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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
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第006話

「おおおお!」


 武は最後の直線を力を振り絞って走る。後ろには大地が追走し、前には橋本の背中が見えている。先に足を弱めた橋本を追い越すようにして武と大地は走りきった。ゴールテープを切るような動作で胸を反らせる。


「タイムは……二十一分二十秒。最初の時より三分速くなったな」


 タイムウォッチを持っているのは吉田。声は武の成長を素直に喜んでいるのだろうと武は感じ取れるのだが、それに礼を返す余裕がない。心臓を落ち着かせるように何度も円を描いて歩いていた。吉田もその意味は十分分かっているのか「スコアに書いとくから」とその場を去った。


「相沢、大分体力付いたんじゃない?」

「ま、だ……二週間、だぞ?」


 息の切れ間から声を出す。それだけで武の肺は悲鳴を上げた。痛みに胸を抑える武を見て橋本は少し呆れ顔で忠告する。


「最後にあんだけ走らなきゃいいのに」

「最後だから……気合入るんだなぁ」


 先に身体と折り合いをつけた大地が武の変わりに橋本に答えた。武も首を縦に振って肯定する。橋本は「熱血だねぇ」と呟きながら玄関の中へと入って行った。残るのは二週間同じ面子。武と大地。


「落ち着いた?」

「ああ……でも体力付いてるって、感じがする」


 武が笑うと大地も合わせて笑った。元々体力がなかった二人にとって、数字に結果が現れているのは自信となっている。今のところ努力が確実に血と肉に変わっているのだと。落ち着いたこととタイムが上がっていることへの高揚感から、周りへと意識を向ける余裕が出来た。


「そういや、途中で女子もランニングしてきたけど……」


 そう言うや否や、一年女子部員達が直線をやってくる。邪魔にならないように玄関の傍に避けると、すぐ先頭集団が抜けていく。早坂や妹の若葉。そして由奈の姿がそこにあった。


「がんばれー」


 応援の声をかけてみて、自分も走っている間は返事をする余裕などなかったと武は思い返す。だが、三人は武の声に反応し、早坂以外の二人は軽く手を上げて答えた。早坂は目線を向けただけだった。


(微妙に反応されるのも困るな……)

「相沢ー、中入ろう」


 大地に即されて、武は校舎内へと戻った。一年女子の数の減少ぶりが頭に残った。


(二週間で、二十五人)


 辞めた女子の数だけ、バドミントンというスポーツに対する認識の甘さがある。初心者がやっていけない雰囲気ではないように見えることからも単純にきついのだろうと武は思う。だが、走るだけでそこまで減るとは思えず、微かな寂しさが生まれていた。

 玄関に入って、男子部員を眺める。小山は武と試合をした次の日にバドミントン武を辞めたが、他はランニングと吉田が考えた基礎訓練だけにも関わらず辞めることはなかった。少人数だけに互いを意識しているのか、腹筋などの筋力トレーニングやバドミントンに必要なフットワークを鍛える類のものなどを競いあっていた。

 二人一組でやるように吉田が配したのも手伝い、半ばゲームのような感覚で地味な練習を楽しんでいたのだ。


(指導者気質だよな)


 自分達の年代がメインになったときにはもう部長だろうと気が早いことを考えながら、武は吉田の姿を探した。だが、打ち合っているのは橋本と、吉田と仲が良いらしい林。杉田も邪魔にならない場所に陣取って二人が打つシャトルを目で追っている。大地も武の傍で「速いなー」と感心しながら見ていた。


「吉田と西村がいない……」

「あ、相沢」


 体育館の扉を開けて出てきたのは吉田だった。先ほど引いていた汗が再び噴出している。ラケットを持っていて、武には臨戦体制が整っているように思える。


「橋本も! ダブルスの試合するってさ」

「……ダブルス? 誰と?」


 聞かないでも分かることではあったかもしれないが、武はあえて聞いた。橋本もあっけに取られて吉田を見たまま。


「俺と西村。相沢と橋本で」

「いや無理だって」


 即座に武は否定していた。吉田と西村は地区のチャンピオンであり、自分と橋本は一回戦負け。実力の差は明らかだ。二週間の間に一通りの組み合わせでシングルスを行って分ったのは、吉田と西村の実力は他の一年と明らかに違うこと。二人の試合を見ていた上級生の視線の光が、自分達の試合を見てるそれと異なっていたことを武は知っている。

 吉田と西村。その下に自分と橋本。あとは未経験の三人。順位としては三番手でも、二番手との差はそう簡単には詰まらない。

 その一番と二番の組とやるのだから、試合になるのかさえ怪しかった。


「でも、一年でダブルスできるの相沢と橋本だけだからさ」

「んー分かった」


 すんなりと同意した橋本に、武は言葉に出さずに視線で文句を投げる。

 だが断れる空気もなく、武はしぶしぶ同意した。橋本は実力差を分かっていないのか分かっていてコートで打てる事を純粋に楽しもうとしているのか、心の底から笑っているらしかった。


「おいおい。分かってるのか?」

「分かってるよ。でも別に実力ランキング決めてるわけじゃないんだからいいじゃん」

「そりゃあそうだけど」

「それに。玄関で打ってるよりはコートだろ」


 橋本は笑顔で言い切ると早足で体育館のドアへと駆け寄った。その様子を見ていて、武は自分の弱さに恥ずかしくなる。


(そうだよな……別に恥ずかしいことないじゃん)


 実力差があることなどは誰もが分かっていることだ。先輩部員達も庄司も、吉田や西村も武が弱かったからと蔑んだりはしないだろう。それは純然たる事実であり、結果として現れているのだから。


(思い切り胸を借りよう)


 気負いがなくなると気分が楽になる。小山の時は自分より弱い相手に対してプレッシャーを感じたが、今回は強い相手。負けても失うプライドなど一つも無い。


「よっし! 一矢報いるぞ!」


 気分を切り替えて、武は気合を入れ直す。ラケットを握る手に力を込めて体育館への扉を通ると、すでに三人はコートに入っていた。自分を即す声に謝りながら武は橋本の隣に立つ。審判のところには先輩部員の二年生、笠井がいた。


「じゃあ、また十一点のワンセットマッチで」

「はい。よろしくお願いしまーす」


 ネットの下から握手を交わす。吉田と西村は特に気合を見せることも無く自然体だ。武は改めて地区一位の実力を肌で感じる機会に恵まれたのだと、感じる。血が、騒ぐ。


「最初のサーブ、橋本お願い」

「おっけ」


 ファーストサーバーの位置、中央から区切られたコートの右側に橋本が立った。

 ダブルスのサーブはシングルスと違い、サーブを入れる範囲が狭い。よってロングサーブは打ちごろのシャトルとなってしまい、自然とサーブは前に落とすショートサーブを軸にゲームを組み立てることとなる。

 よって、サーブが下手ならば打ち込まれる。


「のわ!」


 橋本の放ったサーブは、ネット前に一気に詰めた吉田にプッシュされて武の横を抜けて行った。試合の始めということもあるが、武のラケットを持つ手の傍を飛んで行ったためにさばききれなかった。


「橋本!」

「悪い悪い」


 悪びれず言う橋本に文句を言おうと思ったが、自分が打ったなら更に浮いたものになると分かっていたために口をつぐんでシャトルを拾う。


「サービスオーバー。ラブオール(0対0)」


 サーブチェンジして、吉田のサーブ。ラケットグリップを上にし、そこに親指を立てて添える。一度息を吐いて動きを止め、橋本を睨みつけるような視線を向けた。

 武に向けられてるわけではないその視線に、自然と背中に汗が流れる。

 ぽん、と静かな音とともにシャトルがネットを越える。ゆっくりとした軌道。だが、ぎりぎりの高さを移動したそれに、橋本は手を出すことが出来ず仕方がなく高く上げる。攻撃に備えてすぐに横の広がり、次の相手のショットを待った。


(――くる!)


 サーブを打った吉田はそのまま前。相手は攻撃用の陣形――トップアンドバックになり、西村がシャトル落下点で打つ体勢になる。


「たっ!」


 軽い気合と違い、シャトルは速度十分で武へと迫る。二度目の飛来には何とか対応し、高く跳ね上げる。だが西村は読んでいたようにスムーズに移動すると、再びスマッシュを打ってきた。ストレートで飛んできたシャトルは武の胸部へと鋭く飛び、バックハンドで打ち返したそれは弱弱しくネット前に上がる。


「はっ!」


 最後に吉田がネット前でシャトルを捕らえ、コートにシャトルは沈んだ。


「ポイント。ワンラブ(1対0)」

(計算ずみか……)


 西村が打ち込み、ふらりと上がったチャンス球を吉田がすかさず沈める。数手先にシャトルを叩きつけるために布石を打ち続ける。


(これがダブルスだよな……)


 武の瞳に炎が灯った。これから少しでも挽回しようと。

 しかし――



 ◇ ◇ ◇



「ポイント! エイトラブ(8対0)」

「く――」


 武は自分の身体に当たって落ちたシャトルを拾うと、強く打たないように気をつけながら吉田へと返した。シャトルはちょうど吉田が立つ場所へと向かい、ラケットで器用に持った。

 最初にサービスオーバーになってから連続八点取られている現状にさすがにストレスがたまる。それが、必ず自分を狙われてならばなおさらだ。


「相沢」

「何とかパターンは読めてる。あとはタイミングだ」


 八点取られる間に武も吉田と西村の動きは読めてきていた。後ろから西村が打ち、武達が甘いシャトルを上げたところで前の吉田がインターセプトして武の身体へと叩きつける。バドミントンで最も取りにくいところは身体の真正面であり、対処法はあるにはあるが、武が苦手とするところだった。


(身体をずらしてシャトルの真正面に身体を置かなければ……)


 言うは易し。技術の未熟さを出来る範囲でカバーしようとする武だったが、ドライブで押される早い展開に、気づいた時には打たれたシャトルをトラップしていたのだった。


「くそ!」


 何度目になるか分からない――ほぼサーブの回数と同じだから十数回だろうが――スマッシュを高く返そうとしたが失敗し、低い弾道で真っ直ぐ吉田達のコートに向かう。だが、中央前に構えていた吉田が一瞬でシャトルへと追いつき、優しく触れたことで勢いが止まる。シャトルを返したことで足が止まっていた武には、前に落とされたシャトルを取ることは出来なかった。


「ポイント! ナインラブ(9対0)」

(隙がない、ほんと)


 自分達が考えるようなことは分かっているだろう。早い展開に翻弄され、スマッシュを返していても押し切られる。攻撃力も防御力も明らかに吉田達が上だった。


(どうすれば隙が作れるか……一度でいい。このまま終わるのは嫌過ぎる)


 もう一度サーブ権を取り戻す。そうするためには、あと二回吉田達のコートにシャトルを打ち込まなければいけない。



 吉田がサーブの体勢を作る。シャトルを見ながら、武は一つの賭けに出た。


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