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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第008話

 武と若葉にとって日曜日の朝は基本的に気だるいものだった。前日が土曜日ということもあり、練習はかなりハード。武は帰ってから勉強もそこそこに早くに寝る。若葉も好きな音楽番組を何とかコーヒーを飲みつつ見る。

 そのために、いつもなら午前十時過ぎに時間に起きていた。

 だが、今回は勝手が違った。


「ほら武! 遅れるよ!」

「まだご飯食べてるからさ!」


 食卓に向かい合ってついている二人。武は若葉に即されてパンを強引に口の中へと押し込み、牛乳で流し込む。両親は共に朝のニュース番組を見つつ、慌てふためく子供達を微笑みながら見ていた。

 少しだけ騒がしい日曜日の一こまが繰り広げられる。


「忘れ物するじゃないぞ」


 ソファの向こう側から最低限の助言をしてくる父親に二人は頷き、武は顔を洗いに、若葉は玄関へと向かう。すでに準備を済ませた若葉。切羽詰って用意をする武。

 双子だというのに対照的な二人の行動だった。


「先に行っちゃうよ?」

「あと五分!」


 歯を磨きながら器用に叫び、武は再び洗面所に戻る。呆れたように頬を膨らませていた若葉だったが、結局待つことにしたのか、椅子に座りテーブルへと肘を立てた。


「その遅れ癖直さないと困るよー」


 必至に歯を磨いているのか返答はない。若葉はため息をつきつつ、武の同行を待った。その間に父親と共にソファにうずまっていた母親が、若葉へと尋ねる。


「今日はどんな大会なの?」

「んー? あー。全国大会への地区予選、かな」

「勝てそう?」


 若葉は返答に窮する。先輩方の実力は自分から見ればはるか高みにある。しかし、他の中学の選手達を知らないから比較は出来ない。

 しょうがなく、若葉は首を振る。


「わかんない。多分、いいところまでいくんじゃないかな」

「そう。晩御飯までには帰るのね?」

「そうだねー。五時くらいには終わると思う」


 自分で言ってみて長い時間だと若葉は思う。現在の時間は七時四十分。八時十五分には会場である総合体育館に集まれと言われた状況では、そろそろ出ないと危ない。

 中学生の試合は、武は小六の二月……つい三ヶ月前に見に行ったらしい。自分に内緒で。


(楽しみにしてるんだから……早く行かせてよ)


 それでも始まるのは九時からなのだが、好奇心に疼く身体は会場を求める。


「お待たせ!」


 口元に歯磨き粉を残して出てきた双子の兄を見て、若葉は何度目かになるため息をついた。



 * * * * *



 武と若葉が集合場所である総合体育館に着いた時、入り口の傍でレギュラーメンバーが準備体操をしていた。別の入り口から入れる二階のトレーニングルーム部分が前に張り出し、入り口には朝の日差しが届いていない。それを嫌ってか、他の中学の選手は駐車場や隣にある公園でストレッチをしているのが見える。

 レギュラー達から少し離れた場所では応援に借り出された一年生部員がいる。男子は相変わらず七人で、女子はまた減っているように見える。


「あ、また減ってる」


 自転車置き場で自分の自転車に鍵をかけつつ、若葉が寂しそうに呟く。隣で同じタイミングでかけていたからか、武にはその言葉がはっきりと届いた。前日の決意を聞いていただけに、そのショックは分かる。それでも、重たい気持ちを引きずらずに若葉は手を振りながら一年生の輪に加わる。

 武も後を追ってから集団の傍を過ぎ、見えた橋本の傍についた。


「また遅れたなー」

「自分が試合なら遅れないんだけれど」

「ちゃんとこないと駄目だぞ」


 吉田が少し顔をしかめている。武は素直に謝り、視線を周囲に向けた。自分たちとは違うジャージを来た集団が点在し、それぞれの時間を過ごしている。浅葉中のジャージは青が基調で白いラインが入ったものだが、黒や緑のそれらを着ている選手達を見て、自分が試合をするわけじゃないのに武は血が沸く。


「他も強そうだな……」

「そりゃあな。でも今年の浅葉中は歴代最強って言うし」


 吉田の言葉に武は唖然となる。脳裏にあるのはたまに体育館の中を覗いて見えた先輩達の動き。素早く正確、そして力強いストロークを連発している姿。武自身も単発ならば似たようなショットを打てるだろうが、とても試合中にできるものじゃなかった。


「学年別で今年の三年、ベスト四総なめだったし……多分全道はいけるんじゃないか?」

「そうだったんだ……今の二年生の試合しか見れてなかったから分からなかった」


 改めて武は先輩達の凄さを痛感する。その試合を間近で見れることに期待が膨らむ。

 膨らみきったところで、体育館が開場した。膨らんだ風船から一気に空気が出たように、武は早足で中に入る。それでも先輩達の後ろについてだったが、早く進もうとする足を抑えながら武は進んだ。

 割り振られた自分達の席に荷物を置いてからは、武達の出番だった。フロアにはバドミントンのコートはない。元々バスケやバレーなどにも使われる場所だけに、線をあらかじめ引いておくことはなかった。だからこそ、白いテープを選手達で張らなくてはいけない。試合に出ない部員達は総じて、行事とも言えるだろうことに参加する。


「結構楽しいけどな」


 テープを引っ張って後退しながら武は呟く。粘着テープが剥がれながら伸ばされていく時の音を耳の奥で咀嚼し、またテープを真っ直ぐに伸ばして床に張るという行為に快感を得る。無論、ラインが曲がっていてはいけないから必然的に真剣にはなるのだが、こういったささやかなことに集中するのも好きだった。


「面白いなぁ」


 一瞬、自分の声だと思った武だったが明らかに違う。隣を見ると林が鼻歌まで交えながらテープを伸ばし、床に貼り付けていた。反対側でテープを持っているのは大地。中空から降ろすタイミングの良さに自分の作業も忘れて見やる。


「へー、初めてだろ?」

「? ああ。こういう細かい作業って好きなんだよね」

「俺も俺も。ある意味試合より緊張する」


 自分の分もやり終えて両手をはたき合わせつつ笑う武。林も満足げに自分が作り上げたラインを見ていた。そこまで会話して、初めて武は林とちゃんと話したことに気づく。


(もう三週間くらい経ってるのにな)


 橋本とは元々、大地とは仲がよくその関係で杉田とも話すほう。しかし、吉田と西村と林のトライアングルは意識すれば少し入りずらい雰囲気だった。二人は一年生の中心であるためにまだ話す機会はあったが、林とは疎遠になっていた。


「そういや、こうやって話すの初めてじゃない?」

「あー、そうかもそうかも」


 すんなりと事実を認めて話の取っ掛かりを掴む。ここで話すようになれば一年生全員はまとまるはずだった。と、その後の会話をどうしようかと思案してると離れた場所から豪快な声が聞こえてきた。


「おおー! 吉田! 久しぶり!」


 言葉の中の苗字からも、自分たちに向けられたわけではないのにはっきりと聞こえる。よほど大きな声だったのだろうと武と林は視線を向けた。

 二人の視線の先にはコートのラインを張り終えていた吉田と西村。そして、その二人に歩み寄っていく大柄な男がいた。縦にも横にも大きなその男は、吉田の前に立って話し始める。呼びかけた声とは違って武達には内容は聞き取れない。


「あれ、誰だろ? 同じ学校?」

「俺は知らないから……多分バドミントン関係だろうな」


 林も知らないとなると同じ小学校という選択肢は消える。男は豪快に笑い、吉田もそれほど大きくはないが笑っている。なかなか親しげな雰囲気。


「吉田って地区一位だったし、バドで知り合い多そうだな」

「本当。それに父親がバドミントン協会の役員だし」


 林と話を続けるために呟いた言葉だったが、意外な事実が返ってくる。林のほうへと向けた自分の顔。口を大きく開けた自分の顔がやけに変に見えているだろうと思いつつも、塞がらない。


「ま、まじ?」


 ようやく言えたのはその一言。林もその驚きは想定内だったのか、武の顔には反応せずに更に続けてくる。


「父親も全国で結構有名だったらしいけど。それで吉田も小さい時から鍛えられていたそうだ」


 改めて武は吉田を見る。小学生の時に開いた差というのは、そもそも取り巻く状況が最初が違ったかららしい。しかし、それまで吉田に抱いていた尊敬の念が少しだけ薄れる。


(そんな状況って、結構大変そうだよな……)


 その道で有名な父親。その下で同じ道を行く。おそらく好きだから続けているのだろうが、武が負う事がないストレスを味わっているのかもしれないと考えた。


「いろいろ大変みたいだよ」


 内心を読み取ったのか、林が呟く。そのまま、武は頷いた。



 * * * 



「しゃぁああ!」


 弾丸のような鋭さで、コートにシャトルが突き刺さる。遅れて届く咆哮に、相手選手が顔をしかめるのを武は見た。審判がスコアを読み上げる。14対7。団体戦の、決勝にも関わらずダブルスの二試合も圧勝であり、今行われているシングルスもすでにワンセット取っていた。


「桜庭さん! ラストでーす!」


 すでに女子のほうは優勝を決めて、男子の応援へと来ていた。同年代はもちろん、一、二年の女子部員もシングルスで戦っている男子部長、桜庭克巳に視線を注いでいる。

 すらっとした長身に甘いマスク。けして筋肉質ではないのに、得意技であるスマッシュを打たれて取れた者は団体戦で対戦した相手の中にはいない。


「一本!」


 高く上がったシャトルは正確に相手コートの奥へと吸い込まれ、ハイクリアで返されても十分の余裕を持って下に――少しだけ後方へと回りこむ。

 両膝を曲げ、勢いをつけて飛び上がった桜庭は思い切りそらして得た背筋力を利用して弾丸スマッシュを放つ。

 コートの外から見ても、その速度は尋常ではなかった。

 体に負担がかかるジャンピングスマッシュ。武ならば数度しただけで体力が切れるであろうそのテクニックを、桜庭は二度の団体試合を通してすでに何十回もくりだしていた。

 結果、何十度目かのスマッシュは一撃で相手コートに沈み、試合は終わりを告げた。


「フィフティーンセブン(15対7)マッチウォンバイ、桜庭」


 審判のコールと相手との握手。全てが終わり、桜庭を中心とした円ができる。武達一年は二、三年生で構成されるその輪を外から眺めている。


「やっぱり凄いねー」


 いつの間にか武の傍に寄ってきた由奈に、頷くだけで返す。それほどまでに、今まで繰り広げられていた桜庭の試合が衝撃的だった。


「……世の中広い」


 それだけ呟くと、由奈が口元に手を当てて笑う。


「まだ地区予選だよ。もっともっと広いよきっと」

「そうだよな。よし! 個人戦も見て技術吸収してやる!」


 そう言って勢いよく立ち上がると、武はフロアの外へと走り出す。由奈は首をかしげて行方を見ていたが、武は行き先を告げる気にはならない。

 試合を見ている間中我慢していた、トイレへと走っているなどと。


(試合終わったら一気にきたな)


 我慢しながらドアを出た瞬間、巨大な身体とぶつかった。 

 武がぶつかったのは、先ほど吉田と西村に話し掛けていた男だった。近くで見ると更に大きく、肩幅背丈共に武が中に入れそうなほどだ。すぐにどければ良かったのだが、体躯をじっと見つめてしまう。案の定、相手は動かない武を見下ろして眉をひそめた。


「何?」


 低めの声が響く。少し突き出された腹が声を増幅させるのか、武は身体が震えるような気がした。実際、微かに震えていたのだろう。一歩後ろに下がり、道を開ける。


「吉田とかと、友達なの?」


 そのまま無言で通り過ぎさせても良かったのだが、その言葉は無意識のうちに付いて出た。挨拶の声が大きく、話の内容が聞き取れなかったことが脳裏に引っかかったのかもしれない。


「ん? もしかして、浅葉中?」

「あ、うん。同じ一年」


 そこまで言って武は顔が熱くなる。同じ一年というのは別に言わなくても分かるだろう。背丈からも話し方からも先輩には見えないはずだ。そこに突っ込まれることはなかったが、顔は少し笑いに歪んでいた。


「俺、刈田篤。小学校からやってるんだ。そっちは中学から?」

「んー」


 相手が嫌味ではなく、本当に自分の存在を知らなかったと分かるから武は言いよどんだ。だが、隠すこともないと吉田達とダブルスをした頃から決めていたことで、息をすっと吸って答える。


「俺も小学校からだよ。一年から」

「へー。じゃあ、大会で会ってたかもな。よろしく」


 差し出された大きな手を握る。さほど意識したわけでもないのだろうが、その力は強く武は顔をしかめる。武の表情に気づくことなく刈田は去っていった。そこで収まっていた尿意が甦る。


(なんて存在感だ……同じ一年か本当)


 武は身震いしてからトイレへと走って行った。

 刈田篤。後にライバルの一人との、初めての出会いだった。


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