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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
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第089話

 全地区大会は個人戦へとシフトしていった。団体戦優勝は滝河二中。決勝戦も三対ゼロで勝ったことで、最も彼らを苦しめたのは浅葉中ということになる。

 武達の一勝の他は惨敗だったが。


「それでも、見る目が変わってきたようだな」


 隣でフロアで繰り広げられている試合を見ながら、吉田は言った。

 時折、傍を過ぎていく選手達が武達を見る。特に何かを呟きかけてくるわけでもなく、ひそひそと口を合わせていくわけでもない。ただ、見られている。人の視線が気持ち悪いものなのだと、武は初めて理解した。


「なんだろなって、やっぱり原因は一つか」

「俺達が第一シードを倒したってのが、ぱっと広がってるな」


 自分達が言いふらしたわけでもない。ただ、それほど滝河二中の注目度が高かったということだろう。伝え歩かなくても、試合を見ていたプレイヤー達がその存在を認知したのだ。見に来ていた人々も滝河二中の勝利は疑わなかっただろう。

 これまで数度全地区大会には出て来ているため、浅葉中も少しは名を知られている。しかし、今回の個人戦には金田笠井ペアしか出ていない。団体では特に脅威とはされていなかったはずだ。

 第一ダブルスが敗れるという展開がなければ。

 名前の知られていない二年生ペアが、個人戦の第一ダブルスに接戦の末に勝ったのだ。

 浅葉中の吉田と相沢。今後の自分達の敵になるだろう二人の名前を、他校が知ることになった。


「きっとじろじろと見られるよ。今から慣れておいたほうがいい」

「吉田は凄い慣れてそうだよなぁ」


 正直な気持ちを伝える武に対して吉田は苦笑いしながら答える。


「ま、強い奴って皆にマークされるのが常だからな。それでも勝てるのが、本当の強い奴なんだろうさ」


 吉田の目は試合に向けられている。今回は出ることが出来なかったが、来年を既に見据えている。頭の中では今後の道筋を計画しているのだろう。


(吉田におんぶに抱っこじゃないって思ってたけれど、まだまだだな)


 実力ではようやく同じ位置に立つことができたと感じたが、まだバドミントンプレイヤーとしては遠く及ばない。

 だが、高い山ほど登りがいがあることも自覚している。


「あ、金田さん達が出てきた」


 四隅のシードから格が落ちる中シード。その八番目の位置に金田達はいた。このまま勝ち進めば第四シードと当たる。

 第四シードの、橘兄弟と。

 試合が始まると金田のスマッシュが早速コートに突き刺さる。鋭く「しゃ!」と気合が吐き出され、笠井と手を打ち合わせる。

 団体戦の敗戦のショックはない。勝ち進めば準々決勝で再び橘兄弟と当たるというのにモチベーションは下がっていないようだった。武からすれば惨敗した相手とすぐ再戦するというのは気が滅入るところだが、金田達の精神力は強かった。


「金田さん達も、必死なんだろうな」


 ぼんやりと武は呟く。脳内にめぐるのは過去の自分の惨めな姿。もう立ち直ってはいるが、その醜態は忘れられるものではない。それさえなければ、この舞台に立っていたかもしれないのだから。


「強い強いって言われてても、まだまだ地区までだからな。上は遥か空の上だよ」


 金田達の様子を見て応援する必要もないと感じたのか、吉田の視線は金田達を外れて他の試合に行っている。

 全地区まで来ると誰もが技術は高い。それぞれ市内のトップが集まっているのだからそれも当たり前だが、全道大会は更に一部達の戦いになる。大木・但馬戦と同等の試合を、ずっと繰り返していくことになる。


「今のままで、勝てるのかな」


 小さく、武は呟く。レベルの高い戦いに触れて感じた不安。

 今の浅葉中の練習を続けていて、全地区の強豪、まだ見ぬ全道の猛者と。

 そして、更に高みにいる全国の者達と渡り合うことが出来るのか。あまりにも漠然としすぎていて、寒気だけが身体の中に積もっていく。


「ただ部活してたら駄目だろうな」


 吉田も心ここにあらずという感覚で話しているように、武は感じる。自分達の誰よりもバドミントンを知っているように見える吉田も、同年代に過ぎなく、全道大会の経験も少ない。強くなるための方法は知識としてはあるだろうが、実践できるかとなると話は別だった。


「これから、少しずつ探していくしかないよ」

「うん」


 金田のスマッシュが音を立て、相手を脅かす。今でも金田と笠井のダブルスは武の目標だ。だが、彼らでさえも全道には届かない。目標以上に強いプレイヤーが集う場所。その上に更に、と上を見上げると果てがなかった。

 生まれてくるのは焦燥感。中学生活もすでに一年が過ぎた。中体連に限れば、もう一年後しか挑戦できない。全道や全国の晴れ舞台へと進出できる機会は少ない。

 それでも前に進むしかないのだ。不安で押しつぶされそうになろとも。

 止まっている者に先は見えないのだから。


「吉田」


 それは決意の言葉。武の心の中に今、確かにある気持ち。


「俺、全国まで行きたい」


 今の時点では絵空事だろうと、果てない理想だろうと。

 強く思う気持ちに偽りはない。


「あと一年で、絶対に」

「ああ。その気持ちがあれば環境は何とかなるさ。こんな言葉があるらしい」


 吉田はその言葉を思い出すためか、少し間を取った。武も金田達の試合を見ていた状態から聞く姿勢になる。


「そうだ。高校になれば才能かける努力だけど、中学は才能足す努力。なんだそうだ。なんかの本の受け売りだけどな」

「才能足す努力、か」


 イメージは浮かぶ。中学生のようにまだ身体も心もようやく未熟と言えるような状態になっている年代ならば、実力以上の結果が付いてくることもあるのだろう。しかし、高校まで行ったならば元からの才能が物を言う。


「才能かける努力っていうのは才能が全てってことじゃないぞ」


 武の表情から思考を読んだのか、吉田が解説するモードに入る。もう見慣れた光景。


「才能かける努力ってことはさ、努力を多くすれば強くなるだろ。結局才能に頼るってのは間違ってると俺は思う」


 だから吉田は、誰よりも強いのか。

 武は思う。吉田に才能がないはずがない。それに加えて、努力も怠らない。ならば、足し算だろうが掛け算だろうが、吉田は強くならないはずがない。

 自分はどうかと思い返し、首を振る。


(俺に才能がないなんて分かってることじゃないか。あるならあんな惨めな小学校時代を送らなかったし。俺は努力するしかない。いや、吉田も誰もが努力するしかないんだ)


 才能が予め決まっているのなら、どうであろうと努力し続ける。

 それが強くなる一番の近道。


「自分なりに、今回のことは決着できたみたいだな」


 それまで遠い位置で金田達の試合を見ていた庄司が、武達へと近づく。試合へのアドバイスはいらないと思っているためか、客席に残っていたのだ。


「お前らはまだまだ強くなる。微力だが、俺も協力していくよ」

「はい……」


 武はそのまま金田達の試合へと視線を戻す。今日で終わるかもしれない。明日へと続くかもしれない今。精一杯戦っている二人に向けて、武は声を張り上げた。



 * * *



「ポイント。フィフティーントゥエルブ。マッチウォンバイ、橘」


 審判のコールに会場の空気が緩んだ。次に来るのは歓声。決勝戦でもない。準決勝の試合でもない。それでも、その試合は今大会屈指のものであろうと集まっているプレイヤー達は感じたのだ。その主役達はコート中央、ネットを挟んで向かい合い、しっかりと握手する。


「ありがとうございました」

「ありがとう、ございました」


 橘空人と海人。顔に浮かぶのは充実感と多少の不快感。前者は単純に良い試合が出来たことからのもの。後者は一度勝った相手に苦戦を強いられたことへのものだろう。


「こちらこそ、勉強させてもらったよ」


 そう言ったのは笠井だった。団体戦の時に味わった無力感は、個人戦で実力を出し切ったことで払拭している。同じ負けでもその意義は真逆だった。

 金田は特に何も語らず、空人と海人を真正面から見つめて小さく「ありがとう」と呟き、手を離した。試合が終わって、もう何も語ることはないといわんばかりに去っていく。後から続く笠井も含めて、遠ざかっていく背中を橘兄弟は見るだけだった。

 個人戦が進んで八強の対決となり、金田と笠井組は順調に勝ち進んで橘兄弟と再戦した。団体戦での惨敗は偵察に来ていた他校はよく知っている。結果は分かりきっていると最初は浅葉中のメンバーしか観戦していなかった。

 その雰囲気ががらりと変わるのは試合開始から四十分ほど過ぎたあたり。もう二ゲーム目に入っているだろうと誰もが予想していたその時、初めて気づいたのだ。

 得点がまだ一桁であること。

 勝っているのが金田・笠井ペアであることに。

 その後は徐々に客が増えていった。一ゲーム目を金田達が取った時には試合をしているプレイヤー以外の視線が集まっていたのではないかと思えるほどに、目が集中していく。

 結局は、一対二で橘兄弟が下馬評通りに勝利したが、けして楽なものではなかった。巻き起こった拍手の雨の中を戻る二人に客席で見ていた武も胸を打たれ、笑みを浮かべる。


(本当、凄かった)


 敗北しているはずなのにこうして勝者のごとく帰ってくる二人。確かに、今回は勝者になる可能性も十分にあったと武は思う。なら、何がそうさせたのか?

 一度の敗戦で何を学んだのか聞いてみたかった。


「あいつらが敗者審判から戻ってきたら、男子ミーティングをするからな」


 庄司の言葉を聞いた後で、武は自分がまだ着替えていないことに気がついた。敗戦の空気が重く、その場を離れるのが憚られたこともある。それ以上に試合から離れたくなかったのかもしれない、と武は自分を分析する。女子は早坂がまだ個人戦に残っている。それが眩しく、少しでも同じ空気をまとっていたかった。


(さすがに冷えるし、着替えよう)


 汗が冷えたことで体温が奪われる。それに伴い自分の中の熱も冷めていった。

 試合は終わった。金田達も自分達の役割を終える。浅葉中男子バドミントン部の大会はここに終わるのだ。そう思うと悲しくもあったが、次に進む覚悟も決まる。応援も終わり、自分の地区のほかの代表者達もすでに試合を終えている。

 早坂の試合は女子が全員応援に行っているため場所がない。

 武は着替えをしてくると言い残して、ラケットバックと共に更衣室へと向かった。


「別にここで着替えればいいじゃん」


 背中に吉田から声がかかる。それに武も笑いながら答えた。


「いや、トイレも行きたいしな」


 冷えたことは他にも伝染していた。

 武は恥ずかしがりながらも階下へと降りていく。フロアとは逆側。オープンスペースとなっている場所を通り過ぎた時、呼び声に立ち止まる。


「相沢……さん」


 苗字だけ呼ぼうとして慌てて語尾に敬称をつける。その言い方に思い当たって、声のしたほうを向く間に人物に当たりをつけていた。そのおかげか、予想が当たってもそこまで驚きはしない。


「橘海人」

「フルネームってこそばゆいっすね」


 本当にくすぐったそうに笑う。だが、武は考えが読めずに内心は混乱していた。自分達が勝った相手校の選手に声をかけるというのはどういう心の持ちようなのだろう。


「相沢さん。相沢さん達は……金田さん達よりも強くなりますか?」

「は?」


 急な、しかも更にわけが分からない質問に武はさすがに声を抑え切れなかった。呆れが一周し、感嘆に変わる。海人――いや、この兄弟は更に強い相手を求めてる。純粋に、貪欲に。相手が無礼だと思うほどに。

 でも、その突き詰めようとする強さが、武には眩しく見えた。


「ああ。強くなる気だよ」


 その言葉に満足したのか、海人は身体を武から離す。だが、その課程で止まると口を開く。


「金田さん達に伝えておいてください。きっと、一番苦戦したのはあなた達ですと」


 言葉を残して去っていく海人の背中を、武はしばらく見ていた。

 次は自分が追う背中をしっかりと覚えるために。

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