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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第007話

 吉田の顔ではなくシャトルに意識を集中する。打つ瞬間を見定めようと高まるそれは、周りの音を遮断する。自分の息する音だけが体内を回っている。

 頭から足先まで数秒で循環していく意識。研ぎ澄まされ、シャトルが目の前に近づいてくるような錯覚に陥る。


(タイミングだ。全ては)


 自分に言い聞かせると同時にゆっくりと吉田のラケットが動く。ラケットヘッドがシャトルに当たり、弾かれた瞬間に武は前へと飛び出していた。

 ネット前に浮くシャトル。これまで武達は前に詰めることを諦めて高く飛ばしていた。だからなのか、いつもならぎりぎりを飛空するはずのシャトルは微々たる物だが、ネットから離れていた。

 思い切り前に右足を踏み込み、武はネットにラケットヘッドが触れないよう弾くように叩き、相手コートにシャトルを叩き込んでいた。その速さに反応できず、吉田達はどちらも立ったまま。


「よし!」

「セカンドサーバー、ナインラブ(9対0)」


 ガッツポーズを思わずする武。一方シャトルを拾い上げて、西村はラケットで軽く吉田の背中を叩く。それが「気にするな」というサインであることは、吉田が「すまん」とすぐに謝ったところからも想像に難くない。その光景を見て素直に武は良い、と感じた。二人の信頼が垣間見えたから。


(勝ち進んできた二人ってこういうものなんだろうな)


 そう思うと、燃え上がっていた闘志が少しだけ萎えた。二人の間にある絆は、一足す一が二以上の力を生み出す。単純な実力差だけではなく、もっと大きなもので、自分と彼らの間は隔てられている。


(くそ……)


 それは今、この時に気にするようなものではなかった。だが、集中が切れる一瞬。気づいた時には橋本が上げたシャトルがそのまま返されていた。


「ポイント、テンラブ(10対0)マッチポイント!」


 時間で言えばほんのわずかなもの。だが、その時間は吉田達が付け込むには十分だった。

 あと一点で負けるという重圧が一気に武の肩にのしかかっていた。


「相沢。ストップ」


 橋本の声に武は我に返る。慌てて構えるも、サーブを打とうとする西村が大きく見えて体が硬直する。体格は明らかに武のほうが大きいというのに。


(おんなじこと……繰り返すか!)


 さっきまでの雑念を振り払い、武は一度思い切り息を吐いた。硬直していた身体が一気にほぐれ、力をほどよく抜いてからしっかりと構えた。

 西村の顔に浮かんでいた笑みが消える。十点目の時に浮かべた笑みが。


(ただでは負けないぞ)


 なんとしてでもサーブ権を取り返す。武の頭の中はそれで一杯になる。吉田のサーブを叩き落した時のように、ネットすれすれの部分に意識を向ける。

 だが、西村は平然とロングサーブを打ってきた。


「うわ!」


 思わず声を出して後ろに跳ねるように飛ぶ。飛距離が短いため追いつくことは出来たが、弾道が低かったことで身体を低くして強引にラケットを振りぬく。真上から振り下ろしたが、ドライブ気味になってシャトルが飛んでいく。

 前には吉田が詰めてラケットを上げていた。


(駄目か!)


 吉田のラケットが振りぬかれ、シャトルを叩く。だが、橋本が飛び込むと同時にバックハンドで振りぬいた軌道にシャトルがちょうど吸い込まれる。結果、カウンターのようになってシャトルは吉田達のコートへと上がる。


「橋本!」


 よくやった、という言葉を省略して武は右側へと移動する。橋本は体勢を立て直してそのまま後ろに下がり、サイドバイサイドの陣形を作る。一方の吉田達は西村が後ろへと回りこんでスマッシュを放ってきた。

 試合の間に何度と無くエースを取られた軌道。武の左肩へと飛んでくる。

 ここに来て初めて、武はその軌道が『見えた』


「はっ!」


 正確に、武はラケットでシャトルを跳ね上げていた。

 絶妙のタイミングで跳ね上げたシャトルは相手のコート奥深くへと進む。スマッシュを打ったタイミングから、自分ならば追いつけはしないと武は思った。しかし、武の視線に映ったのはすんなりと落下点に身体をスライドさせてくる西村の姿。体格の小ささからか移動スピードはやけに速く、そしてスマッシュは反して力強かった。


(最良の手でも、届かない!)


 武が体勢を立て直した瞬間に迫るシャトル。ラケットの握りをバックハンドに切り替えて胴体めがけて飛んできたシャトルに対抗する。だが、苦手とする握りで力を伝達できず、打ったシャトルはコートの外へと飛んでいった。


「ポイント。イレブンラブ(11対0)。マッチウォンバイ、吉田・西村」


 笠井が特に感情を挟むことなく結果を告げる。武の頭には一気に罪悪感が圧し掛かった。一点も取れなかったのはまだしも、十点目をとられる時に集中していればサーブ権を取り返せたかもしれない。最後のシャトルをちゃんと返せていれば試合は続いていた。

 仮定の話だが、けして抗えないものではなかったと思うと武の視界は暗くなる。


「握手しようぜー」


 それでも、橋本は特に残念なそぶりも見せずに武を即する。それが自分を励ましているのではないことを、武はすぐに気づいた。特に勝敗に頓着していないのだ。

 実力が無いという事実を受け入れずに、熱くなっていただけなのだと武は改めて思い知る。早足でコートの前に歩いていき、差し出されていた手を握る。


「ありがとうございました」


 四人がほぼ同時に言葉を発して、コートを去る。ドア側に近かった武の後ろから吉田が声をかけてくる。


「もう少し慣れたら、もっといい勝負になるよ」

「……さんきゅ」


 吉田が自分を誇ろうとして言った言葉ではないと、武には分かる。客観的な実力の差を分かった上で分析している。それほどまでの余裕を与えていたということは、それだけ武と橋本に実力がなかったということだ。

 でも。

 それでも。


(足が、ふらつかない)


 シングルスとダブルスの違いとはいえ、二週間前は動けなくなっていた足。今は、だるいもののふらつくことなく歩けている。

 それは、確かに進歩した証だ。


「がんばるさ」


 吉田達に聞こえたかは分からない。どちらでもよかった。

 上を見過ぎず、少しずつ前に進もうと、武は決めた。



 * * * * *



「あれ? 武一人?」


 後片付けが終わって武が自転車乗り場にいると、後ろから聞きなれた声が追いかけてきた。特に振り向く必要性も感じず、武は言葉を返す。


「あー。橋本も用事あって帰ったしな」

「由奈ちゃんは?」

「早坂と帰った。って、なんでそんな疑問形?」


 言葉に含まれた疑問符が気になって、武は自転車の鍵を開けてから顔を上げる。思ったよりも傍に妹の若葉の姿があった。同じ双子なのに男女で動作に違いはやはり出るもので、自分と同じ動作でも若葉のほうが『すらり』として見える。


「? どうしたの?」

「なんでもない」


 まさか妹の動作に見惚れていたとは武には言えなかった。変な意味での視線ではなかったが、気恥ずかしさと、双子とはいえ妹に何か負けたような気分になったからだ。


「早く帰ろう。腹減ったわ」

「そうだねー」


 二人とも自転車にまたがりゆっくりとこぎ出す。二週間前とは少しだけ違う景色。藍色が減り、太陽の欠片が辺りに残っている。昼と夜の境目、消えていく暖かな空気の感触を武は風とともに楽しむ。


「疲れたろ」


 部活の中で最後に見たのは息を切らせて座っている姿だったため、武は労いの言葉をかける。若葉は軽く「うん」と頷いたが、武と同じく周りの気配を楽しんでいるようだ。それに気づき、やはり双子だと思った武は口元に笑みを浮かべる。

 しばらく自転車を走らせ、信号機で止まると若葉が呟いた。


「また四人辞めたんだ」

「そうか……」


 特に言えることは無かった。若葉も何か良い言葉を待っているわけではないだろう。事実を確認しているだけで、打開策などなかった。


「辛いのは分かるんだけれど、バドミントンが広がらないのは悲しいかなと」

「女子も男子も全道狙えるレベルだからだろうな」


 浅葉中バドミントン部は地区の中でも一、二を争う実力があることは疎かった武も分かるようになった。今度の日曜日には地区大会があり、それだけに一年に関わる余裕はほとんどない。それだけに地味な基礎訓練ばかりになり、結果初心者はつまらないと去っていくんだろう。


「ちょっとだけ、思った」


 言葉を切る若葉を、無言で促す。信号機が青となり、ほぼ同時に自転車を薦めていく。


「三年になったら、もう少し初心者に優しい部活にする」

「がんばれ」


 言葉だけならあっさりとしていたが、若葉は笑った。

 素直に口に出して応援することに、特に気恥ずかしさはなかった。

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