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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
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第070話

 金田の猛攻は止まらなかった。体力が目に見えて落ちてきた刈田のスマッシュは取られ、逆に後半になって力を増していく金田のスマッシュが次々と決まっていく。誰の目にも敗者は明らかだった。


「ポイント。フィフティーンシックス(15対6)。マッチウォンバイ、金田」


 最後のスマッシュも刈田の左わき腹を抜けてコートに落ちた。審判のコールの瞬間に金田は右腕を掲げて短く叫ぶ。その動作に呼応するように浅葉中の部員達が歓声を上げた。


「優勝だな」

「おう」


 その中で武と吉田は平静を保っていた。心の内から込み上げる思いは勿論ある。それでも、先ほどの試合後ほどの興奮は無い。


「なんだろう。嬉しいんだけど、さっきより嬉しくないっていうか」

「まだまだゴールがここじゃないってことだろ?」


 吉田に言われると武も心のつかえが取れたようになる。自分でやり遂げた、藤本達からの勝利と優勝を決めた金田を横から見てること。

 どうせならば、自分達が優勝を決めたかった。


「今後もあるかもしれないし、来年もあるだろ」

「でも俺らが先に試合やるなら、俺達が先勝上げることはあっても……」

「金田さんが先に勝つことも十分あるよ。相手が弱かったり、俺達の相手が強かったりして」

「なるほど」


 結局、自分達にできるのは勝つことだけだと吉田の言葉で結論付けられる。握手をして帰ってきた金田に群がって優勝を祝うために、武は駆け出した。その後に吉田もついていく。

 すでに阿部と小谷が金田の頭や背中を叩いて手荒な祝福をしていた。

 武達が試合をしていたコートで行われていた試合は金田の勝利と共に終わっている。スコアを見ると、四対一。


(やっぱり、金田さんが勝たないときつかったかな)


 まだ序盤だっただけに覆されることもあるが、そう簡単に勝てる相手ではないことは十分知れた。優勝の気分が一瞬だけ暗くなる。


(来年はきっと、こうはいかないだろうな)


 金田という絶対的なシングルスの柱が抜けた後の団体戦を考えて、武は少しだけ未来に思いをはせる。来年の団体戦は間違いなく今の二年生が主体となる。自分と吉田がダブルスならば、他の二つはどう勝つのか。


(……それも来年になったら考えること、か)


 今はただ、優勝の喜びを。次の大会もまた同じ思いをするように進むこと。それを心に決めて、武ははしゃいでいる皆に合わせて騒いでいた。


 * * *


 団体戦の表彰は個人とまとめて行うため、会場の空気はすぐに個人戦へと移っていく。武達優勝メンバーはまだしも、先に負けた学校の部員達はすでに個人戦へと意識を移していた。団体戦を終えて空いたコートに滑り込むようにして基礎打ちを始めていた。それは浅葉中の一般部員も変わらない。応援に溜まったフラストレーションを開放するかのように打っていた。


「団体メンバーはとりあえず体力を温存するんだ。一回戦から試合がある者はこの中にはいない。他の部員の応援も大事だが、自分の体力と相談するんだ」


 庄司はそう言って男女の団体メンバーに言い聞かせると、フロアへと下りていく。個人戦から参戦する部員達に個別にアドバイスをしにいったのだろう。降りた時に最も傍にいた林と橋本にシャトルの打つ打点を教えていた。

 その光景を椅子に座って眺める武や吉田、他の三年生達。


「お疲れ様」


 声に振り返ると早坂がペットボトルを差し出していた。フロアから出たところの自動販売機から女子が優勝した後に買ったのか、表面は汗をかいていた。それでもちょうど喉が渇いていた武には十分なもの。


「サンキュ」


 手にとってキャップを勢い良く開けると一気に胃へと流しこんだ。その様子を眺めながら吉田は嘆息しつつ言う。


「あんまりすぐ飲むと腹が冷えるぞ?」

「ぬぐっ……あ、だから温いの渡してくれたのか」

「ま、そうね」


 武に頷いてから早坂は離れていった。歩く先には由奈と若葉が打ち合っているコート。これから個人戦ダブルスが始まる。二人はすぐに試合に出られるよう予め予定されたコートで基礎打ちをしていた。


「よし。俺も応援行って来るわ」

「早坂と二人で?」

「よしだぁ。お前まで冷やかすのかよ」


 武はわざとうんざりしたような声で言ったが、吉田は表情を崩さない。そこに真剣さを感じ取って武は表情を引き締める。


「誰が本命か、は聞かないけどさ。はっきりさせておかないと誰かが傷つくぞ?」

「……例えば?」

「早坂とかな」


 まさか、と言おうとしてやはり吉田の顔に口を閉ざす。早坂が実際に武をどう思っているかは別として、吉田は武の態度がいつか彼女を傷つけると思っているのだ。嘘か真かは二の次で、今は真剣に武へと言ってくる吉田へ返さなければいけない。


「ああ。気をつけるよ」


 それが今の武に言える精一杯の言葉。短いながらも通じたのか、吉田は椅子から立ち上がって武から離れていった。


「あいつの浮いた話って聞かないよなぁ」


 小さく呟いても、誰の耳にも届かない。あれだけ強ければ小学生の時に女子の目に多く留まったはずだ。それとも坊主頭が魅力を中和していたのか。


「ま、いいけどさ」


 第一は試合に勝つこと。色恋沙汰はいつか聞くことにしよう。そう決めたところでコールが響く。最初に出番があるのは若葉と由奈だった。武も傍で応援するために歩き出す。


「よう、相沢」

「ん? あ、刈田」


 後ろから届いた声に振り返ると、刈田が手を上げていた。進行方向は同じ。武と同じように若葉達の応援にいくのだろう。正確には、若葉のだ。


「若葉さんは勝てそうか?」

「んー。どうだろ。俺って若葉の実力ってあまり分からないんだよな」


 スマッシュは苦手だとは分かっていたが、他に何が得意で、今の実力はどれほどのものかということは分からなかった。しかし、三年にもまだ部員がいるにも関わらず試合に出ているということは、それなりに強いのだろう。もしかしたら、数組出ているうちの最下位かもしれない。結局、考えても架空の話で落ち着いてしまう。


「それにしても、金田さん相手によくやったよな。吉田、悔しがってたよ」


 詰まってしまった会話に居心地の悪さを感じたため、武は話題を変えた。先ほどの試合結果。ともすれば今以上に険悪になるかもしれないのに。案の定、刈田は不機嫌な顔になって意識を少し回想へと向けた。


「悔しいのは俺のほうだよ……金田さんに勝ててたら団体戦は優勝できただろうに」

「第二ダブルスもうちはそう簡単には負けなかったよ」

「でも勝てた」


 その自信はどこからくるのか、と武は考える。答えは彼らに付いたコーチの力だろう。


「来年は、俺達の時代だぜ」


 返答はしなかった。ちょうど若葉達のいるコートの真上にたどり着いたからだ。試合は始まっていて、若葉のショートサーブから相手がシャトルをロブで上げている。


「一本です!」


 武よりも先に刈田が言った。横目で見ながら、武は先ほどの返答を頭の中で考える。

 来年の戦力。浅葉中は武と吉田。おそらくは竹内と田野は第二ダブルスで入る。ならばシングルスは、杉田だろうか。橋本と林のダブルスも捨てがたい。

 それでも、あの藤本達が二年になった翠山中に勝つのは難しいだろう。


(今のままならな)


 頭を過ぎった考え。武は自然と頬を緩ませた。確かに今考えても仕方が無いことだった。今の実力でメンバーを組んで勝てないのは分かった。しかし、いつまでも今の実力ではないことも武は知っている。知っているはずだった。


「一本!」


 刈田に負けずに若葉達へと声をかける。後押しされたかのように由奈のスマッシュが相手コートに決まった。やった、と呟いて若葉とハイタッチする由奈の手には、スマッシュ重視のラケット。一年の時に武と共に行ったスポーツショップで買った物。


(あのラケット使えてるじゃん)


 自分と同じくスマッシュを武器に攻める由奈と、返されたシャトルに合わせてラケットを当てるだけで前に落としていく若葉。ただ触れるだけで完全に威力を殺すために相手は上手くヘアピンを打つか、ロブを上げるしかない。後者は、由奈にスマッシュを打たれてループに陥る可能性が高く、前者は成功率が低い。よほど実力差が離れてなければ負けることはありえなかった。


(実力差が、離れて無ければな)


 今回勝つと、次の相手は第一シードだった。さすがに今の若葉達にはきつい相手だろう。それでも応援する気持ちは変わらない。相手が強くても挽回する手などいくらでもあるはずだった。


「強い相手をどう攻略するかもバドミントンだからな」


 自分の心の中を読んだかのような刈田の発言。どきりとしつつも、何故出たのかを考えて、目の前の試合に意識を戻した。由奈のスマッシュに対して今までよりも一歩前に出てレシーブをし始めていた。それでもネットにぶつかり境界線を越えることはない。結局、一ゲーム目は十一対六で由奈達が制していた。


「より早くタッチしていけば、タイミングとコツを掴めばネットをドライブ気味に越えられる。なら、スマッシュも出来なくなる。川崎のスマッシュは少しでも体勢が崩れたら威力失うしな。そこがお前と違うところだろ」

「俺は強引にパワーで持っていくしな。刈田のように」


 同じスマッシャーとしての会話。同じ部活の中では金田くらいしかおらず、武は会話を続けることが純粋に楽しかった。

 その後、相手のカウンター作戦は実らないままで由奈と若葉が押し切った。


 * * *


 団体戦が終わった後の試合進行は早く、武達のような団体戦組も徐々に個人戦へと突入していた。特に熱気が伝わってくるのは男子ダブルス。第一シードの金田・笠井組を倒すために他校の選手達はかなり闘志を燃やしている。その中には無論、武と吉田も入っていた。


「っしゃ!」


 武のスマッシュがコートへと落ちて、審判がゲームセットのコールを示す。第三シードとして始動した武と吉田は危なげなく二回戦を突破していた。タオルで汗を拭きつつフロアと客席を分ける柵を超え、手近な椅子へと座る。試合まで間はあるが、一度自分達の場所まで戻ることで集中力が切れることを二人は拒んだ。


「先輩だろうと負ける気はないしな」


 試合が続くコートを眺めながら吉田はそう言って笑い、スポーツ飲料を飲み干す。それがすでに二杯目だと武は気づいていた。いつも以上に水分を取っているのは、会場の熱気だけではなく一戦ごとの緊張からくるもの。武もまた、いつも以上に飲み物に頼っている自分を感じていた。


(でも俺も負ける気は無い。頑張って、上に行くんだ)


 上。小学校の時には考えもしなかった世界。一歩ずつ階段を昇っていく自分を想像し、気合を入れなおす。次の相手も上級生だ。自分達の年代で一回戦を突破した者は安西・岩代達だけ。林と橋本も一回戦で敗者審判をすることになった。あの翠山中の一年達も、フルセットの末に三年のダブルスに破れていたのを見て、武はやはりまだ上級生に勝つことは大変なのだと知った。

 女子も由奈達は二回戦で負け、残っているのは早坂のみ。三年もシングルスで一人。ダブルスで一組だった。


「お疲れー」

「調子いいじゃん」


 シャトルとスコアボードを運営本部に返しに行っていた橋本と林が戻ってきた。全く疲れは見えず、しかし顔は清清しさに満ちている。


「俺らの出番はもう終わったから、あとはお前らの応援しまくるよ」


 橋本はそう言って座っていた武の背中を叩く。それが空元気なのか武には分からない。それを追求しないことも優しさなのかもしれないと武は思い、特に言うことはない。吉田を見ると大人しく林に肩をもまれていた。


「それにしても、何で金田さんってダブルスなんだ? シングルスでも市内じゃ敵無いのに」


 橋本の問いには答えられないが、武も同じ疑問を持っていた。部活中も対戦していたが、金田はどちらかと言えばシングルスプレイヤー。ダブルスに出ると聞いて武はひそかに驚いていたのだ。


「金田さんの試合、始まるぞ」


 吉田の言葉に他の三人も意識は金田と笠井がいるコートに集まっていた。

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