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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
SecondGame
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第060話

 空から降る陽光は確実にその強さを増していく。天気予報で気温が二十度と言っていたのを武は思い出し、内心で「それ以上になっている」と呟いていた。それでも足取りは停滞することがない。

 目の前には川岸が。隣には大地が走っている。一週間前からの見慣れた光景。部活が始まって最初のランニング。


(大分ペース落ちなくなったよな)


 まだ他の一年と異なり、速度は上がってはいない。しかし、初めての時のように歩くことは遂になくなった。四キロという道筋に慣れたこともあるだろうが、確実に川岸の中で体力が育っていった証拠だ。


「ラストスパートー!」


 最後の直線に入り、お馴染みになった吉田の声。合わせて大地と川岸がスパートをかけ、それに武が続く。日々成長していく二人を見ながら、微笑んでいる自分に気づいていた。


(何、指導者気取りなんだ? 俺。まだまだ俺も強くならないと)


 鼓動が収まるのを確認し、武は校舎内へと入るため足を向ける。そこに、ランニングを終えようとしている女子の先頭集団が目に映った。


(早坂)


 一番前にいたのは早坂だった。武は再び高鳴った心臓を無視して、早坂から視線を外す。

 一週間前の夜に公園で出会い、次の日からは部活に出てきていた。結局、清水が落ち込んでいたのは単純な体調不良だったと若葉は言い、早坂の復帰に由奈は喜んでいた。


(なんか、あの日から顔合わせづらいんだよなぁ)


 理由はといえば、早坂の顔に見惚れたことだろうと分かっている。由奈に対する恋心は確かにある。それなのに他の女の子に惹かれたことが武の中で罪悪感となっていた。当人はそこまで形に出来ず、悶々とするしかなかったが。


(あー。なんか俺、変だよな。うん。変だ変変変!)


 心の中で呟きながら思考をバドミントン一色にする。そのまま女子のほうは見ずに玄関に入ると、一年生がストレッチをしていた。

 その数は、六名。


(やっぱり減ったな……)


 田野や竹内を除けば、川岸も含めて四人が初心者だった。武が驚いたのは、経験者があと三人いたにも関わらずいなくなっていたこと。


『中学では他の事したいんだってさ』


 前日の部活が終わった直後に、吉田が武へと漏らした言葉。出来るのにわざわざ手放す考え方を武は理解できなかった。


「なんでだろ。折角バドミントンできるのにさ」


 回想の中の吉田の言葉に、武は思わず呟いていた。それに反応したのは、その場にいない吉田ではなく、橋本だった。


「出来るからじゃないの」


 体育館の入り口から出てきた橋本は、タオルを肩にかけていた。これから休憩に行くという様子で、ちょうど呟きに立ち会ったということらしい。


「小学生の時なんて大抵はほとんど遊びだったからな。もちろん、俺達みたいに少しは真面目にやってた奴らもいるだろうし。ただ、いろいろ部活あるのに新しいこと挑戦しないのはもったいないってことなんだと思うぜ」

「確かに、なぁ」


 橋本の言うことに反論できず――そもそも反論する必要もないのだが――武はうめく。わだかまりがあるのは自分の考えと明らかに異なるからだ。一度も勝てなかったが他のスポーツに浮気をしなかったのは、やはりバドミントンの魅力に取り付かれて好きになったから。バドミントンの経験者は誰もが武と同じように考え、続けると思っていた。


「お前の考えていること分かりやすいよな」


 橋本は少し笑ってから言葉を続ける。


「バドミントンは誰もが続けてるとか思ってるなら、俺らの代でももう少しいるはずじゃん」

「あ、まあ。確かに」


 自分がさっきから間抜けな返事しか出来ていないことに、軽く羞恥を感じる。小島や安西達などの新たな強いプレイヤーに意識が向きすぎて、吉田と共に世代で強いといわれていたのが刈田しか聞いた覚えがないことに今更気づく。自分達の年代でバドミントンをしていた人数が少ないならばまだしも、思い返してみればまだ何人かは同学年がいた気がする。


「別にバドミントンだけに絞る必要もないだろ。そう思って別のにしたってことさ」

「橋本も、バドじゃない他の部活に入ろうとしたことってあったのか?」


 やけに他人の心理を言ってくる橋本に、武はそのような不安がよぎった。小学生の時から共にバドミントンをしていた男が、実は他のスポーツを考えたことがあるのかと。


「ん? そりゃ当たり前じゃん」


 何を今更、といわんばかりにあっさりと答える橋本。武は呆気に取られたが、橋本は更に続ける。


「でも俺は新しく始めるのはめんどいし、バドも好きだからな。だからやってる。好きじゃなきゃこんな疲れるスポーツなんてやってないよ。スポーツはみんな疲れるけど」


 そう言って橋本は水を飲みに歩いていった。彼に言わせれば武の質問は「何を当たり前な」と一蹴出来る程度のもの。それでも律儀に答えてくれたことに、武は気づいていた。


「は。あいつ……」


 その後姿を見ながら微笑んでる自分に、武は気づいていなかった。

 橋本を見送り、体育館の中に入るとダブルスが行われていた。三年生は第二ダブルスである小谷・阿部ペア。対するは杉田と林という武には意外な組み合わせだった。それでも、その動きは滑らかで停滞を感じさせない。


(へぇ、いつの間に)


 林がネット前に落として前へと詰めていく。相手がヘアピンを打つと更にヘアピンでロブを誘う。シャトルが上がったならば、杉田がスマッシュを打ち込み、帰ってきたシャトルを林がインターセプトする。実に堂に入ったコンビネーションに武もため息を漏らした。

 林と杉田。共に中学から始めた二人。

 林は縦の動きは苦手だが、横に強くダブルスでの前衛の動きはほぼマスターしていた。それでいて得意なショットはドライブ。その切れ味と威力は武も時に負けそうなほど。

 杉田はバドミントンに必要な要素全てをこの一年で伸ばしてきた。元々運動神経が良く、身体もある程度出来上がっているからなのかシングルスでもダブルスでも相手に合わせられる柔軟性を持っている。

 そして――


「あっ」


 スマッシュを打とうとしたのか、力強く振り切ったラケットはシャトルを捉えきれず、フレームに当たる鈍い音を響かせた。そしてシャトルはふらふらと前に飛んでいく。山形の軌道は普通ならば打ちごろのものだ。

 しかし、シャトルは相手のネットに触れるか触れないかというぎりぎりのラインで落ちていく。


「入ってるし!」


 三年の阿部がシャトルを叩くことができず、再びロブを上げた。杉田がすみません、と謝りつつシャトルに追いつきスマッシュを放つ。


(こういう運も技なのかな)


 杉田の特徴はこのフレームショットだった。意図的に出来るわけではない。元々上手くなればよほどのことがない限りフレームには当たらない。杉田の一年の成長振りならば、通常のラケットワークではまず起こらないはずだった。

 だが、一ゲームに数回はフレームにシャトルが当たり、それが相手コートに入ってしまう。武の目にはある種の技のように映っていた。


(こうやって成長するのって楽しいのに……)


 先ほどの橋本の見解が正しいと思うからこそ、落胆する。ただ、目の前でバドミントンをしている二人を見ていると、否定したくもなる。


(今の一年は全員、残ってほしいな)


 そう思っている間に試合は終了していた。号令をかけた金田を中心として部員が集まっていく。武も複雑な思いを抱えながら輪に加わった。



 * * *



 部活が終わり、モップがけが始まる。担当するのは一年生。まだ、仮入部だが二週間も経てばそれは当たり前の光景となった。

 部活に入る期限。残った六人が明日から来るかどうかは今日を乗り越えられるかで決まる。

 武は黙々と掃除をしていく一年生に視線を向けて、ため息をついた。出来れば全員が残ってほしい。そんなオーラを全身から発散させて。


「相沢。やけに暗いな」

「だってなぁ。あいつら、全員入ってほしいんだ」


 吉田に武は本音を吐露する。ちなみに武達はポールを片付け終えて、体育館の隅で服を着替えていた。ジャージから制服へと着替えて、その窮屈さに顔をしかめる。


「いつか若葉とも話したんだけれど、やっぱり初心者にたくさん入ってほしいんだよな」

「強くなるためには練習もきつくなるし、それで辞めていくのは、仕方が無いことだとは思うけどな」

「そうなんだけど」


 吉田も言葉の端々に武と同じ思いがある。しかし、力をつけるということはすなわち濃い練習をすること。濃い練習とは、初心者には厳しいものになる。無論、最初からその練習に混ざるということではないが、いつか同じレベルについていけるように意識してもらわなければならない。

 その準備期間に意識が達しなかったのならば、その者は脱落する。


「つまりは、俺の役目が大きいかな」

「吉田だけで大丈夫?」


 明日から正式に入部となれば、今度は三年生や二年ともっと混じることとなる。武もダブルスで先輩と対戦したり、同年代と試合形式で練習するなどが増えた。自分達の間では吉田という指導者がいたが、今度の一年生には同じ存在がいるのか分からない。


「相沢は心配しすぎ。何とかなるだろ、一年も」


 トイレ、と言い残して吉田が離れていく。武も自分が一年を必要以上に心配していることに首をひねった。少し肩肘を張りすぎているのかもしれない。


(決めるのは、一年か)


 二週間の仮入部。バドミントンの魅力を伝えられたか。その結果が、明日出る。

 その後、連絡事項などを聞き、解散となった。由奈と若葉は早坂の家に寄る用事があると先に帰り、武は一歩遅れて外に出た。

 自転車置き場に着いた時に武は川岸の姿を見つけた。後姿だがふらふらと動き、今にも倒れそうになっている。思わず武は駆け寄った。


「おい、大丈夫か?」

「あ、先輩。お疲れ様っす」


 笑う顔にも声にも、元気は無かった。体験入部といっても部活は同じスケジュールで行われる。それに毎回参加していたのだ。川岸の体型は少し太り気味で、とても運動に慣れているとは思えない。それだけに、毎回の参加はやる気のある証拠だと武は思っていた。


「今日で仮入部期間も終わったし、次からはもっと大変なんでしょうね」

「ああ、多分な。でも川岸なら大丈夫だよ」

「実は不安で一杯っす」


 武は自分の無神経さを呪った。疲れているところに追い討ちをかけていた。嘘でもいいから楽と言えばよかった。

 しかし、武はすぐ思い直す。


(そんなんじゃ、駄目だ。辛さが分かった上で入ってもらわないと)


 真実を隠しても意味はない。騙されて入ったとなれば、辛くなった時にすぐやめてしまうだろう。


「でも。やっぱり楽しいです。身体動かすの」


 何かフォローしようとして、川岸の言葉に武は口を閉ざす。確かに疲れは滲んでいたが、バドに対しての嫌悪感は少しもない。聞くものにやる気を感じさせる声色だった。


「俺、小学校の時は太ってたし、運動ってしなかったっす。サッカーも野球もたまに混じっても上手くいかないし。でも、それで逃げてたら仕方が無いから中学では部活に入ろうと思って。その前に相沢先輩の試合見れて、ラッキーだったっすよ」


 川岸は言葉を切り、武を真っ直ぐに見た。春の夜風が二人の間を抜けていく。風が疲れを取り去ったかのように、川岸は背筋を伸ばして言った。


「明後日からも宜しくお願いします」

「ああ」


 そこで自転車に乗り去っていく川岸を武はずっと見ていた。姿が消えるまで。


「明後日。待ってるぞ」


 武は呟きを風に流して、自らも自転車に跨った。

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