった気がする」


 吉田との会話の間に試合は再開される。今度は何も言わず早坂はロングサーブでシャトルをコート奥へと打ち上げた。何の変哲もないサーブの下に回りこんで、相手は何を思ったのか。


「はっ!」


 傍目から見ても渾身の力を込めたと分かるスマッシュを早坂の右サイドへと打ち込んでいた。先ほどエースを取られたスマッシュを返そうとしたのか。

 しかし、すでにシャトルへと早坂は追いついていて、ラケットもタイミングばっちりで振り抜かれていた。


「あっ!?」


 逆サイドへと打ち込まれたシャトルを何とかラケットに当てることに成功しても、甘い返球に待っているのは確実な決め。

 前に詰めた早坂が落ち着いて叩き落す。また一つポイントが加算され、遂に九対七。これから追いつかれてもセティングの権利は早坂のもの。精神的に優位には立てる。


(変わってきてる)


 武は認めないわけにはいかなかった。おそらく吉田も、女子も男子も同じように感じているだろうと彼は思う。過酷な条件に飲まれることなく、更にレベルアップする。そんな早坂に、武は素直に喜んだ。


(心配はないようだぜ、由奈)


 メールの送り主に、心の中で呟いた。


『お疲れ、武。ところで早さんはどうかな? もし試合前に時間あるなら、いつも通り頑張って! って伝えてくれる?』


 メールの文面。早坂への激励。しかし、その心配はないと武は思う。ここで終わっていいなどと早坂は思っていない。より上に行くために思考し、勝とうとしている。そこには強く脆かった彼女の姿はない。

 戦友の成長に胸が熱くのを感じながら、武は応援を再開した。



 その日、早坂は準優勝。全道大会への切符を獲得した。

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