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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
80/365

第080話

 会場のざわめきが大きくなっている。

 阿部にそれを気にする余裕は無かったが、感覚的に周りが騒ぎ始めていることだけは把握していた。全道大会に出場することは明白と言われている鮫島が、団体戦の第一試合から苦戦している。しかも相手は全く無名のプレイヤー。

 番狂わせを期待する者や勝たないまでも善戦を期待する者。いくつもの思惑が今、阿部達のコートに集まってる。


「うら!」


 それでも阿部はなりふりを構っていられない。体力が底をつきかけ、相手に余裕を見せることが出来なくなっても、攻め続ける。

 全ては勝利を掴むため。一点でも鮫島の先へと行くため。


「ポイント。エイトシックス(8対6)――」


 阿部が一点入れるたび、放たれたドロップを鮫島が取りこぼすたびに湧き上がる拍手。ネット際を往復するシャトルに飛びつき、反則ぎりぎりのプッシュで叩き落して踏みとどまると身体が悲鳴を上げる。


(不思議だよな、もう体力はないはずなのに)


 少しでもプレイが止まれば苦しくなる。サーブのために構えている時間が辛い。

 ラケットを置いて座り込んでしまいたい衝動を必死になだめて、シャトルを飛ばす。

 ゲームが始まってしまえば身体が考えるよりも先に動いた。思考は後を追って鮫島の動きをトレースする。

 そして行動の先から外れるようにシャトルを置いていく。

 難しく考えることは無い。相手の届かない場所へシャトルを打てば、必然的に体勢が崩れていくのだから。


(相手より遠くに打つ。限界近くなると練習したものが出るってほんとだなこりゃ)


 さっきまでは霞がかかることもあった思考が、急に晴れやかとなる。相手のコートや自分のコートを空から見下ろしたかのように全体図が見えてくる。どこに相手がいて、どこに落とせば遠くなるか。

 常に遠く。常に速く。

 三年間の練習で言われ続けた言葉。相手の思考を読んだ上で考えるのは、とにかく遠く速く打つこと。普段ならば取れないシャトルは存在しない。どこにシャトルが来ても取れるように構えているのだから。

 しかし、物理的に届かないシャトルになら話は別だ。その状況を作り出すために、常に遠くへ速く打つ。


(ここで!)


 ラケットに急制動をかけてドライブをヘアピンに変える。鮫島はコート中央から動けずにシャトルを見送っていた。


「ポイント。イレブンテン(11対10)――」


 得点差はもうない。それでもリードしている。

 鮫島にとっても終盤に来ても点数をリードできていないと言うのは相当なプレッシャーのはずだ。しかし、阿部にはまだまだ折れそうに無い鮫島の心が見えている。

 背負っているものが見えてくる。


(部長ってことか)


 金田にもたまに見えるオーラのようなものを、阿部は鮫島から立ち上っているのが分かった。

 自分だけは負けられない。他の部員が自分の勝利を信じている。一勝が確実ならば、あとは他の部員が勝てばいい。前提として一勝があるのだから余計な雑念など入らないまま勝利へと突き進める。


(いいな。その重さに潰れない強さ、憧れるよ)


 頬が緩み、自然と笑みが出る。阿部はただ敵としてしか認識していなかった相手に、初めて敬意を抱く。そこから生まれる新たな思いも。


(心底、あんたに勝ちたくなった!)


 ロングサーブでシャトルは奥に。だが、コントロールがつかなくなっているのか、飛距離も場所もほぼ中央。打ち頃の球となってしまう。

 だが、鮫島の目が見開かれるのを阿部は確認した。サーブをした場所から動いていない。だから自分のコートの右半分は完全に空いている。普通ならばそちらに打ち込んでポイントは取れるはずだった。

 しかし――。


「ポイント! トゥエルブテン!(12対10)」


 審判のコールと共に鮫島が膝に手をつけて頭を下げる。動揺した心を落ち着かせるためだろうと、阿部はシングルスラインの外へと落ちたシャトルを取りに行きつつ思う。

 思い切りサイドを空けておけば、迷う。通常ならば阿部自身を狙ったり、十分入る場所へとシャトルを放つ。しかし鮫島はその技量からシングルスライン上を狙う。本来ならば最高の手だった。


(でも、さすがにお前も三ゲーム通しては厳しいらしいな)


 阿部はシャトルの羽を直しながら、鮫島の顔を見る。恐らくは悔しさに滲んでいるだろう顔を。

 しかし、そこにいるのは無表情で阿部を見据える鮫島だった。


(そうかい。いや、期待した俺が馬鹿だった)


 何度も何度も。その意志の強さを見せ付けられて。それでも甘い期待をしてしまう。阿部のショットが決まるたび、鮫島のショットがミスになるたびに、弱った顔を見たいと思う自分がいる。それこそ甘えだ。


「一本だ」


 鋭く言い、サーブ姿勢を作る。そのまま大きくラケットを振りぬいた。



 ◇ ◆ ◇



「笠井。どうなってる?」


 武達の試合を集中的に見ている金田は、阿部の結果が分からなかった。

 だが先ほどから歓声が大きくなっている。一球一球が決まるたびに。どちらが点を取っているのかなどの情報は入ってこなかった。直接見ればすむことだが、金田自身、武達のプレイを逐一見てアドバイスを送るために視線は外せない。だからこそ笠井が阿部の応援に回ったのだ。


「今、十六対、十六。あと一点で、終わるよ」

「そうか」


 金田は出来るだけ冷静に言ったつもりでも、声が上ずる自分に気づいていた。

 近年最強世代だった桜庭達に比べて、明らかに戦力ダウンと言われた自分達の世代。金田以外はそれなりでしかないと他校にも評価され、実際、個人で全地区大会に出られたのは金田笠井組しかいなかった。

 それでも、金田は仲間の力を信じていた。団体戦でそれは発揮されると思っていた。

 だからこそ、阿部が今日この体育館の中にいるプレイヤーの中でも最強クラスを相手に一歩も引いていないことは嬉しかった。

 だが、まだ勝ったわけではないからこそ感情を出すわけには行かなかった。

 目の前の試合も二ゲーム目に入って十一対十四。  武達が負けている。一ゲーム目は武達が取ったが、二ゲーム目は終始押されていた。スマッシャーであるはずの鈴池と菊池がスマッシュを封印し、ドロップやクリアで揺さぶりをかけてきたために、甘い球を上げさせられて叩かれる。

 ゲームメイクに一日の長がある吉田でも、劣勢を跳ね返すのは厳しかった。


「ポイント! フィフティーンイレブン(15対11)。チェンジエンド」


 遂にゲームポイントが並ばれた。阿部に続いての三ゲーム目。最初に取っているだけに追い上げられている感覚が離れないだろう。


「おい。これで振り出しに戻っただけだぞ! 楽になったじゃないか。相手よりも早く十五点取れ!」


 武達の――主に武のことを心配して口を開いた金田だったが、吉田達の顔には不安は浮かんでいない。むしろ笑っていた。長く試合ができることを楽しむかのように。


「はい、先輩。最後までもつれたけれど……勝ちます」

『おぉおお!』


 武が金田へと言った瞬間、会場の半数をどよめきが進む。阿部と鮫島が動きを止めていた。シャトルはコートに落ちて、敗者の方を向いていた。



 * * *



 ――自分に向いていたシャトルをラケットで拾い上げ、阿部は審判へと放っていた。

 闘いの終わり。自分の限界まで挑戦した結果が、目の前にある。笠井は胸の奥から込み上げる感情を抑えるのに必死だった。


「セブンティーンシックスティーン(17対16)。マッチウォンバイ、鮫島」


 審判のコールと共に沸きわがる歓声。それはけして、鮫島の勝利だけへのものではない。むしろ阿部へと向けられたものも多かった。ネット前に歩いて握手を交わす。そこで鮫島が口を開いたが、笠井からは内容は聞き取れない。だが阿部の顔にも笑みが浮かぶのを見ると予測は出来た。


(阿部が認められたか)


 ここまで鮫島と互角に渡り合うプレイヤーは道内には少ないだろう。初めての対戦ということを抜きにしても。

 実力とはすなわち、いつ対戦しても相手をねじ伏せる力があるかどうかなのだから。

 ラケットバッグを持って近づいてくる阿部を見て、笠井は立ち上がった。


「お疲れ」


 労いの言葉をかけると阿部は力なく笑い、椅子のところまで来ると崩れ落ちるように座る。一瞬、大事があったのかと笠井の顔から血の気が引いたが、単純に疲れからくるものだったらしく、阿部の様子にはそれ以上の変化は無い。


「めっさ、疲れた」

「そうだろう、な」


 俯いて呟く阿部の声には疲労はあっても悔しさは見えない。自分の全力を持ってぶつかった結果を素直に受け入れている。それだけの相手だったということだ。


「悔しいけど、最後の最後に地力の差が出たって感じだな」

「お前も凄かったよ。多分、金田もあそこまでは戦えない」


 話題を振られた金田はしかし、インターバルの間に武達へとアドバイスをするのにかかりきりで、阿部達の言葉は聞こえていなかった。そこでようやく、阿部も武達が三ゲーム目まで入ったことを知ったようだ。


「ここでも三ゲーム目か」

「ああ。お前の試合にきっとあいつらも燃えてくれるさ」

「逆だよ」


 阿部はタオルを頭から被って前傾姿勢に身体を落ち着けると、呟く。


「あいつらの試合にいろんなもんもらったから、ここまで出来た。ま、だから……俺はリタイアだな」


 阿部の言葉の意味を理解しない笠井ではなかった。 この試合に勝ったとして、次の試合までには阿部の体力も回復しないだろう。金田をシングルスに、阿部達と武達をダブルスにというオーダーは使えなくなる。代償が少ないかと言われれば否だ。


「軽く負けておけば、次も出られたかもしれないけどな」


 そう呟く阿部だったが、顔は如実に語っている。


「そんなこと、微塵も思ってなかったくせに」


 笠井は笑って肩に手を置く。後ろから、熱を持っている肩を握っていると、自分の中に闘いの熱さが伝わってくるように笠井には思えた。


「後はあいつらに任せよう。応えてくれるさ」

「ああ」


 金田のアドバイスもインターバル終了とともに終わり、武達の試合は第三ゲームに入る。これで浅葉中の勝利か敗北が決まるのだ。

 阿部には武達が決めてくれるように言った笠井だったが、一抹の不安を覚えていた。


(吉田はともかく、相沢は大丈夫なんだろうか)


 武の精神力の弱さは南地区大会で露呈された。

 勝てるはずの勝負に負け、勝てる相手に負けた。

 相手の勝利への執念にあてられて、自分のプレイを見失った姿を笠井も他の部員も見ている。

 克服できたかどうかはこの試合で試されることになるだろう。


(いきなり酷だが、今後も必要だからな)


 ここで負けたとしても勝てたとしても、今後の武にとって精神力の強さは必要なものになる。実力差を跳ね返して戦い抜いた阿部も、練習の下地に諦めない心が生み出した力を重ねたからだ。

 武や吉田のことを笠井は認めてみる。自分達以上に結果を残してくれるだろうと。

 だが結果的にこのオーダーが一番望ましいとはいえ、綱渡りなのは事実。最後に向こう岸へと渡るために必要なことは、結局は個人の力なのだ。


「相沢、吉田! まずはストップだ!」


 試合が始まってすぐに金田が声をかける。合わせて笠井も激を飛ばした。阿部は何も言わずに二人のプレイに視線を送る。

 そして、数度シャトルが行きかった結果、サービスオーバーとなる。


「しゃ!」

「まずは一本だ」


 武の気合に吉田は冷静さを保ちながらサーブ姿勢に入る。心は熱く、頭は冷静に。綺麗な弧を描いてシャトルがネットぎりぎりを飛んでいく。三ゲーム通して乱れることが無いショット。


(吉田は、やはり大丈夫か)


 シャトルを上げるしかない相手に対して、後ろから武がスマッシュを放つ。得意パターンはしかし、簡単にレシーブされてしまう。武のスマッシュでも簡単には崩れないのが全地区。二ゲーム目はスマッシュで打ち崩せなかったのが敗因だった。


「らっ!」


 それでも武はスマッシュを打ち続け、五度目のシャトルが相手ラケットの軌道を越えた。


「ポイント。ワンラブ(1対0)!」


 先制の一撃と共に武は拳を突き上げていた。

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