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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
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第075話

 団体戦、一回戦第二試合が浅葉中の出番だった。出場校は六校。第一シードである滝河二中は一回戦を飛ばして準決勝。浅葉中と第三シードである杉山中との試合の勝者と対決することになる。


「よし。オーダーだけど」


 金田が差し出したオーダーを見て、武は驚いた。あまりに大きくリアクションを取ってしまうと相手チームに疑われてしまう。すでに自分達はコートへと降り立ち、互いにオーダー用紙を交換するだけとなっている。相手である杉山中の面々は武達を見て――睨んでいる。


「相沢。これでいいか?」

「は、はい」


 反対できる空気ではない。また、特に反対するオーダーではない。相手の中学の情報を知っている庄司と金田達二年が組んだのだから、おそらく最善の手なのだろう。


「一つだけ、言わせてほしい。地区大会と違うオーダーになったのは、俺の判断だ。金田の思いも分かるが、それを否定したことになる。文句は俺に言ってほしい」


 庄司が一言告げてくる。その口調からもこのオーダーを出すのにどれだけ悩んだのか誰もが感じ取れたはずだった。武達や、阿部達も。だからこそ、誰も口にしていないのだろう。


「俺達は」

「俺達で勝つだけだ。そうだろ?」


 武の様子を見て気を紛らわせようとしたのか、吉田が肩を叩く。それに対して最後まで言わせずに武は笑って振り向いた。その顔に気負いはない。かといって相手を見くびっているわけでもない。出来るだけ相対する相手の力を真正面から受け止めようとしているのが吉田にも分かったらしい。


「そ。実力が足りなければ負ける。足りていれば勝つんだから」

「そこまで行くのにどれだけ悟り開くわけ?」


 武が笑って吉田の背中を叩く。かすかに震えている手を感じて、吉田は武へとまた口を開いた。


「相沢。無理矢理押さえつけるなよな。緊張するなら普通に緊張すればいいし」

「うん。了解」


 ふっと、武は気が緩む。吉田に言われたように、緊張はやはり取れていない。吉田が言うことは理解できるが、それを実践するのは難しい。それでも南地区での大会時よりははるかに身体が軽く感じていた。


「よし、勝つぞ。第二ダブルスで」


 金田がオーダー用紙をもらってくる。それを見ると第一ダブルスにエースダブルスを置いていた。またシングルスは個人戦で第二シードに書かれていた男。


「第一ダブルスを俺と笠井が取る。シングルスは悪いが捨てだ。第二ダブルスを取れ」

『はい!』


 武と吉田が同時に答える。

 第一ダブルスは金田と笠井。

 シングルスが阿部。

 そして第二ダブルスが武と吉田。

 地区大会とは違い、ダブルス二つで取りに行く作戦に相手はどう思ったのか武は気になったが、おそらくは吉田の言うように自分達の勝利の図だけを考えているのだろう。


「金田さん、笠井さん。ファイトです!」


 試合のコールをされてコートへと歩いていく金田達に声をかける武。それに微笑んで笠井が手を振り、金田は振り向かず片手を上げただけ。その背中には頼もしいものがある。第一ダブルス同士の対決。ここで先勝すれば精神的にも優位に立てる。金田はそこを分かって、あえて外さず真っ向勝負を挑んだのだ。勝てる自信はあるのだろう。だが、全地区大会の一回戦という場で緊張はしないのだろうか。


「金田さんも全道経験者だからな。そこらへんは自分なりのリラックス法を持ってるんだるさ」


 改めて金田を見てみると、ラケットのグリップを軽く回しながら笠井と会話している。特にいつもと変化は見られない。すでに精神を安定させているんだろうか。


「勝ち続けるってことはプレッシャーが重くなるってことだ。自分が倒してきた人達のために簡単に負けられないって思って自分に気合入れる人もいれば、そういうの関係ないってプレッシャーを感じない人もいる。どっちの考えも正しいと思う。だから、相沢は相沢なりの方法を見つけなよ」

「吉田はどういうのなんだ?」

「相沢は?」


 質問を質問で返されたが、武はその問いを考える。自分ならば、どう考えるか。

 ここに来るまでに倒した相手。明光中の大沢・高見。そして翠山中の藤本・小笠原。二組との試合を思い浮かべ、その先にいる自分を考える。


(そうか。きっと大沢さん達や、藤本達もここに来たかったんだよな)


 言うなれば、それを邪魔して今ここにいるのだ。そしてそれは自分の努力の成果でもある。

 他者を蹴落とさなければいけないスポーツの宿命。それは他校だけではない。同学年の橋本達も団体戦に出たかったかもしれない。同じ学校内でもこうして振り落とされている者がいる。

 そう考えた時、武の中に生まれたのは。


「どうしてだろうな」


 その呟きに吉田は首をかしげる。自分に向けて発せられたものではないのか、そうではないのか判断がつかなかった。だが、武は吉田へと顔を向けて笑う。


「プレッシャーに弱いかなと思ってたのにさ。いろんな人に勝って来たと思ったら、気合入ってきた」

「……そういうもんだよな」


 軽く武の肩を叩いてから吉田は目の前の試合に視線を移す。武もまた、金田達の雄姿を見るべく顔を向けた。

 金田達のサーブからファーストゲームがスタートした。ショートサーブでシャトルはぎりぎりネットの上を通っていく。しかし、そこにラケットを突き出した相手はプッシュで金田の顔の横へとシャトルを弾き返した。

 後ろに構えていた笠井が上げて、二人は横に広がる。相手のスマッシュが鋭く入るも、笠井がまた跳ね返す。


「スマッシュ、速い」

「ああ。あとネット前も強いな。あのサーブをプッシュに持っていけるのはよっぽど技術ないと」


 金田達はスマッシュを打ち返しながら反撃のチャンスを狙っているらしい。それを相手も分かっているのか、前にシャトルを落としてきたならばすぐ叩くと言わんばかりにネット前に張り付いている。攻撃を後ろに完全に任せているのか、後衛の移動力に信頼を置いているからか。


「あれだけ前に集中されたら、上げ続けるしか……」


 武がそう呟いた瞬間だった。金田が一歩前に出て、スマッシュリターンをカウンターで捉える。弾道はドライブ気味となり、前衛が横っ飛びで追いついてプッシュを決められた。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」


 打ち込まれたシャトルを笠井が拾い、相手に返す。その表情に悔しさはない。


「五点まではさぐりの段階だしな」


 吉田や他の部員達もまだ冷静だった。それでも武は嫌な予感を棄てきれない。


(探ってみて、かなりきつい相手ってことが分かったんじゃないかな)


 今のドライブに追いつき、更にプッシュを放てるのは絶妙なラケットコントロールの成せる技。ぎりぎりの攻防を身体で覚えている――厳しい試合慣れしている証拠だった。


「相手のダブルスは正直、強い」


 庄司が口を開き、皆の意識が集まる。


「金田達でも勝てるか分からない。だが、シングルスよりは勝率が高いからこそ、このオーダーにした。吉田達も見ておけ。あれくらい出来なければお前達も勝てないぞ」


 相手のファーストサーブを金田がプッシュする。シャトルが上がり、笠井がスマッシュで相手二人の間へとシャトルを放った。ここまでは先の展開と同じ。しかし、すぐに相手はネット前へと落としてきた。


「はっ!」


 勢いよく飛び込んだ金田がプッシュでシャトルを沈める。


「セカンドサービス。ラブオール(0対0)」


 相手がやったことをそのまま金田が返す。相手もまた戦力を測っているのだろう。セカンドが放ったのはロングサーブ。笠井が滑らかに後ろへ移動し、スマッシュを左サイドぎりぎりへと打つ。

 相手はアウトと思ったのか、打つモーションを途中で止めて見送った。シャトルはラインの上へ落ちてサービスオーバーとなる。


「相手、なんて名前?」


 武に尋ねられた吉田が、オーダー用紙を手に取ろうとする。そこで庄司が口を挟んだ。


「大塚と神谷。去年、全道で八強に食い込んでる。この地区では前年個人戦二位だ」

「全道八強って……凄く強いじゃないですか」

「だからこそ、そこを倒さなければ個人戦でも確実には行けない。三位までが全道大会だからな」


 全道という言葉が武に重くのしかかる。金田達の強さは分かっている。それだけに、全地区での優勝がどれだけ厳しいかということも理解できた。あれだけ強い彼らが必死に相手の長所と短所を探り、試合を進めていかなければならないのだから。

 探りあいというのは間違っていなかったらしい。序盤の五点がかなり遅い。今回はもう十五点で三ゲーム。長引くところは長引く。


「ポイント。スリーオール(3対3)」


 三点を取るのにサービスを四回入れ替わっている。武が小谷の付けていたスコアを見ると、同じ数値の行進が続いていた。すなわち、サーブ権は移っても点はお互いとっていない。


「そろそろ動きそうだな」


 小谷は呟いてシャープペンシルを握る右手に力を込めた。その言葉の意味を武が尋ねようとした時、爆発のような衝突音が響いた。


「ポイント。フォースリー(4対3)」


 一瞬、コートから目を放した隙に得られた得点。武の目に飛び込んだのは、スマッシュの体勢から戻って拳を握る金田の姿。その時、武に風船が割れたかのような錯覚が起こった。空気で膨らみすぎた風船が、爆発する音とスマッシュの衝突音が被っていた。


「しゃ! 一本!」


 それまで沈黙していた金田が吼える。相手の部員も合わせて、完全に戦闘態勢に入ったことを悟る。それは大塚達も同じ。


「ストップ!」


 武にとっては異常なまでに変わる空気。熱く吼える競技者達とは裏腹に、冷え込んでいくように武は感じていた。

 金田のスマッシュによって幕を開けたかのごとく、試合展開は一気に加速していく。サーブをプッシュで叩かれ、それを笠井が上げるとスマッシュが当然のごとく襲う。金田が威力を殺して前に落としても素早く前につめてきた大塚によってまたプッシュ。前にいた金田のバックハンド側を的確に狙ってきたが、伸ばしたラケットフレームに当たって相手コートにぽとりと落ちた。


「ポイント。ファイブスリー(5対3)」


 一点を取るまでに繰り広げられる、圧倒的な速度を持つ展開に武は瞬きと息を忘れた。審判が得点を告げたところで開放されて息を吐く。


「運はこっちに来てるみたいだ」


 阿部はそう言って立ち上がると身体を動かし始めた。今回はある程度時間が経ってからシングルスを開始するプログラムらしい。いわゆる「捨て駒」として戦いに行く気持ちはどうなのかと武は思った。


「おう? 相沢。お前、俺が捨て駒だと思ってるな?」

「え、あ」

「顔に書いてるぜ~。お前、素直だもんな」


 特に気分を害した様子もなく、阿部は笑っていた。武はその心情が分からず答えられない。


「あいつらが勝てないなら俺らは勝てないだろ。なら、捨て駒は捨て駒らしく気楽に試合に臨むだけさ」

「でも、それじゃあ……」


 阿部の姿勢が分からず、武は怒りにも似た感情が芽生える。自分が何とかしてやろうとは思わないのか。それは不真面目なのではないかと。武のその感情が顔に出ていたのか、阿部はまた笑う。どこか意味ありげなそれに武はまたどうしていいか分からなくなる。


『試合のコールをします』


 試合を告げるコールが流れ、阿部は隣のコートへと向かった。その背中に思わず声をかける武。阿部は振り向いて言った。


「自分の実力以上のものが出るなんてそうはないさ。試合になって内なる力が目覚めたー! なんてことないんだから。勝てるってのは偶然じゃない。だから気楽なんだよ。相手よりも強かったなら勝てるし、強くなかったら負けるんだから」


 いつも笑顔の印象しかなかった阿部が、その言葉を話している時は真剣そのものの顔をしていた。武は何も言えずただ聞くだけ。それでも意味は理解できた。そして言葉の裏にある思いも。


「阿部さん」

「ん?」


 話を終えて背中を向けようとした阿部に、武は言った。


「勝ってくださいね」

「ただ負ける気はないよ」


 力強い言葉と共に、阿部は試合へと向かった。

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