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FlyUp!  作者: 紅月赤哉
FirstGame
50/365

第050話

 緊迫したまま時が過ぎる。コートを滑る靴裏が激しく音を立て、その分だけ点数が重なる。

 吉田のスマッシュが小島のラケットを潜り抜けたところで、武は壁に備え付けられている時計を見た。試合を開始してからもう一時間が経過していたが、点数は十三対十二で吉田の一点リード。まだ展開は二転三転しそうな空気を保っている。


(ここまで来ても二人は全然気を抜いてない。一点取るのに俺なら三点は取られてる)


 自然と手すりを掴む手に力がこもる。決勝にふさわしいとしか言えない試合。すでに二年の試合と一年女子の決勝は第二ゲームに入っていた。たまに聞こえてくるカウントからして、金田や早坂ならば十五分もあれば片がつくだろう。


「ポイント。フォーティーントゥエルブ(14対12)」


 武が予想を立てた瞬間、吉田達のゲームが動く。十四点目。小島が追いついて十三点からセティングをするだろうと考えていた武にとって完全に予想外。小島が思ったよりも粘っていない。


(なんだ? どうした?)


 小島は相変わらずポーカーフェイスは崩さない。だから調子を落としているのかそうではないのか分からない。吉田も同じく分からないだろうが、たとえ相手がどんな状況だろうとも手は抜かないだろう。


「一本!」


 サーブを上げてコート中央に構える。小島はクリアで吉田を奥に動かし、吉田はストレートスマッシュで攻める。

 小島は難なくクロスヘアピンで前に落とすも、吉田は追いついてクリアを飛ばす。二人とも最初から変わらない、相手から最も遠い位置へとシャトルを飛ばしていく。

 変わらない二人。しかし、何かが変わっているからこそ最後に二点の差がついている。


「どこで差がついてるんだ?」

「え?」


 自然と口から漏れた言葉に隣にいた由奈が反応する。しかし、それに返答することもなく、武はの視線は吉田の動きに注目していく。

 いつも見ている吉田の動き。ダブルスで、何とか同じ速度でローテーションをしようとイメージしてきた動きを今の吉田と比べてみた。

 それでも。


「ポイント。フィフティーントゥエルブ(15対12)。チェンジコート」


 小島と吉田の差に気づく前に、一ゲームが終わっていた。それまでの展開からしてはあっけない終わり。吉田は小さくガッツポーズをしてから、小島は軽く袖で口元を拭っただけでコートを換える。

 第二ゲームが静かに幕を開ける。誰も口にしないが、小島の最後の粘りがなかったことに違和感を感じているのは同じらしかった。武も実際に聞いてみたわけではないが、面々の間に流れる困惑が感じ取れる。


「案外、小島ももろいかもしれないぞ」


 口を開いたのは庄司だった。部員より頭一つ高い身長から、少し客席の内側に寄っていても試合も見ることができ、声も皆に届く。ほぼ一斉に視線が向いても堂々と口を開いた。


「小島はこれまで圧倒的な強さで勝ってきた。だからこそ、案外競り合いに弱いのかもしれない」

「精神力がないってことですか?」


 橋本の質問に庄司は少し考えた上で首を振った。


「精神力はあるだろうな。並大抵の練習であそこまで強くなれはしない。試合慣れの問題だろう」

「試合、慣れ?」


 言葉に混じる響きは懐かしさだ。その言葉を、武は知っている。この学年別に出るまでに何度も自分自身に感じていたことだ。


「ほぼ同等の相手とこれだけ長く試合をしたことがないんだろう。練習してきた成果は十分に出た。ただ、その代わり壁を軽く越えてしまったから、よじ登る力の加減が分からない」


 武が試合に視線を戻すと、四対四と拮抗している。小島はサーブをしてもクリア、スマッシュをしても表情は変わらない。返ってきたシャトルを常に吉田から最も離れた場所へと落としていく。それをすでに読んでいる吉田は思い切りよくシャトルを取ることが出来ていた。

 そのことも、武には頭の片隅に引っかかるものを感じる。


(そうだよ。確かに厳しい攻めだけど……小島は単調すぎないか? でもそう分かっていても吉田には取ることしか出来ない。あれだけ厳しいところを攻められてもアウトになる可能性は低いんだから)


 庄司の言葉通り、小島は競り合いには弱いかもしれない。それは、今の吉田のようにぎりぎりを狙ったシャトルをとられ続けることがなかったからではないのか。

 しかし、あれだけ厳しいところを攻められると取っているほうも精神、肉体両方辛いはずだ。武は背中を伝う冷たい汗を感じずにはいられなかった。


(吉田、大丈夫か?)


 武の心配が徐々にコートへと降り積もっていく。吉田は全力でコートを渡り、小島の放つシャトルを返していく。相手に負けないくらい厳しい場所へと吉田もシャトルを打ってはいたが、武から……客席から見ているギャラリーから見ても明らかに小島は移動していない。

 吉田が遊ばれ始めている。そんな空気が空間を支配していく。


「驚いたな……もし競り合いに弱いのなら、競り合いをさせないということか」


 庄司の言葉に武は半分だけ頷く。残り半分は心の中で否定する。


(小島はやっぱり、競り合いにも強いですよ)


 振り回されてはいたが、吉田は常に厳しいショットで対応している。それは吉田のプレッシャー。視覚的なものではなく精神的な競り合いを二人は演じている。それでも小島は手を緩めることなく打って行き、吉田を競り落としていった。

 そう。今、競り合いに負けているのは吉田なのだ。


「ポイント。シックスフォー(6対4)」


 徐々に。本当に少しずつ点差が開いている。武を含め誰もが、吉田が負けているとは思わないはずだ。それでも勝っているのは小島。ほんの少しの差が、確実に点として積み重ねられていく。


(これが、上の戦い)


 自分よりも一つ上の実力者達の戦い。

 どれだけ正確なショットを打ち続けられるかという戦い。

 相手との、というよりも自分との戦い。

 将棋やチェスと同じ。

 一番初めの体勢が最も強固で敗れない。その強固な防御を崩すことで攻撃を仕掛けていく。二人が共に不安定になりながら、その中で勝機を見つけ出す。

 刈田や自分がやっていることは、あくまで力技で王を掴み取ること。そこにコマを集められれば簡単に防ぐことができる。


「ポイント。エイトフォー(8対4)」

「吉田! ストップ!」


 カウントが小島へと進んだ瞬間に、武は衝動に任せて叫んでいた。

 その声量が自身で思っていたものよりも大きかったために、武は動揺する。それは周りも同じだったらしく、一斉に武のほうを見る。気恥ずかしさに首をすくめそうになったが、そのまま吉田の試合に目を向ける。

 吉田は少しだけ武たちの方へと視線を向けて左手の親指を立てた。


(がんばれ、吉田)


 心の中で繰り返す。吉田が今の状況を打開する策を考えていないとは思っていないが、易々と実行させてもらえる相手ではないだろう。武自身が何か出来ることはと考えると応援することしかなかった。


「ストップ!」


 小島がサーブを放とうとした時、吉田が吼えた。しかしその気迫を小島は受け流し、普段と変わらないサーブを打つ。吉田も吼えてからは特に気合を表に出すことなく真下へと移動する。

 そこで、今までとは段違いの音を立ててスマッシュが放たれた。


(!?)


 今までの吉田のスマッシュは速さは武とほぼ同等で、威力よりも鋭さが持ち味だった。だから速度に慣れた選手ならば特に苦もなく返すことが出来た。

 だが、吉田が放ったスマッシュは小島のラケットが跳ね返し――


「――はっ!」


 中途半端に返ってきたシャトルを、吉田は再びスマッシュでコートに叩きつけた。


「サービスオーバー。フォーエイト(4対8)」

「っし!」


 ラケットを持った手を上に掲げてラリーの勝利を誇る吉田。それは今までの吉田とはまた違う雰囲気をかもし出していた。

 元々は武や刈田が赤い炎ならば吉田は青。気合を表に出すが、それは内に宿る炎の欠片だけだった。

 しかし。


「今のスマッシュの打ち方、武のに似てる」

「え?」


 言葉に反応した武に由奈は更に続けた。


「武は上半身全体を使って体重をスマッシュに乗せてるの。横から見てると凄く背中を反って。今の吉田のスマッシュも同じくらいだったよ」

「俺と……同じくらい」


 由奈から吉田へと視線を戻し、呟く。試合は吉田のサーブが放たれ再開されていた。小島の上げたクリアに対してまた打たれたスマッシュは、武に劣らない轟音を立てている。


「さっきの武の応援で吉田も攻め方を変えたんだろうね。ダブルスで一緒だったから、武のいい所を出せるんだよ」

(俺の、いいところ、か)


 武の顔が自然にほころぶ。

 今まで吉田に影響を受け続けていた武にとって、自分が影響を与えていたという事実は純粋に嬉しかった。

 しかし、吉田のスマッシュはすぐに小島に捕らえられる。タイミングのずれを一度の失敗で修正した小島は、渾身の力が込められたシャトルを難なくコート奥へと弾き返した。それを追う吉田の動きにいつもの鋭さが見えなくなっている。


(吉田……)


 何とか追いついて打ち返すも、小島のスマッシュがコートを抉ってサービスオーバーとなる。吉田の動きは明らかに鈍ってきていた。心なしか肩の上下が激しくなっているようにも武には見える。

 それでも吉田は少しだけ深く息を吐くと何事もなかったかのように構えた。


「吉田、疲れてるなぁ」


 橋本が武の傍にやってきて呟く。それに頷くと、更に先を続けた。


「最初から全力で飛ばしてたみたいだしな。そうでもしないとあのシャトルは取れなかったんだろうけど。コース良すぎて」

「……なんだって?」


 橋本の言葉に驚いて再び尋ねてしまう。しかし、その瞬間に武が今まで感じていた違和感の正体が分かった。小島を圧倒していた一ゲーム。ほぼ同じエンジンを積んでいるだろう二人に開いた差。

 それは片方が全力で動かしていたからだ。そして吉田にはそれしか手がなかった。最初からそうでもしなければ、一ゲーム目もやられていただろう。


「吉田……」


 小島のサーブ。そこからのラリー。それは第一ゲームとはうって変わって五回も往復すれば吉田のコートにシャトルが転がっていた。サービスオーバーとなってからは誰が見ても吉田の動きは鈍り、シャトルとラケットの距離が開いていく。

 その開きは、点差にもそのまま反映する。


「ポイント。フィフティーンファイブ(15対5)。チェンジエンド」


 結局、大差となって小島が第二ゲームを制していた。

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